小説 | ナノ
「消えた久々知先輩」の段











「さて、久々知くん」

「…兵助でいい」

「そうか?じゃぁ俺も俊でいいよ」


そう言うと、伊月は目を細めて人差し指を立てた。


「君さ、忍者のたまごって言ってたけど…もしかして、忍術学園って学校だったりする?」

「忍術学園を知ってるのか!?」


思わず食いついた。
まさか別世界の人間が忍術学園を知っているなんて。
伊月はと言うと、やっぱりなーと呟きながら、ポリポリと頭を掻いた。


「…知ってはいる。知ってはいるけど…」

「けど?」

「うーん、困った」


何に困っているのかさっぱり分からない。伊月が忍術学園を知っているのなら、早々に帰してくれればいいだけの話。
江戸から関西までなら、頑張れば15日くらいで行ける。

兵助が真剣な目で伊月を見詰めていると、伊月は溜め息をついて時計を見やった。
時刻は18時を少し過ぎた頃。


「…確かそろそろ始まるはずだ。こっち来て」


言われるままに、部屋から出ていく伊月についていく。
通された所は居間だろうか。促されて畳に座ると、伊月は何やら得体の知れない棒を得体の知れない薄くて黒い板の様なものに向けた。

途端に光を放つ薄型の板。中ではおじゃる丸とデンボが会話をしている。


「………っ!?!?!?」


思わず仰け反ると、伊月がクスクスと笑っていた。


「な…なんだ、これ。おじゃる丸が…板の中に」


おじゃる丸とは直接喋ったことはないが、時たまコラボするので存在くらいは知っている。


「まぁ観てなって」


伊月がお茶を出しながら兵助の隣に座る。
おじゃる丸の歌が終わり、次に出てきたのが……


「乱太郎!きり丸!しんべヱっ!!」


兵助がガタンと身を乗り出した。
板の中で元気に動き回る後輩たち、先輩、そして……同級生。

みんな、みんないるのに、自分だけがいない。まるでぽっかりと穴があいたように、いるべきはずの所に人一人分の隙間が空いていた。



俺が、いない。



ぐっと拳を握るのを、伊月がお茶を飲みながらぼんやりと眺めていた。
オープニングが終わり、タイトルコールに移る。

音楽に合わせて、乱太郎、きり丸、しんべヱが入れ替わり立ち替わり……



タイトルは、「消えた久々知先輩」の段



空いた口が塞がらなかった。
画面が切り替わって忍術学園が写る。

みんなが暗い顔をしていた。
伊助が泣いている。三郎次も泣きそうだ。タカ丸さんがよしよしと慰めているが、その顔も不安を押し殺しているのが分かる。
雷蔵も、三郎も、勘右衛門も、木下先生に土井先生まで、難しい顔をしていた。

左腕を首から吊った竹谷が一番酷い顔だった。ずっと眠れていないのだろう。潮江先輩並みの隈が出来ている。


「はち…!!」


良かった。怪我はしているが、命に別状は無さそうだ。
竹谷の安否が確認でき、兵助は安堵して座り込んだ。

あっという間に10分が過ぎて、エンディングに移る。そこにも自分の姿は不自然に無かった。


「……………」

「…大丈夫?」


大きく溜め息をついて消沈していると、伊月が躊躇いがちに声をかけてくる。
何とか顔を上げると、伊月が困ったように説明しだした。


「"忍者のたまご、略して忍たま"…有名な台詞だよな。俺もこの番組好きだったんだよ。昔はよく観てた」

「…そっ…か…」

「兵助が登場した頃には、俺もう忍たま卒業してたからさ。気付かなくてごめんな」

「…俊が謝ることじゃない…」


気まずい沈黙が流れ、伊月がお茶をすする音だけが響く。
どうやら自分はアニメの中から出てきてしまったらしい。これでは帰る方法など考えようもなかった。

重苦しい空気を変えるように、伊月が口を開いた。


「えっと、さ…制服の色からして、兵助って五年生なのか?」

「うん…そうだけど」

「てことは……1…4?えっ、14歳!?」

「あ、あぁ」


伊月がまじまじと見詰めてくる。


「見えないな…14歳ってもっとガキじゃねぇの?身体的にも精神的にも」

「どうだろう…俺の世界の14歳はみんなこんな感じだと思うけど。俊、何歳なんだ?」

「今年で17」

「えっ!?」


まさか3つも歳上だったとは。同い年くらいかと思ってた。


「…最近低年齢化が進んでるとは言われてるけど…」


何のことかは分からないが、伊月がやれやれとぼやく。
それより何より、どうしよう。歳上にものすごいタメ口をきいてしまっていた。


「あ…あの…すみません…。3つも歳上だったとは」

「いいよタメ口で。今さらだし」

「でも、」

「頼むよ兵助。な?」


片目をつむってみせる兵助の仕草に、勘右衛門を思い出す。

思わず言葉に詰まったのを肯定と取ったのか、伊月が立ち上がってテレビを消した。


「ま…こっちまで来れたんだから、あっちに帰る方法もきっと見つかるさ」


伊月が優しく見下ろしてくる。


「それまでは、こっちの世界を楽しむってのもアリなんじゃないか?滅多に出来ない経験だぞ」














夢でもない限り、な




















2013.7.14





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