小説 | ナノ
伊月俊










再び目を覚ますと、またしても見慣れぬ場所に横たわっていた。
学園の医務室の天井のような木目ではない。白く、無機質な天井が兵助を見下ろしていた。


「起きたか?」


聞き覚えのある声の方向に目を向けると、先程の少年が朗らかな笑みを浮かべて覗きこんでくる。

どうやらこの少年には自分をどうこうしようという意思は無いようだ。あったら俺はとうの昔に殺されるなり捕まるなりしているはず。

ゆっくりと身体を起こすと、額からパサリと手拭いらしきものが滑り落ちた。
少年が看病していてくれたらしい。


「ここは…」

「俺の部屋。一応お粥作ったから食いなよ。腹減ってるんじゃない?その身長の割りにだいぶ軽かったぞ」

「…運んでくれたのか」


まぁね、と答えると、少年はお粥を椀に装ってスプーンと共に差し出してきた。
兵助が受けとるのを躊躇っていると、少年が苦笑しながら手を引っ込める。


「別に毒なんか入れちゃいないよ。ほら」


言って、お粥を一口食べて見せる。
ふんわりと笑みを浮かべる少年に、何故か雷蔵が重なって

兵助は自然と受け取ってお粥を口に運んだ。


「…すまん…ありがとう…」


兵助がぼそぼそと礼を言うと、少年は満足そうに笑った。

兵助がお粥を食べている最中、唐突に気がついた。服が違う。


「この服…」

「あぁ、俺の。お前の服は勝手だけど洗濯してる。着心地どうだ?」


どうだも何も。

どんな素材で作られているのか、彼の服は軽くて、サラサラしていて、着心地がいいなんてものじゃぁなかった。なんだこれ。

そんな内心はおくびにも出さず、兵助が端的に「いい」と答えると、少年は頷いてから距離を詰めてきた。
仙蔵や滝夜叉丸のような美貌という程でもなかったが、少年も綺麗な顔立ちをしている。
切れ長の目をチラリと兵助に向けると、少年はそっとポケットから何かを取り出した。


「なぁ…お前の上着から出てきたんだけど。これ、もしかして手裏剣?」


声を潜めながら少年が兵助の手に手裏剣を握らせる。
兵助の服はあからさまに忍び装束だったから、忍者であることは取り繕いようがない。


「うん、俺の手裏剣だな」

「………あの服も…お前、忍者か何かかよ?」

「まだ忍者じゃない。勉強中だから、忍者のたまごってとこかな」


手裏剣を弄びながらあっさりと答えると、少年は綺麗な顔を惜し気もなくポカンとさせた。

一体どうしたんだ。
自分が忍者であることは進んで話すべき事ではないけれど、今のご時世、忍者なんてそう珍しいものでもないだろう。


「……いや……いやいやいやいや、ちょっと待て」


少年がこめかみを押さえながら項垂れる。
忍者だって?そんな馬鹿な、まさか、とか何やらぶつぶつ聞こえてくる。

そんな少年の様子に、兵助は居心地の悪さを感じて身動ぎした。
何か、自分の存在が酷く曖昧で、不確かなもののようで


「…久々知兵助、とか言ったな」


不意に顔を上げた少年に名を呼ばれてビクリとする。


「お前、ここがどこだか分かるか?」

「……分からない……近江の国?」

「………………………今は何時代だ?」

「………室町、だろ?」


少年が天井を仰いだ。何てこった、と呟いたのが聞こえる。
兵助が内心でオロオロしているのをぐっと隠していると、少年がゆっくりと兵助の目を見た。


「あのな、久々知くん」

「…あぁ」

「ここは東京。たぶん君が言うところの江戸だ。それから、今は平成。室町時代は…今から、500年前だよ」

「…………………………………………………………」


たっぷり20秒は考えて





















「………は?」


















兵助は先程の少年に負けず劣らず、ポカンとした。


「え……な……え?えぇっ!?」


ずっと冷静さを取り繕っていたつもりだが、もう限界だった。
言葉にならない言葉を発していると、少年がいっそ哀れみを込めた視線を投げてくる。


「ご…500年前!?そんな馬鹿な…っ!」

「…窓の外、見てみなよ」


少年に言われ、初めてこの部屋の外を見て愕然とした。

周りに建っているのは、家だろうか?だが木造でもない。見たことの無い素材で作られている。
山も、川も、地面すら見えやしない。黒くて固そうなものがのっぺりと道を覆い尽くしていた。
その道を、ブオーっと音を立てながら得体の知れない物体が黒い煙を撒き散らしながら走り去っていく。




一体、なんなんだ、この世界は





言葉もなく固まっている兵助の肩に少年がポンと手を置いた。


「もしかして……違う世界から来たとか?」

「……そう……らしい、な……」


そんなことがあるわけがない。あるわけがないが、それ以外に考えようがない。

二人して溜め息をつく。まさかこんな漫画のような事態に陥るなんて。


「ま…仕方ない。とりあえず、しばらくここに泊まっていきなよ」

「しかし…貴方に迷惑はかけられない…」

「突然違う世界にやって来て、一人で何とか出来るのか?」

「…………」


兵助が押し黙ると、少年はフフッと笑った。
よく笑うやつだ。

とにかく、少年に他意は無いようだし、他に行く宛ても無い。
正直言って、どうしたらいいか本当に分からない。

…少年に頼るしかなさそうだった。


「…本当にすまない…よろしく頼む。…えっと、」


兵助が顔を上げると、少年はあぁ、と頷いた。



















「俺は伊月俊。…知らないだろうけど、誠凛高校2年A組。よろしくな」

















2013.7.14






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