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プロローグ









「はっ……はっ……」


兵助は走っていた。珍しく必死な形相で息を切らせている。

その少し後ろには、同じく焦った表情の竹谷が。


「兵助ヤバい!!追い付かれる!!」

「知ってるよそんなこと!とにかく走れっ!!」


ここまで来たら忍んでいても意味はない。
忍びらしからぬ大声を張り上げながら、二人は逃げていた。

難易度の高い忍務が上手くいっていたのは途中までだった。
どちらが悪いということも無かったが、見つかってしまい、追っ手から逃げている最中なのである。


「っく…!」


しまった。

森を抜けて視界が開けたところで愕然とする。
目の前にぽっかりと大きな口を開いている崖に足を止めると、追っ手の放った手裏剣が頬を掠めた。

瞬時に次に取るべき行動を頭の中に十ほどシミュレーションしてみるが、どれも結果は芳しくなさそうだ。

意見を聞こうと竹谷を振り向いた瞬間、兵助の身体がフワリと持ち上げられた。


「なっ!?」

「口閉じてろ!舌噛むなよ!!」


言うが早いか、竹谷は兵助の服をしっかりと掴んだまま──









崖から、飛び降りた。










「あっ……ほ、っ………かあああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…っ…!!!!」











崖から飛び降りる。

それは兵助が一番最初に考えて、一番最初に却下した最悪な作戦だった。











***










「……い………おい………大丈夫か?」


誰かの声が聞こえる。はち…じゃないな。誰だ?

うっすらと目を開くと、木漏れ日を浴びながら自分を見下ろしている少年の姿があった。


「ッ!!」

「うわっ」


慌てて飛び起き、少年から距離を取る。
最大限警戒しながら、いつでも懐の苦無を取り出せるように身構えると、少年から訝しげな視線を投げ掛けられた。

さっと状況を確認してみると、どうやら今は真っ昼間らしい。かなり長い時間気を失っていたようだ。


「なぁ…お前、怪我してる?」

「…………」


兵助の放つ殺気に気づいているのかいないのか、少年が心配そうな視線を投げ掛けてきた。
怪我は、確かにしている。忍務先の敵と少々やりあった。
けれどこんなものは怪我のうちにも入らな……



「え?」


兵助が目を見開いて、思わず自分の身体を見下ろす。
細々とした怪我はしているが、大きな外傷は負っていない。

崖から飛び降りたというのに?


「………」


どういうことだ。全くもって分からない。ここはどこだ。視線をチラリと上に向けてみても、崖など何処にも見当たらない。
綺麗に整備された森林から零れる木漏れ日が二人を包んでいるだけだ。

それに、


(…南蛮…衣装?いや、それとも違う……)


少年は随分とおかしな格好をしていた。頼りないヒラヒラとした布地の服を身に纏い、両腕と両足を外気に晒している。
あんな格好は見たことがなかった。
小脇に抱えているのは…あれは、バスケットボールか。たまに体育委員がしているのを見かける。


「貴様……何者だ」


苛立ちを多分に含んだ兵助の声音に、少年は僅かにビクリとしたようだったが、逃げ出しはしなかった。
それどころか、やんわりとした笑みを向けてくる。


「人に聞く前に、まず自分から名乗るのが礼儀ってもんじゃないか?」


その言葉にぐっと詰まる。
こんな弱そうな少年一人、さっさと撒いて学園に帰ればいいのに、どうにもここがどこなのかが分からない。
ある程度の情報は取っていった方がいいだろう。


「…久々知…兵助…」


もちろん学園のことは言わない。
最低限の情報だけ与えると、少年は嬉しそうに微笑んだ。
その笑顔に少し肩の力が抜ける。


「こ…ここは、どこなんだ?ツキヨタケ城下…じゃないようだが…」

「え?ツキ…何だって?」


少年が思いきり不審そうな顔になった。ツキヨタケ城のことは聞かない方がいいか。忍務にも関わってくる。

そこまで考えてハッとした。

そうだ、はちは


「お、俺の他にもう一人いなかったか!?酷い髪の毛した割りとがっしりしてる…!一緒に崖から落ちたんだ!!」


兵助の勢いと、崖から落ちたという言葉に少年が僅かに身を引く。
当たり前かもしれない。どう見たってこの周辺に崖は無いのだから、頭のイカれた奴だと思われたって仕方ない。

自分がどう思われようと大したことはないが、はちの安否だけは確かめたい。

ありがたいことに、少年は崖から云々はスルーしてくれたようだった。


「俺が見つけたのはお前だけだよ。ここに一人で倒れてたんだ。もう一人は知らない」


その言葉にがっくりとくる。
死んだとか大怪我をしたとか、そういう情報じゃなかったのがせめてもの救いだろうか。


「…そ…か…」


肩を落とした瞬間、視界が揺らいだ。
少年の何やら慌てた声が遠くの方で聞こえたが、意味を理解するより先に、意識がフェードアウトしていく。












そういえば、一週間ほど何も食べていなかった。



















2013.7.14





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