小説 | ナノ
秘密(伊月)












深夜、ふと目が醒めた。

暗闇に慣れた目で、寝ぼけながら寝返りを打つ。
と…そこで気が付いた。


「兵助…?」





兵助が、いない





むくりと体を起こして、床に敷いてある布団の中身が空であることを確認する。
トイレだろうか。耳をすませてみるが、その気配もない。


「……」


兵助が一人でどこかへ行くわけがない。
ドクン、ドクンと鳴る心臓を落ち着かせながら、窓の外を見る。



まさか、まさか

消えてしまったのではないか、元の世界に戻ってしまったのではないか



そんな思いが脳内を侵食していく。

兵助がずっとこの世界にいる保障など何処にもないということを、今更ながら認識した。
そうだ、そうだった。彼は突然やって来たのだから、別れの時がいつ唐突にやって来てもおかしくない。

そして一度別れたら、恐らくもう二度と逢えないのだ。


「兵、助」


蚊の鳴くような声が漏れ出た所で、不意に部屋の窓がカラリと開いた。


「!!?」

「!!?」


驚き過ぎて目を見開くと、窓を開けた人物も目を丸くしていた。
そしてその目が、気まずげに泳ぎ出す。
まるで悪戯が見つかったかのようだ。


「しゅ、ん……」

「とりあえず、そこに座ろうか」


にこっと笑って布団を指し示すと、兵助は項垂れながらも部屋に入ってきた。


「で、どこ行ってたんだ?」

「………」


ダラダラと冷や汗を流して俯いている兵助に、首を傾げる。


「言えないようなとこ行ってたのか?」

「…それは、その…森林公園…」

「森林公園?なんで?」


森林公園というと、兵助と初めて出会った所だ。こんな時間に何故?

困りきった顔で見上げてくる兵助に、伊月はやれやれと首を振った。


「なぁ兵助…俺はな、この世界でのお前の保護者みたいなもんでもあるんだよ」

「…あぁ…」

「まだ勝手が分かりきってないお前を、あんまり一人で行動させたくないんだけど?」

「………ごめん」


謝りはするが、やはり理由は答えない。
伊月としても、ここまで頑なに拒否するのであれば、これ以上干渉したくもなかった。


「…また、行くのか?」

「……」


ゆっくりと頷いた兵助に、手を伸ばす。
ビクッと肩を跳ねさせた兵助の頭をポンポンと撫でると、柔らかく微笑んだ。


「気をつけて行けよ」


兵助が驚いたように、パッと顔を上げてくる。やっと目が合った。

兵助のことだから、きっとちゃんとした理由があるのだろう。
たとえ言えないようなことでも、その辺りの心配はしていない。


心配、しているのは


「あと、もし元の世界に帰れる時が来たら、絶対帰る前に俺に会いに来て」

「な…」


息を呑んだらしい兵助の顔は見ずに、さっさと布団に潜り込んだ。

しばらく静寂が部屋を包んでいたが、やがて兵助がポツリと呟く声が聞こえてくる。

























「…そんなの、俊にさよならも言わずに帰るわけないだろ」

























兵助が横になった気配を背に感じながら、伊月はクスリと微笑んだ。












2013.11.27






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