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笑み










風呂から上がって、濡れた髪をガシガシと拭いている伊月が、溜め息をつきながらベッドにボスンと座り込んだ。


「なんであんなこと言ったんだ」

「あんなこと?」


読んでいた本から顔を上げると、伊月は眉間に皺を寄せて兵助を見た。


「ミスコン」

「あぁ…」


あぁじゃねーよ、と伊月が不機嫌そうに言う。
そんな伊月に、兵助は苦笑して答えた。


「別に構わないから引き受けた。それだけ」

「………」

「俊?」


黙ってしまった伊月に不安になる。怒ってるのだろうか。


「…迷惑とか」

「え?」


ボソッと呟かれた言葉が、よく聞こえずに聞き返す。
伏せていた顔を僅かに上げて、伊月がジロリと睨んできた。


「お前がいることで、俺に迷惑かけてるなんて思ってんの」

「………いや、だって」

「迷惑なんて思ってない」


兵助の言葉が余程心外だったのだろう。
まるでいじけている子どものようにふてくされる伊月に、思わずプッと吹き出してしまった。


「ごめん。俺が悪かった」

「……兵助のばか」

「ごめんって。もう言わないし、思わないから」


本を閉じて、濡れた髪に乗せているタオルの上から伊月の頭をあやすように撫でる。
まったく、どちらが歳上だか分かったものではない。

頭を撫でる手の下から、ポツリと伊月が呟いたのが聞こえた。


「女装なんて、ほんとはしたくないくせに」

「そりゃまぁ…。でも、それはいいよ。一回引き受けたことには責任持つ」

「………っそ…」


そのままタオルで伊月の髪を拭いてやっていると、伊月がチラリと見上げてきた。


「ありがと」

「…うん。俺も、俊たちの役に立てるなら嬉しい」


二人で目を見合わせてフフッと笑う。
ようやく伊月が笑ってくれたことに安堵した。


「なぁ、女装の授業って何するんだ?」


別世界の学校の授業というものが気になるのだろう。
もうさっきまでの重い空気はなくなり、伊月が興味津々といった風に問いかけてくる。兵助は苦笑いだ。


「何するって、女装するんだよ。町に行って、"お嬢さん"って声かけられたら合格とか」

「へぇ…服とか化粧も自分で?」

「もちろん。その辺も評価対象に入るからな」


ふーん、と頷いていた伊月が、おもむろに切れ長の眼を真っ直ぐに向けてきた。


「でも、なんだって女装なんかするんだ?しかも授業でなんて」


その率直な質問に、思わず固まってしまった。
息を呑んだのがバレたのか、伊月が怪訝そうな表情になる。


「…情報、を」

「情報?」

「……相手を油断させて、必要な情報を集めるためだったり…女中に化けて、敵の城にもぐりこむためだったり…かな」

「おお…忍者っぽいな」


曖昧に笑って誤魔化したが、要は相手を騙すための技術だ。
この純粋すぎる友人には、あまり詳しく説明したくない話である。

伊月といると…いや、この世界にいると、時折自分の存在がすごく汚いもののように思えてくる。

バレないよう内心で溜め息をついていると、伊月がふと訊ねてきた。


「でも、声でバレない?もう声変わり終わってるだろ」

「声はある程度変えられるよ。訓練受けてるから」

「変えられるって…」

「んー…つまりこういうこと」


説明するよりも、実践した方が早い。
兵助はタオルを手に取り、伊月の眼を覆い隠した。


「俊」

「ッ!?」


伊月の耳元で囁いた声は、兵助のものとはまるで異なる、完全に女性の声音だった。
その透き通るような声に、伊月の背筋がゾクリと粟立つ。


「今日はありがとう。庇おうとしてくれて、嬉しかった」

「ちょっ…!へ、兵助!」


慌てて兵助の手を押し退け、目隠しを取り去った伊月が、器用に座ったまま後ずさって壁にぶつかる。
その顔を見た兵助が、キョトンとした後に盛大に吹き出した。


「くっ……あははは!俊、顔真っ赤!」

「〜〜〜っ!!お前なぁ…!」


未だ赤い顔を片手で隠しながら、伊月が兵助を見やる。


「…すごいな。女装の成績は悪くないなんて、むしろ絶対いいだろ」

「さぁね。…でも、やっぱり三郎には敵わないし」

「三郎?」


何かを思い出しているのか、兵助が懐かしむように笑った。


「俺の友だち。あいつは本物の天才だよ」
























その、どこか誇らしげな笑顔に






















「兵助…帰りたい?」























兵助は笑っただけで、何も答えなかった。


















2013.11.25






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