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裏ミスコン










無事(?)に試食会も終わり帰り支度をしていると、伊月が声をかけてきた。


「行くか」

「うん」

「あれ。伊月と久々知、どっか行くの?」


小金井が不思議そうに尋ねてくると、伊月は苦笑しながら兵助の髪を浚った。


「ちょっと断髪式にな」

「は?」


周りで聞いていた部員たちの目が点になる。


「あの…男の髪が長いの、こっちの世界じゃ珍しいんですよね。だから…」

「あー確かに。男でその長さは、あんまりいないよなぁ」


木吉の率直な言葉に、兵助が恥ずかしそうに身動ぎする。
すると、突然リコがずいっと身を乗り出してきた。
大きな瞳で上から下まで全身を眺め回され、兵助は思わず身を引いた。近い。


「な、なんですか?」


若干背後からピリピリした気配を感じながら声を絞り出すと、ようやくリコは離れて、顎に手を当てた。


「勿体無いわ」

「え」


せっかく…だの、このチャンスは…だの、何やらブツブツ呟いているリコに、伊月が呆れた声をかける。


「カントク、また何か妙なこと考えてるだろ」


その言葉に、リコはニヤッとして伊月を振り返った。


「ねぇ伊月くん。夏休みが終わったら、すぐに文化祭よね」

「?それが何…」


そこでハッとしたように口をつぐみ、伊月の顔がみるみる青ざめていく。
1年生はピンと来ないらしいが、2年生は察したようだ。まさかという顔でリコと兵助を交互に見つめている。


「ちょ、待て待てカントク!まさか兵助を出す気じゃないだろうな!?」

「えー、だって伊月くん出たくないんでしょ?」

「当たり前だっ!!だからって兵助は…!」

「彼なら狙えると思わない?」

「思わな………」


い、と言う前に、チラリと兵助を盗み見た伊月とバッチリ目が合った。
その顔が絶望に染まる。

一体全体なんだと言うんだ。

兵助が困惑している中、伊月は必死の形相でリコに「黄瀬を呼べ」「森山さんを喋らせなければいける」と訴え続けていた。


「だから、海常に借りを作りたくないんだってば」

「バスケ関係無いんだから、別にいいだろ!?」

「やーよ」


にべもなく却下され、伊月が項垂れる。
そんな伊月をものともせずに、2年生が兵助の周りに群がってきた。


「でも、確かに久々知なら…うん、これはいけるかもな。なぁ日向」

「あぁ。お前といい勝負…いや、下手したら負けるぞ伊月」

「うっさい!お前ら自分は関係無いと思って!!」


怒鳴る伊月を、どうどうと水戸部と土田が落ち着かせる。
伊月が怒鳴るのが珍しいのか、1年生はぽかんとしていた。


「あの!何の話ですか!?」


ついに兵助が声を張り上げると、リコが事も無げに言い放った。


「ミスコンよ」

「ミス…コン?」


聞き慣れない単語に眉を寄せると、小金井が嬉しそうに解説し始めた。


「正確には裏ミスコン!去年文化祭で企画されたんだけど、普通のミスコンとは別に、男子が女装して誰が一番可愛いか決めるコンテストがあったんだよなー。今年もやるっぽい」


その言葉に、1年生の顔が一斉に引きつった。きっと想像してしまったのだろう。
そんな1年生に、小金井がフッフッフと不敵な笑みを見せる。


「これが意外と盛り上がるんだよ。特に女子が。見た目綺麗な男子が本気で女装すると半端ねぇぞ」

「そーなんすか…」


そうは言っても、やはり1年生はまだ戸惑っているようだ。


「ちなみに優勝者を推薦した部活、もしくはクラスに賞金10万円」

「はぁあああ!!?」

「10万!!?」

「もっと他に金の使い道ねーのかよ…」

「そんなんでいいんですか、誠凛高校」


目を向く1年生と、冷静にツッコミを入れる火神と黒子。
個人ではなく団体に賞金をあてているのが、せめてもの処遇だろう。


「去年はバスケ部、準優勝だったのよね。惜しかったわ」

「準優勝!?すげぇ!!」

「誰が出場…って………あ………」


慌てて口を塞いだ河原が振り向くと、思った通り、伊月が悲愴感を漂わせてしゃがみこんでいる。

誰が出場して準優勝を勝ち取ったかなんて、聞くまでもなかった。


「去年はすごかったわよー、伊月くん。ミスコン終わってから、女の子に囲まれて教室まで帰れてなかったもの」

「写真出回りまくってたな」

「伊月がガチ泣きしたとこ初めて見た」


それぞれ昨年の思い出を口にする2年生に、水戸部だけがオロオロしながら伊月の背を撫でている。
伊月は昨年を思い出しているのか、どこまでも鬱々とした表情だ。

兵助が恐る恐る訊ねてみる。


「…それで、俺にそのコンテストに女装して出ろと…?」

「久々知くん、綺麗な顔立ちしてるしね。しかもその髪、ウィッグ付けるよりもよっぽど生かせるわ」


リコがにっこり笑って言うと、伊月が急にバッと立ち上がって、兵助を背に庇うように立ち塞がった。


「…お…俺……」

「あら、なぁに伊月くん?」


にんまりと笑うリコは、まるでくのたまのようだ。
その既視感に背筋を粟立たせていると、ぶるぶる震えている伊月がギュッと目をつぶった。


「俺が出…っぐ!」

「やります」


背後から伊月の口に手を回して黙らせると、兵助はきっぱりと言いきった。
リコと2年生が、少しだけ目を見開いて兵助を見つめる。


「いいのか?久々知」

「…俊には迷惑かけてるし、皆さんにも、これからたくさんお世話になると思いますから。俺に協力出来ることなら」

「んー!んーー!!」


伊月はまだ何かもがいていたが、兵助がガッチリと口を塞いでいるために、何を言っているのか分からない。
そんな伊月を完全に無視したまま、バスケ部員たちは大いに盛り上がっていた。


「久々知くん、女装したら絶対美人よねー」

「…………不本意ですけど、女装の授業の成績は悪くないです」

「そんな授業あんの!?」


















どうやら髪を切るのは、しばらく先のことになりそうだ



















2013.11.24





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