素直になれない、背くらべ(竹くく)





※我が家にしては、けっこうがっつりな腐要素有。苦手な方は撤退準備。

竹くく前提でどうぞ















兵助の様子が変だ



兵助はその華奢な体つきからも分かるように、食は細い方である。
いつも竹谷の胃袋に入る肉や魚の量を「見てるだけで胸やけする」とうんざりした表情で眺めていたのに


「…へ、兵助…?」


食堂で兵助を見かけてB定食を手に近寄ると思わず固まってしまった。

兵助の前に広がる料理の数々。
それが全て豆腐料理だというのなら納得できるが、竹谷でも苦しいだろうボリュームのメニューばかりだ。
冷や奴の小鉢が申し訳程度に存在を主張している。


「…あ?」


兵助がジロリと睨みつけるように見上げてきた。
この態度もそうだ。最近ことごとく俺を避ける上に、出会ったとしても不機嫌そうに顔をしかめてさっさと立ち去ってしまう。
何か怒らせるようなことでもしたかと記憶を辿るも残念ながら心当たりはない。


「あー…こ、ここ座っていいか?」


隣の席を指差すと兵助の眉がぴくりと動いた。


「………………好きにすれば」


怖ええええええ!!!
なに今の間!!?


「さ、さんきゅ…」


背中に冷たい汗が伝うのを感じながら腰掛けて兵助をチラリと見やる。
黙々と食べ続けているが、その表情が苦しそうなのは気のせいではないだろう。
特に会話も無いまま、結局先に食べ終わってしまった。

無理なら残せ…と言うべきなのだ

しかし何に意地になっているのかは分からないが、こうなった兵助には何を言っても無駄だということは分かっている。
軽く溜め息をついてそっと席を立つと竹谷は食堂を出た。
















その後、数日経っても未だ兵助の暴食は続いていた。

変わったことといえば料理を口に運ぶ手の動きが最初から最後までプルプルしていることか。
顔色も悪い。無理をしていることは明らかだ。
しかし理由を聞いても何でもないの一点張りで、ふいっと背を向けてしまう。


「……………」


いくら温厚な竹谷といえどもそろそろ限界が近かった。
あんな真っ青な顔で食べる兵助を見るのも、訳も分からず避けられ続けることにも。


「おい、兵助」


なんとか食べ終わった兵助が食堂から出てくるのを待ち伏せして声をかけると、ぐったりして口を右手で覆っている兵助が嫌そうな顔になった。


「ほんとどうしたんだよ…無理して食っても体壊すだけだぞ」

「何でもないって言ってんだろ…」


スッと通り抜ける兵助の腕を掴む。


「なぁ、なんで俺のこと避けんの?俺、なんかした?だったら謝るから…」

「…別に、避けてなんか」

「避けてんだろ!!」



今だって目を逸らして

思わず手に力を入れると兵助の顔が歪んだ。


「痛っ…」


兵助が困ったように見上げてくるが力は緩めない。
それどころか腕を引いてすっぽりと自分の腕の中に兵助を収めてしまった。


「なっ…おいはち!馬鹿、離せっ…」


こんないつ誰が通るか分からない廊下での暴挙に、兵助が顔を真っ赤にしてもがくが力で竹谷に適うわけがない。


「なぁ、好きなやつに避けられるのがどれだけキツいか分かってんのか?」


じたばた暴れる兵助を楽々と抑え込み、耳元で低く囁くと兵助の目が見開かれた。


「俺のこと、嫌いになった?」

「ばっ…そ、んなこと…」

「じゃぁなんだよ」


ジトッとした目で兵助の顔を覗き込むが兵助は下を向いたまま口を閉ざしている。
はぁ、と竹谷が大きく溜め息をついた時、廊下の向こう側からきゃいきゃいはしゃいだ声が聞こえてきた。


「!」


兵助の体がギクリと強張る。


「は、はち…!」

「おー…一年生だな」


兵助の言わんとしてることは手に取るように分かる。
それでも腕の力を弱めることはない。


「はち、頼む…!離せって…」

「嫌だ」


懇願する兵助に意地悪くそう言うと竹谷は兵助の首筋に顔をうずめた。


「ひっ…」


首筋を這う舌の感触に思わず声が漏れる。
一年生の声はどんどん近づいてきて兵助の焦りは高まるばかりだ。


「あの声は一年は組だなぁ」


竹谷がのんびりと口を開く。


「はちっ…!」

「俺は見られても別に構わないけど」


再び兵助の耳元で囁いた。


「伊助も、いるかもな」

「………分かった!言う!言うからっ…!」



竹谷は満足げににっこり笑うと、ようやく兵助を解放した。










解放された瞬間姿を見せた一年は組に、全精神力をかき集めて、何でもないふりを装う。


「あ、久々知先輩!」

「…よう、伊助。次は実技か?」

「はい!裏々山までマラソンです」

「そうか…頑張れよ」

「はーい!」


手を振って行ってしまった一年は組を見送ると、竹谷がニヤニヤ笑いかけてきた。


「役者だなー、さすが兵助」


殴り倒してやろうかコイツ

剣呑な気配を醸し出しながら睨むが、竹谷はどこ吹く風だ。


「で?必死こいて食ってたのと、俺を避けてた理由は?」

「………」


兵助は諦めたように溜め息をつくと、手を伸ばして竹谷の頭に触れた。


「背」

「はい?」

「五年に上がって…お前、急に身長伸びただろ」

「ああ…まぁ」


確かに成長期な自覚はあった。
四年のころは同じくらいの高さにあった兵助の目を、今は見下ろす形になっている。


「…それが嫌だったんだよ。雷蔵にも三郎にも抜かされて…俺だけ小さいのが悔しくて」


竹谷がぽかんとする。
たっぷり十秒くらい時間をかけて、ようやく理解した。


…つまり、こういうことか


たくさん食ってたのは背を伸ばしたかったからで、

俺を避けてたのは並ぶとどうしても身長差が目につくから?


「…ぷっ……」

「わ、笑うなっ!お前にとっちゃ些細なことでも俺にとっちゃ大問題なんだからな!あぁもう、だから言いたくなかったんだ…!」


うずくまってしまった兵助の髪の隙間から覗く耳は真っ赤だ。


「でもなぁ兵助…身長は個人差だから…」

「それに!」


苦笑いで言いかけた竹谷のセリフを遮って、兵助がキッと睨みつけるように見上げてきた。


「いくら俺が…お、女役でもっ…俺だって男なんだから、好きなやつより小さいなんて嫌に決まってるだろ!」


自棄になったように叫んで、恐らく恥ずかしさからだろうが目を潤ませて脱兎のごとく逃げ出してしまった。

後にポツンと残された竹谷は固まったように動かない。

この数日間、兵助に避けられ続けて不安だったのは事実。

その理由が分かった今、不安が嘘のように消えてなくなるのが分かるが…


「なんであいつあんなに可愛いの…」


嫌われてなどなかった。
むしろ逆。

その事実に顔の緩みを抑えるなんて、到底無理というものだろう?








竹谷は満面の笑みを広げて兵助を追いかけた。






















おまけ








「…仲直り出来たみたいで良かったね」


「あいつら食事当番が私たちじゃなかったらどうするつもりだったんだ?丸聞こえだぞ」


「…もう出て行っていいか?」


「あ、すみませんでした食満先輩。いいみたいです」


「別に構わんが…竹谷と久々知がなぁ…知らなかった」


「…はは…」










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