賽を投げ返す(勘右衛門)















………死ぬかと思った。





やっとの思いで学園にたどり着いた五年い組の面々が、門を通り抜けた瞬間ばたばたと倒れ込む。
忍術学園名物、五年生による一週間を超える長期実習がようやく終わったのだ。

先週はろ組、来週はは組の番。

先週、帰ってくるなり爆睡し、次の日の昼まで起きてこなかったろ組の友人を見て覚悟はしていたが


「…ここまでとはね」


乾いた笑いを漏らして勘右衛門が周りを見渡すと、何とか動ける者がくたばっているやつに手を貸しながら、長屋に向かい始めている。


(こりゃうちも明日は授業にならないな)


苦笑して顔を上げると、兵助の姿が目に入った。

そこは流石に久々知兵助。
へたることなく、しっかりと自分の足で立ってはいるが…何か思いつめたような表情をしているのは気のせいだろうか。


「…………?」


もたれかかっていた壁から背を離し、引きつりながらも何とか笑顔を貼り付けて兵助に近づく。


「おーい、兵助。どした?俺らも帰ろうぜ」

「委員会行ってくる」

「……………………」



ナニヲイッテイルンダコイツハ



ビシッと数秒固まってから、思わず宇宙人を見るような目でガン見してしまうと、兵助が嫌そうに眉を寄せた。


「え、おま…本気?休めよ今日くらい。他の奴らも分かってくれるって」

「うちは委員長がいないんだよ。タカ丸さんはまだ経験が浅いし…俺が行かなきゃ、三郎次が大変だろ」


なんて生真面目な兵助らしい回答。
火薬を扱う責任があるのだ。確かに二年生には、まだ荷が重いだろう。

でも…それにしたって



「…お前、絶対過労死するタイプだな」

「あ?」


いつもは冷静な兵助も、やはり余裕は無いらしい。人でも射殺せそうな視線で睨みつけてくる。


「ちょ、兵助、焙烙火矢はやめよう焙烙火矢は。目がマジだぞ……土井先生は?」


笑ってごまかしながら尋ねると、兵助は焙烙火矢をしまいながらぶすっと答えた。


「今日は出張って言ってた」


思わずあちゃーと顔をしかめる。


「タイミング悪すぎだな。…俺も手伝ってやろうか」


そう言って一歩足を踏み出した瞬間、カクッと膝が折れた。


「おわっ!?」

「っ!」


咄嗟に兵助が手を出したが、二人分の体重を支えられるはずもなく、兵助もろともその場に崩れ落ちる。


「………っの、アホ!一回座ったら立つのが余計辛くなんだろ馬鹿!!」

「酷い…」


アホに馬鹿って

兵助は溜め息をつくと、勘右衛門の頭をぽんぽんと撫でて立ち上がった。


「…俺、行くから。お前もう長屋戻って休めよ」


確かにこの体たらくでは、足を引っ張るのが関の山だ。


「あー…、悪い…そうするわ…」


ゆっくり立ち上がってフラフラと長屋に足を向けると、ふいに兵助に呼び止められた。


「勘」

「?」


振り返ると兵助が微妙に視線を逸らしながら、もごもご口を開いた。


「ありがとな」


その言葉に一瞬きょとんとした後、思わず笑みがこぼれる。


「やるからには、後輩にカッコ悪いとこ見せんなよ」


いつもみたく軽口を叩くと、兵助が不敵に笑って背を向けた。


「俺のポーカーフェイスを舐めんな」


ぽーかーふぇいすって何だよ、と突っ込む気力もなく兵助を見送る。















そんな兵助の背が完全に見えなくなった頃


「ま…そうは言ったものの」


やっぱほっとけないよなぁ

そう呟いて、勘右衛門は長屋とは逆方向に足を向けた。









***







「…んで…三階なんだよ…!」


ぜぇぜぇ言いながら、長屋から遥かに離れた校舎の階段を這うように登ると、ちょうど捜していた人物の一人が現れた。


「お、勘?何やってんだ?」


相も変わらず、無駄に元気な顔をした竹谷に正面から寄りかかる。


「会いたかったよ相棒…」

「誰が相棒だ。巷じゃ左右コンビなんて言われてるけど、お前と組んだ覚えはねぇ」


そう言いつつも、しっかり支えてくれる竹谷に遠慮なく全体重を預けていると、その後ろからひょいっと二つ同じ顔が出てきた。


「随分ボロボロだな、うどん小僧」

「うわ、大丈夫?…お帰り勘右衛門」


とりあえず三郎は後でどつくとして、雷蔵の天使の微笑みに手を振って応えると、勘右衛門は小さく口を開いた。


「…煙硝蔵、行って」

「は?」


ポツリと呟いた声が、自分で思ったよりも随分小さく頼りなかったのに、内心で苦笑する。

あ、やばい
なんか目の前暗くなってきた


「へーすけ…手伝ってやって」


あれ…なにこれ。頭ぐらぐらする…


「なに、あいつ委員会行ったの?」

「ちょっと勘右衛門!?大丈夫!?」


雷蔵の声がいやに遠く聴こえる。
もう目は完全に開けることが出来ていない。竹谷の肩口に顔を埋めながら、ただひたすら呟いた。


「…行って」

「分かった勘。兵助は私たちが何とかするから…もう寝ろ」


誰……鉢屋?

違う、鉢屋がこんな優しいわけない

あぁもう誰でもいいや







やっと、眠れる













***






目を開けると、見慣れた木目の天井が広がっていた。


「………………」

「起きたか?」


声のした方に顔を向けると、兵助が柱にもたれながら本を読んでいた。


「よーぉ…」


寝ぼけ眼で手を上げると、筋肉痛で体中が悲鳴を上げる。
うぎ、と奇妙な声が漏れでたところで、兵助が本を閉じて四つん這いで近づいてきた。


「…なんでお前、そんな涼しい顔してんの…どういう神経して」

「ありがとう」


勘右衛門のセリフを遮って唐突に言われた礼に、目を丸くする。


「は…?」

「昨日、わざわざ三郎たち呼んできてくれたんだろ。はちにちゃんと礼言っとけって言われた」


ああ…そういえば

だいぶ記憶が曖昧だったが、思い出してきた。


「で、委員会どうなった?」

「……三郎たちが乱入してきて、帳簿取り上げられた。結局後輩達にカッコ悪いとこ見せちゃったし」


はちに拉致られてさっきまで寝てたよ、と若干不本意そうに兵助が答える。


(まんざらでもないくせに)


…とはもちろん口に出さないが。


「ま…とりあえず」

「うん?」











「お疲れ、兵助」







「……お疲れ、勘右衛門」


















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タイトルはtalking×bird様からお借りしています。




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