心配なだけ(鉢くく)











どうしてこうなった










兵助が手で顔を覆いたいのをこらえながら、眉間にシワを寄せた。

その肩には酔っ払いの男の手ががっしりと回されている。


「…あの…」

「へへへへ、なぁ姉ちゃん。おじさんにお酌してくれよ」

「…うちは居酒屋ではありませんので」


冷たい声であしらおうとしても酔っ払いの耳にはなんの効果もないようだ。

酔っ払いは兵助を女だと思い込んでいる。


それもそのはず


兵助は女物の着物を着ていた。













***





兵助がアルバイトを始める決心をしたのはつい先日のことだ。
火薬委員会の予算が0になったことに責任を感じて、少しでも足しにしようと考えた末の結論だった。

そこできり丸を呼び出し、アルバイトのコツを聞いたところ、きり丸は兵助をまじまじと眺めた後ににっこり笑ってこう言ったのだ。






「女装しましょうか」















***









確かに…確かに女装をした方が、過去にアルバイトをした時に比べて稼げている感はあった。

バイト先の豆腐屋も兵助が来てから売り上げが伸びたと喜んでいる。


(けど…なんか、なぁ…)


売り子をしている時に妙な視線を感じたり、買い物客ではない男に声をかけられることが増えた。

店の奥にある豆腐料理を振る舞うスペースでは、手を握られることもしばしばある。

兵助が本気になれば切り抜けることなど造作もないが、客を怒らせて店に迷惑をかけるのは避けたかった。


だがしかし、そんな男たちに対して何もしてこなかった結果が今のこの状況である。

何度か店に来ていて、顔見知り程度になっていた男が、急に兵助の手を掴んで嫌な絡み方をしてきたのだ。


(どうする…ただの町娘が実力行使はマズいか…)


周りの客は見て見ぬふり。

近い位置にある男の顔から目を逸らしていると、不意に男の手が肩から腰に回された。
そのままその手が下へと降りてくる。


ゾワッと全身が粟立った。


「ちょっ…」


焦って男の腕から抜け出そうともがくが、どうにも人の目が…





「おい、オッサン」





その時、低い声が兵助の耳に届いた。


「なんだお前」


酔っ払いが振り向くと、一人の浪人らしき男が鋭い視線をギラつかせて立っていた。

「女買いならよそでやれ。飯が不味くなる」


不機嫌を隠そうともしない男の物言いに酔っ払いが僅かに怯んだが、すぐに嫌らしい笑みを顔に貼り付けた。


「なんだ、そんなこと言ってあんたも羨ましいんだろ?この姉ちゃんいい体して…」



キンッ



酔っ払いが兵助を抱き寄せた瞬間、男が軽い金属音を響かせて瞬時に抜刀した。

目の前に刀の切っ先を突きつけられた酔っ払いがヒッと息をのんで後ずさる。

水を打ったように静まり返る店内に男の声が響いた。


「…目障りだ。失せろ」


男の怒気に、酔っ払いは何かもごもごと捨て台詞を吐いて兵助を解放すると、そそくさと逃げて行った。

店内から拍手が沸き起こる。


「すごいぞ兄ちゃん!」

「いい腕してるなぁ」


盛り上がる店内には目もくれず、男は代金を机に置いて店を出て行ってしまった。


「あっ…」


我にかえった兵助が慌てて男の後を追う。


「待って…待って下さい!」


男は振り返ることすらせず、兵助の声など聞こえないかのように歩き続けた。


「…おい、待てよ!……三郎!!」


男の足がピタリと止まる。


「何やってんだよお前…いや助かったけどさ…」


すると男…三郎がくるりと振り向いた。


「…何やってるはこっちの台詞だ!お前ならあれくらいねじ伏せられるだろ!なんでいいようにされてんだよ!」


珍しく必死な声で怒鳴る三郎に思わず気圧される。


「だ…だって、俺が暴れて店に迷惑かけたら…」

「んなもん知るか!俺がいなかったらお前あのまま…!」


その先は口にするのも嫌だと言うように三郎は舌打ちして目を逸らした。


「…あいつだけじゃない。今までもそうだ。明らかにお前目当ての野郎共にもヘラヘラしやがって…」

「見てたのか?」


兵助が驚いて三郎を見ると、三郎はふてくされたように口を開いた。


「きり丸が…」
















『あ、鉢屋先輩』


『よう』


『あー…、の』


『なんだ?』


『…ちょっと、マズいかもしれないです』


『なにが』


『いや…久々知先輩にバイトのコツを聞かれたもんで、女装を勧めたんすよ』


『はぁ?』


『久々知先輩美人だからイケると思ったんです。そしたら…予想以上、だったもんで』


『…だろうな』


『もしかしたら変な男にまとわりつかれるかもしれないです』


『………………』

















「………………」

「…なんだよ」


まじまじと三郎を見つめる兵助に、三郎は不機嫌そうにそっぽを向いた。


「それで…ずっと俺のこと見てたのか…?」


その言葉を聞くと、三郎がイライラと兵助の肩を荒々しく掴んだ。


「痛っ…」

「お前なぁ…!鏡で自分よく見てみろ!お前みたいに…お前みたいな奴が一人で売り子してて狙われないわけ無いだろうが!」

「え?」


きょとんとする兵助に背を向けて、三郎は歩き始めた。


「お、おい三郎…」

「禁止だ」

「は?」

「お前もう女装禁止!授業以外は極力そういうかっこすんな!」

「……………」


兵助がくすりと笑う。

素直じゃない三郎が、自分を心配してずっと見ていてくれたことが嬉しくて


「…ありがとな」


ポツリと呟いた言葉は三郎に届いただろうか。





きっと、届いた






















2011.1.23





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