月夜に踊る(五年+六年)
空に月が輝くころ
ぼんやりと光が漏れる障子の向こう側から、ボソボソと人の声がする。
「…じゃぁ、潜入方法はさっき確認したとおりで」
雷蔵の言葉に四人が頷いた。
「まず、私と雷蔵が囮になって内部をかき回すから。その隙をついて、はちが巻物を奪る。勘と兵助ははちのサポートな」
「おっしゃ、任せとけ!」
「りょーかい」
「…分かった」
今から行く忍務についての作戦を、竹谷の部屋で確認しているのだ。
三人の返事を聴いた三郎が、ふと眉をひそめた。
「兵助」
「…ん?」
三郎がズイッと兵助に近寄って、まじまじと顔を見つめる。
雷蔵たちも怪訝そうに三郎と兵助を見やった。
「な…なんだよ。てか近いって!」
押しのけようとする兵助の手を掴んで、三郎が渋い表情になる。
そして骨ばった手を兵助の額に押し当てて溜め息をついた。
「お前、熱あるな」
「え?」
「マジで!?」
三郎の言葉に、雷蔵たちも慌てて代わる代わる兵助の額に手を当てる。
「わぁ…」
「まいったな」
すると兵助が眉間にしわを寄せながら言った。
「大丈夫だ!支障は出さない」
「大丈夫じゃねぇから言ってんだろ。お前がヘマしたらこっちが危なくなるんだよ」
即答の三郎に、兵助がぐっと押し黙る。
「三郎、そんなにキツく言わなくてもいいじゃないか。…とりあえず兵助、まだ時間あるから伊作先輩の所行こう?」
「……………」
「ほらほら、観念するんだな」
「うわっ!?お…おい、はち!」
ひょいっと竹谷に担ぎ上げられた兵助が抗議の声をあげるが、誰も聞く耳を持たない。
そのまま兵助は、伊作と食満の部屋に放り込まれた。
「忍務は俺たちが何とかするから。お前はさっさと体治せよ」
勘右衛門がにこっと笑顔を残して、三郎たちと共に出て行く。
兵助が尚も何か喚いていたようだが、菩薩の笑顔で逃がさない伊作に任せておけば大丈夫だろう。
部屋の戸をピシャリと閉めると、三郎が勘右衛門を振り返った。
「勘、いけるか?」
「あぁ。兵助の分も、俺が馬車馬のごとく働けばいいんだろ」
「分かってるじゃねぇか。サポート頼むぜ」
竹谷が獣のような笑みで見やると、勘右衛門がはいはいと肩をすくめた。
「じゃぁそろそろ行くぞ」
四人は首元の覆面を上げると、目で合図して夜の闇に消えて行った。
***
「珍しいねぇ。久々知くんが風邪引くなんて」
夜中にもかかわらず医務室を開けた伊作が、嬉しそうに布団に兵助を押し込む。
「伊作先輩…!行かせて下さい!今ならまだ追いつけます!!」
きゃんきゃん噛みつきながら抵抗する兵助に、伊作はにべもなくダメ出しする。
「だーめ。こんなに熱がある子には行かせられないな。大人しく寝ときなさい」
「いさ…っ!」
「だーから病人は寝てろっての」
桶に水を入れてきた食満が、濡れた手拭いを兵助の額に乗せながら、その頭を枕に押し付けた。
「そんだけ元気がありゃすぐに治んだろ。治してから加勢に行ってやれよ」
「…でも」
「でもも鹿もねぇ。日頃の体調管理も忍者として大切だぞ?」
痛い所を突かれた兵助は黙るしかない。
「ほれ、もう寝な」
食満の大きな手が兵助の目を覆う。
五年にもなると、普段相手をするのは下級生の場合が多くなる。
久しぶりの自分よりも大きな手の感触に、なんだか恥ずかしくなっ
「やめてください…もう五年ですよ」
「まだ五年だろうが。俺らがいるかぎり、お前だって下級生なんだよ」
食満の手を振り払おうとする兵助の手を逆に掴んで、その額に空いている手を無理やり押し当てる。
冷え性気味な食満の手は、熱を持っている兵助の額には余計冷たく感じて
(…気持ちいい…)
心地よいその冷たさに、思わず抵抗が弱まった。
「どうだ、気持ちいいだろ」
兵助の考えが分かったかのように、食満が快活に笑う。
「………」
観念したように完全に抵抗をやめ、大人しくなった兵助に、食満と伊作は満足げに目を見合わせた。
伊作が兵助を見下ろし、眉を下げながら笑ってポツリと呟く。
「昔はよく僕らのとこに来てくれたのに、最近全然来てくれないんだもん」
「そういやなんか懐かしいな。夜にこの三人でいるの」
「ねぇ、兵助?」
「〜〜〜〜〜!」
嬉しそうに名を呼ぶ伊作に、兵助は顔を真っ赤にして布団を頭まで被った。
「もう寝ます!!」
***
目的の城に到着すると、三郎たちは二手に分かれた。
「…はち、部屋の場所分かってるよな?」
「おう」
「そんじゃま、行きますか」
門の方が騒がしくなってきた。
三郎たちが上手いこと城の注意を引きつけてくれているようだ。
竹谷と勘右衛門が気配を消して城内に侵入すると─…
「来たぞ!敵だ!!」
城の中には兵士たちが待ち構えていた。
「なっ!?」
「嘘だろ…!」
おかしい
下調べの段階では、この城にこんなに兵士はいないはずだった。
それに、この明らかに竹谷たちを待ち構えていた警戒態勢。
(情報が漏れてた…!?)
焦って裏口まで後退した勘右衛門たちを、兵士たちが追ってくる。
ここがこの状態ということは、恐らく三郎たちも危ない。
舌打ちした勘右衛門が、無理やり竹谷の首根っこを引っ付かんで、思い切り裏口の外に放り投げた。
「な…何すんだよ勘!俺も戦う!!」
「俺たちの目的は戦うことじゃない!けど逃げ切れそうもないから…はちは先生に応援要請!」
「応援要請なんて…ここが学園からどんだけ離れてると」
「なんとかしろ!お前の森のお友だちにでも頼めよ!」
勘右衛門の言葉に、竹谷は虚を突かれたような表情になったが、すぐに引き締めた。
「…学園に連絡したら、絶対に戻るからな!」
「そのまま学園まで逃げろって言いたいけど、どうせ聞かないんだろ」
「当たり前だっ!」
そう言い残すと、竹谷は颯爽と森の中に消えていった。
その後ろ姿をチラリと見やりながら、ぼんやりと考える。
(さて…とりあえず、三郎と雷蔵に合流だな)
こんな緊急時にこそ、頭のキレる兵助がいたら助かるのに
そんな事を考えたって、いない人間には頼りようもない。
向かってくる兵士たちの攻撃を避けることだけに集中し、勘右衛門は門の方へと走った。
***
「伊作ー!!傷薬くれ傷薬!」
「傷薬の前に、頭に塗る薬を貰いやがれ!アホ小平太!」
「………もそもそ」
明け方が近くなってきた頃、医務室になだれ込んできた鍛錬組に、伊作の投げたマッチ箱が正確に眉間に直撃する。
「病人がいるんだ。ちょっとどころじゃなく黙ろうか」
眉間を抑えてうずくまる三人に笑顔を見せる伊作に、食満はいつものことと無関心である。
「ん…っ」
兵助が身じろぎすると、伊作が兵助の側に膝をついた。
「大丈夫?苦しい?」
額に手をあてると、熱がさらに上がってきたようだ。
潤んだ瞳で兵助が見上げてくる。
「…伊作先輩…今何時ですか…」
「今?…もうすぐ寅の刻くらいかな」
「……!くっ」
起き上がろうとする兵助を慌てて押しとどめると、六年たちの視線が集まった。
「行かないと…!三郎たちが危ない…!!」
「なんだ、どういうことだ?」
「もうとっくに帰還予定時間は過ぎてます…あいつらは帰ったら俺の所に必ず来る。まだ帰ってきてないんでしょう!?」
その言葉に六年生が顔を見合わせる。
「でもなぁ…鉢屋がいるんだろう?他のやつらも優秀だ。少し時間がかかってるだけじゃないか?」
荒い息を吐いて兵助が立ち上がった。
「…嫌な予感がするんです……行きます」
ふらふらと戸に向かう兵助だが、やはりその足がガクッと折れた。
「やれやれ」
兵助が倒れる直前に、その体を支えた人物が溜め息をついた。
「そんな状態で行ったところで、足を引っ張るだけだろう」
「…立花先輩…」
それでもなお行こうとする兵助の頭を、文次郎がぽんぽんと撫でた。
「分かった分かった。俺たちが見てきてやるから。お前は寝てろ」
「待てよ文次郎!私と長次も行く!」
楽しそうに立ち上がった小平太に、文次郎が好きにしろと視線を送った。
「なぁ久々知、それでいいだろう?」
「……っ…」
「うわ、お前熱いなー。病人は寝るのが仕事なんだぞ!」
「……寝ろ……」
代わる代わる口を開く六年生に、やっと兵助が折れた。
「…お願い、します…」
竹谷からの手紙をくくりつけた鳩が学園に到着したのは、
仙蔵たちが学園を出てから数刻後のことであった。
***
「三郎、どうする!?」
「どうするったってなぁ…!」
兵士たちを振り切りながら城の外を目指すが、如何せん敵の人数が多すぎる。
「ちぃっ!」
「三郎、勘右衛門!一旦分かれよう!バラバラに逃げた方が…!」
「俺も雷蔵に賛成!」
「いや…待て雷蔵、危ねぇっ!」
城内から出てきた敵が、雷蔵に斬りかかってきたのを三郎が防ぐ。
その隙にぐるりと敵に囲まれてしまった。
「あーあ…やるしかないか」
勘右衛門が諦めたように笑って刀を抜いた。
溜め息をついて、三郎と雷蔵も武器を構える。
「はちが学園に連絡取ってる。先生が来てくれるまで保たせろよ」
「はっ 気が遠くなりそうな時間だな」
「珍しいね、三郎が弱気なんて」
談笑している間にも敵は向かってきている。
覚悟を決めて刀を握る手に力を込めた、その時
「なんだ、ほんとにピンチじゃねぇか」
「嫌な予感なんて当たるもんなんだなー」
「さすが仲の良さに定評があるだけはある」
「………」
その声に三人が固まった。同時に嫌な汗が全身からブワッと吹き出てくる。
「おい勘…来てくれるのは先生じゃなかったのか」
「知らないよ…はちに聞いて」
「それにしても早いね…」
雷蔵が苦笑いで上を見上げると、塀の上に見慣れた顔が計四つ。
「けど、助かったんじゃない?俺たち」
勘右衛門の呑気な発言が聞こえた仙蔵が口を開く。
「誰が助けると言った。これぐらいの状況、お前たちでなんとかしてみせろ」
「はっ!?ちょ、立花先ぱ…うわわわっ!!?」
目を見開いて仙蔵を見上げた隙に攻撃してきた敵に、慌てて刀を振るう。
「仙蔵…お前な…」
「冗談だ。さっさと終わらせてあいつらを久々知の所に行かせるぞ」
「仙蔵って久々知には甘いよなぁ」
「……もそ…」
そんな事を言いながら六年生が戦場に降り立った。
戻ってきた竹谷が、既に到着している援軍に驚きながらも参戦する。
「よく見とけ五年ども!大人数との戦いはこうやるんだよっ!!」
吠えながら突っ込んでいく文次郎と小平太の動きは、まさに鬼のようで
縄標と焙烙火矢で援護にまわる長次と仙蔵との連携は、もはや華麗としか言いようがなかった。
「はは…すげぇや。俺たち出る幕無しかよ」
「まぁ…多少力任せなとこはあるけど」
「うん、でも」
「あぁ。これで兵助のとこに帰れる」
***
もう日が半分ほど顔を出している。
何も出来ないもどかしさを抑えながら、兵助がジッと布団にくるまっていると、不意に戸の外に人の気配を感じて飛び起きた。
「あっ…」
「ただいま、兵助」
ヨロッと現れた勘右衛門に、兵助が勢いよく抱きつく。
「うおっ…!え、なに。嬉しいけど珍しいな、兵助が」
「だっ、て…お、遅いから!どんだけ心配したと…!」
「あーもう泣くな泣くな。いいじゃねぇか、無事だったんだし」
ぼろぼろと涙を流す兵助に、竹谷が困ったように笑って、その背中をぽんぽんと叩いた。
兵助を囲んで笑顔を見せる五年生と、その中心にいる兵助を見て、伊作が食満に笑いかける。
「…やっぱり、久々知くんを一番甘やかせるのは、あの子たちだよね」
「違いねぇ」
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リクエスト元「5年は任務で面倒みれなくは組に看病を頼む。甘え下手な兵助を甘やかしまくるは組。 いとろも5年好きで兵助に早く会わせてあげようと迎えに行く」
凪様のみお持ち帰り可。
2011.1.19
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