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「馬鹿じゃないの」

そう言ったのは燐ではない。
勝たちから逃げるようにして乗った電車はあまり人が乗っていなかった。
座席はほとんどが隙間でできていて、座っている人を数えるほうが早いぐらいだ。

電車は一駅ずつ止まり、二回ほど止まったあと電車は自分と彼女しか乗っていない状態になっていた。
がらんとした静けさの中で幾つもある席の内、当たり前のように隣に座っているのは出雲だ。
どうやら燐が電車に乗り込む前からこの電車に乗っていたらしい。「馬鹿みたい」

もう一度、今度は言い方を変えて出雲は言った。

「バカバカしつこいぞ」

さすがの燐も腹がたちそうになる。
しかし出雲はそれでも隣に座る燐を見下ろすように顎をしゃくりあげ目を細めて見つめていた。

こういうところは昔と変わらない。と燐も苦笑いになる。
彼女もしえみとはまた違った背筋の真っ直ぐな美しい女性へと成長していた。
ただ隣にいるというだけで妙な存在感があり、誰もいない電車の中ではそれがさらに際立っている。
「向日葵、綺麗ね」

先程まで馬鹿と言っていた唇が突然綺麗だと花を褒めだす。
会話に統一性がないな、と思いながらも、また馬鹿と言われるのは嫌なので燐も口を開いた。

「ああ、しえみが選んでくれた」

「量多すぎ」

「俺もそう思う」

ははは、と花束いっぱいに抱えたままを軽く笑うと出雲はたくさんあるうちの向日葵をひとつ、軽く触れた。
撫でる白い指に黄色い花びらが栄える。

「あなただけを見つめる」

「え?」

「花言葉」

知らない?と言われ、そういえばそういう花言葉だったなと思いだす。向日葵の花言葉は“あなただけを見つめる”。
まるで今の自分みたいだ、と自傷気味に笑った。
時折揺れる電車、いつしか背後の窓からはキラキラと光る海が見え始めていた。
その海を見つめていると泣きそうになる。

「まだ苦しいみたいね」

「…ああ、苦しいよ」

苦しくて、消えてしまいたくなる。
この気持ちを抱き続けたまま生きるのはあまりにも苦しい、と燐は力なく笑った。
二人して海を見つめ、その海があまりにも眩しすぎるから目眩を覚えそうになって強く目を閉じた。

「元気出せとか、忘れろとかは言わないけど…あんたそのままだったらずっと苦しいままよ」

「分かってる」

分かってるんだ。
勝にも言われた、いつまでそうしているのかと。
またギュッと目を閉じて、海を見つめた。
遠くにある海は少しぼやけて見えにくい、動く景色も見えずらく目を辛くさせた。

「見えないの?」

「ちょっとだけ…」

「眼鏡にしないの?」

「眼鏡は弟がしてるだろ」

だからしない。
そう言って、そこからは二人とも何も話さずどちらかが降りるまで電車に揺られ続けた。


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