3さて、どうしようかと首を捻る。 両手いっぱいの向日葵はかなり目立つ。 だがそれでも必死に抱えて、なんとか駅まで着くことが出来た。 まさかこの花を抱えて、海まで墓参りなど誰が想像できよう。 服も喪服などではなく普段着るようなラフな格好できているのでなおさら墓参りとは思わないだろう。 燐は電車を待っている間、向日葵を一本取る。 大きな、人の目を引くだろう存在感。 それがなぜか無性に悲しかった。 この花には多少だが思い出が詰まっているのだ。 昔、学生時代の他愛もない思い出。 『似合うよ』 『兄さん、明るい花が似合うから』 そう言ったのだ。 この花を見てそう言ったのだ。 そして燐はただひたすら喜べばいいのか怒ればいいのか分からないというように顔を真っ赤にすることしかできなかった。 そんな小さな思い出がこの花に詰まっている。 だがそれを思い出すとこの駅だってそうだ。 ここでよく兄弟二人で遠出をするときや任務に向かうためにも使った。 この街全て、行った場所もまだ行ったこともない場所にも彼はいるのだ。 思い出して想像して、それをただひたすら繰り返してしまう。 「おい、危ない!」 グイッと後ろに引っ張られ、転びそうになりながらも数歩後ろに下がる。 よろめいた足を何とか持ち直し、誰だと後ろを振り向く前に電車が目の前を通り過ぎた。 「電車待つんやったら、ちゃんと白線の中におれ」 聞き覚えのある声にようやく振り向くと、そこには勝が燐の腕を掴んでいた。 どうやら勝が引っ張ってくれたようだ。 「ああ、ワリィ。ちょっとぼーっとしてたから…」 サンキューな、と言葉を続けると眉間にシワを寄せてかなり不機嫌そうにする。 「ほっそい腕や…ちゃんとメシ食うとるんか」 「お前、会って早々それかよ」 まるで母親みたいだなと笑うとまた眉間のシワがひとつ増える。 するとホームへと続く階段から子猫丸と志摩の二人がやってきた。 「出かけるのか?」 「任務や。一週間ぐらい帰ってこられへん」 「そりゃあお疲れ様」 勝も大人になり、今では一人前の祓魔師になっていた。 今日はやけに昔の友人と会うな、と思っていると追いついた二人がそばに寄ってくる。 「あれ、奥村…君。お出かけですか?」 「ああ、墓参り」 ほら、と抱えた花束を見せると子猫丸が目を丸くさせて驚いた表情を見せる。 墓参りに向日葵というチョイスに驚いているのだろう。 「うわぁ、こりゃまた豪勢な花束で…」 「スゲーだろ。しえみが選んだんだよ」 「ハハハ、そやったら納得やわ。奥村燐君にはよー似合う花や」 志摩が軽く笑うと、ちょうど背中に強い風と音を感じた。 電車が来たようだ。 「んじゃあ、俺行くわ」 「奥村」 「んー?」 勝はやけに真剣な顔で燐を見ていた。 だがその瞳の奥がやけにメラメラと燃えていて、だけど悲しい炎だった。 怒りと、悲しみ。 「いつまでそうやっとるんや」 「……」 一歩、電車の中に踏み込んだ。 扉はまだ閉まらない。 「いつまで、お前はそうやっとるんや」 「……」 何も言わず、誤魔化すように抱えた花束で顔を隠した。 だけどそれでも花の小さな隙間から彼らの顔が見えてしまう。 怒り、悲しみ。 不安、悲しみ。 懇願、悲しみ。 彼らが共通しているのは悲しみだけだった。 いや、きっと全部同じだ。 怒り、不安、懇願、そして悲しみ。 それらはグルリと回って繋がって、燐にそれを全て向けられている。 「聞いとんのか」 「聞いてるよ」 答えられるのはそれだけだった。 早く扉よ閉まってくれ、と願うが中々願うようにはなってくれない。 誰かも分からない人がぽつぽつと自分を横切って電車に出入りしていくのを横目で見る。 「お前がそんなんやと、あいつも浮かばれへんぞ」 そんなの知ってる。 自分が一番知ってる。 燐は花束を退け、三人を見た。 いやに真っ直ぐに自分を見てくる三人は強い。 強くて自分ひとりでは負けてしまいそうだ。 いや、きっと自分が何人いようともこの真っ直ぐな瞳には勝つことはできないだろう。 ピーッと電車の閉まる合図の音が鳴る。 ようやく閉まってくれたと安堵していると勝が最後に大きく口を開いた。 「 」 ドア越しに叫んだそれは聞こえないふりをした。 ←top→ |