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寮から出ると墓参りのための花を買おうと花屋のほうに足を向けた。
すると見知った顔を見つけて声を掛ける。
その女性は一瞬何かを期待するような表情で顔を上げると、すぐに落胆した顔になってしまった。
だがその表情もすぐに変わり、普段どおりの柔らかく優しい笑みを向けてくれた。

「しえみ」

「久しぶり」

学生の頃、塾で一緒だった彼女は可憐な少女から美しい大人の女性へと変わっていた。
昔はよく一緒に任務に行ったりしたが、この一年は燐がひとりで任務を行うことを望んだため碌に顔も合わせることもなかった。
怖かったのだ。彼女の顔を見たら泣いてしまうんじゃないかと、この一年考えていたが実際に会ってみると意外とそうでもない。
涙は出ず、ただ普通に会話して笑うことができる。

「お墓参りに行くの?」

「ああ、あいつに買っていってやろうかと思って」

「……」

どれにしようかと花屋の色とりどりの美しい花を眺める。
やはり無難に菊にしようかと店員を呼ぼうとすると、隣で「すいませーん」としえみが声をあげた。
店員が奥からひょっこりと出てくると菊ではない花を指差す。

「コレ、ください」

両手いっぱい、抱えれるぐらいに。
しえみはそう言って財布からお札を出す。
その表情はなんだか今にも泣きそうで、だけどそれを歯を食いしばって堪えているからせっかくの可愛らしい顔が台無しになっている。

「しえみも、花買うんだ」

「私のじゃない、燐のだよ」

ググッとまだ歯を食いしばったまま彼女は言う。

「菊、なんて…絶対にダメだから。そういう花、燐に似合わない」

しえみの瞳にはいっぱいの涙が溜まっていた。
今にも零れ落ちそうなそれだが、絶対にこぼれる事はないだろう。
燐はただ隣で目を細めて笑った。

彼女は変わらない。
昔はあの箱庭に閉じこもって植物たちを世話し続ける生活だったが、それでも彼女の中に確かな強さがあった。
そして今も、祓魔師になって仲間を持って、昔の強さを持ったまま強く生きている。

彼女が羨ましい、燐は隣の両手いっぱいに花を持ったしえみを見つめた。
自分は弱いままなのに。

「本当は、私も行きたいんだけど兄弟水入らずを邪魔しちゃダメだからね」

だから、コレの半分は私からね、と穏やかに笑う。

「燐には、この花がいいよ」

黄色い大きな花、向日葵。
両手いっぱいの向日葵を抱えて、彼女は笑った。


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