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燃やさずに、海に沈めて欲しい。

彼はそう言った。
あんな深く暗い海の底で彼を一生過ごさせなければいけないのかと思うと酷く辛い。
海の底は寒いんだ、身体は冷えて上がって来れなくなってしまう、だが彼がそう望むのなら言うとおりにするしかなかった。
だから、彼の言うとおり死体は燃やさずただ海に沈めた。

なぜこうなったのか、黒のスーツのズボンを精一杯握って思い出す。
任務中、自分を庇ったのだ。

弟はその時死んだ。




朝を迎えて夜に眠る。
その当たり前の生活にやっと慣れてきた頃、血を分けた兄弟が死んで一年が経っていた。
月日は早いというが燐にとって一年の半分は地獄のようであった。

朝迎えては罪悪感なのか虚無感なのか何か分からない、ごちゃ混ぜになった気持ちが目覚めと同時にやってくる。
夜に眠ればあの時の悪夢が襲い、海に沈める時の彼の満足そうな笑みが消えては浮かんで目を覚ます。

だが一年も経てばいつしかそれも無くなってしまっていた。
家族を亡くしたというのに、なんて薄情なんだろうと自分で自分を責めてみたが何も起こらない。
神様が罰をくれるわけでもないし、静かな時間が過ぎるだけ。
ただそれだけだ。
こんなの、なんの足しにもならないとため息を付く。

燐はベッドから降りると部屋を見回す。
昔よりも視力は落ちてしまっていて、部屋がぼやけて見えるがそれでも部屋の様子は分かる。
学生の時から使い続けているこの部屋は成人しても使用している。
誰も使わないからとの理由でそのまま暮らしていた。

二人でずっと暮らしていたのだ。
だけど今日でちょうど一年になってしまう。
一人になって一年になってしまったのだ。

そんな記録いらないのに。
燐は心の中で愚痴て、八つ当たりのように適当にあったゴミ箱を蹴ってやった。
中に入っていたゴミ屑たちが床に転がる。

鍛錬も修行もした。
経験も知識も積んだ。
手足も伸びて大人になった。
だけど守れなかったのだ。

大切な人、一人さえ。

グルグルと負の感情が燐の中に渦巻く。
このまま落ちて、戻れなくなってしまおうかとまで考えるとそこで思考が停止する。
それはいけない。それだけはいけないんだ。

いつもここまで考えると彼が呼びかけてくれる。
だから今日まで生きてこれたのだ。

燐は頭を振ってその思考を無理やり放り出した。
とりあえず顔を洗おうと部屋から出て行く。

今日はひとりで生きたちょうど一年。

朝起きて、顔を洗って歯を磨いて朝食を食べたら墓参り。


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