青の祓魔師



志摩を病室に寝かせると、手当ての必要はないからと勝呂たちの元へ行くように促された。確かに怪我もしていないし、症状は貧血のようなものなので雪男は志摩の言う通り勝呂たちの後を追った。

病室についても志摩は原因を話そうとしなかった。一体彼の何がそうさせるのか。とりあえず危険な類ではないらしいことだけは教えてくれた。

考えながら歩いていると向こう側から派手な音が聞こえた。時折アマイモンが最初に起こしたような微弱な地震さえも起きている。
派手に争っているなぁ、だなんてまるで他人事のようにして雪男は廊下を歩いた。

息を吐いてもまだ白くはならないが、それでも廊下は寒かった。早く家に帰って予定通り皆とお祝いをしたい。だがこの様子ではそんな温い予定は早々叶えられそうにもなかった。
せっかくの誕生日なのにと文句を言ってやりたい。そもそも原因は全てあのアマイモンのせいだ。そしてそれに繋がるだろう燐の存在。

一体何を思って彼を物質界によこしてきたのか、まったく理解できない。彼はいつだってそうだ。雪男の考えの及ばない所にいる。勿論悪い意味でだ。

雪男は足を止めると瞼を閉じた。いつだったか、こうやって静かに瞼を閉じると彼が映し出されたことがあった。それは過去の彼ではない、確かに現在の燐だったのだ。

「…兄さん」

呼んでみるが、反応はなかった。ただ暗い世界が映されるだけ。実を言うとあれから何度か試してみたが、あれ以来燐の姿が映し出されることはなかった。もしかしてあれはただの自分が思い描いた幻想だったのだろうかと、少し疑いを持っている。
だがそれでも雪男はあの彼との約束とあの光景を信じてここまできたのだ。

瞼を開けると、廊下に差し込む太陽の光が眩しくて何度か瞬きをした。誰もいない廊下は静かだ。
すると頬に違和感を感じ、指先で触れるとそこが濡れていた。どうやら自分は泣いていたようだと、今更ながらに気が付く。
もしかしたら少し疲れているのかもしれない。

燐のいないこの世界に。
燐のいない初めての誕生日に。

だがそれでも時間は無情にも過ぎていくし、仕事はこなさないといけない。雪男は濡れた瞼を拭うと、廊下の曲がり角を曲がる。
曲がりきったその瞬間、雪男は驚愕する。

「勝呂君!三輪君!」

彼ら二人が廊下で倒れているのだ。雪男は慌てて二人に駆け寄ると、その顔色の悪さに驚いた。志摩のときと同等の酷さだ。

「二人共、しっかりしてください!」

一体何があったんですか、と問いかけると勝呂が気持ち悪そうにして呻き声をあげる。瞼をそっと開けると、視界はしっかりとしていたので雪男を捕える事が出来た。

「ああ、雪男か…」

「一体何が…!?」

「…気にせんでええ。アレや、しゃーなしや」

一体何がしゃーなしなのか、雪男には理解できない。とりあえず勝呂の言葉を最後まで待つが、それ以上は何も言ってくれなかった。子猫丸の方を見れば、彼はうんうんとうなされているようで、ひたすら「坊だけは、坊だけはやめたってください」と天井に手を伸ばして苦しんでいる。

「雪男」

「あ、はい」

ああ、今は雪男呼びOKなのかと思いつつ返事をする。

「確かに合意の上やけど、変な誤解はすなよ!」

「…何がですか?」

もう何が何やらまったく理解できないと雪男は嘆きたくなる。志摩といい勝呂といい、顔色が最悪な癖にその原因を言ってくれない。
二人はその原因を確かに知っているはずなのに。

「…もうそろそろ、向こうの二人も襲われとるかもしれんな」

「ええっ!?それってしえみさんたちのことですか!?」

「それ以外誰がおんねん」

「僕、ちょっと行ってきますね」

倒れている二人をここに置いていくのに気が引けたが、勝呂がすぐに大丈夫だと反応を返してくれた。ホルスターに装備している銃の手触りを確認して立ち上がると、呼び止められる。

「それいらんやろ」

「いや、これがないと…」

戦えないじゃないかと告げようとした瞬間、雪男は理解した。戦わなくてもいい相手なのだ。雪男にはそれだけで充分すぎた。

待っていた彼が来てくれたのだ。
ずっとずっと待っていた。
一年経つか経たないかのこの境目に来てくれたのだ。

自分と交わした約束を守りに来てくれたのだ。

雪男は胸が熱くなるのを感じ、気分が悪そうに頭を抱えている勝呂を労わることも出来ず、我慢できずに走り出してしまった。荒々しい音が響く中、勝呂がまた雪男を呼ぶ。
雪男は足を止めることは不可能に近かったので、走ったまま一瞬だけ視線を勝呂たちの方へ向けた。

「雪男!おめでとうな!!」

気分は最悪だろうに、大声で言ってくれた。目を覚ましたのか、子猫丸は声をあげることはしなくても、手を振ってくれているのが視界の端に捉えることができた。

雪男は走った。嬉しくて堪らなくて、ただ顔がにやけるのを必死で押さえようとする。

「ありがとう!!」

だからそれだけを言って雪男は廊下を走り抜けたのだ。
胸ポケットに触れる。その小さな膨らみに、雪男はまた嬉しくなって走るスピードを上げた。


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