青の祓魔師


※「優しい世界で会いましょう」と設定が同じです。




雪男は街中で冬の寒さに一人身を震わせた。
今は十二月なので季節は冬であり、いくら温暖化の影響で温かくなっていると言われても寒いものは寒い。それになにより雪男は冬が苦手だった。
暑いのは我慢できるが寒さはどうにも苦手なのだ。冬生まれだし、名前にも雪が付いてるのになぁと色々考えてみるが、きっと寒いと感じるのは冬だけのせいではないのだろう。

世間ではクリスマスが終わり、もう年越しの準備で忙しい。
だが雪男は年越しの前に自分の誕生日があった。
自分が生まれた誕生日を今年は一人で祝わないといけないのだ。勿論友人たちは雪男を祝ってくれるし、パーティーまで開くとまで言ってくれている。だがそれでも雪男の中にはポッカリと穴が開いたような寂しさがあるのだ。

燐がいない。
無事魔神を倒した後、世界の均衡が崩れ、新たな魔神が必要となったのだ。そして雪男と小さな約束を交え、彼は魔神になるべく自らこの世界を去って行った。

その事を寂しくないと言ったら嘘になる。だがそれでも彼が決めたことなのだから、雪男には何も口出すことは出来ない。

雪男は寒い空気にあてられ、心の中で疼くものがより一層酷くなった。
風が吹く度に雪男とすれ違う人は同じように身体を震わせている。その中で家族連れの人とすれ違い、雪男は自然とその家族へと視線を向ける。

買い物帰りだろう、夫婦の間に小さな子供を挟んで手を繋いでいる。父と母、両方の手を握る子供の顔は幸せそうに笑っていた。
その光景に心が温かくなると同時に酷く虚しくなった。どこにでもありそうな、温かい家庭。
今だけは酷く目の毒だ。

唯一、血の繋がりがある家族は別の世界に行ってしまったのだから。
雪男は寒くなって、かじかんだ両手を自分の息で温めた。前までなら、こんなとき彼がいたのだ。

いつも雪男の傍にいた彼はいつも温かかった。真冬だというのにその手に触れれば氷のように冷たかった筈の手が一気に解かされていくほど。
まるで彼の人柄そのままを映したかのような体温が雪男は好きだった。彼に引っ付いて湯たんぽみたいだと言うと怒られたりもしたが、彼も雪男と引っ付けるという行為自体は満更でもなかったように思える。

どうりでこんなにも寒い筈だと、寒がる原因に思い当る節がありすぎて雪男は苦笑いを浮かべるしかなかった。
すれ違った家族はもう遠くまで行っている。

父と敬愛した獅郎はもう死んだ。
兄として、恋人として愛した燐は別の世界に行ってしまった。

本当に世界で一人きりみたいだと空しくなると、せめてもう一人悪魔でも人間でもいいから家族がいたらよかったなぁ、とさらに虚しくなることを考えてしまう。

雪男はそんな無駄な考えを捨てようと頭を振ると、誰もいない扉に鍵を差し込んだ。
先程任務を終えたばかりで、その報告書を今からメフィストに持って行く所だ。
今日の仕事はこれで終わりだから早く報告書を渡してさっさと家に帰ろうと自然と早足になる。

騎士團内の廊下を歩き、理事長室と書かれたプレートの扉をノックすると、中から「どうぞ」と声が掛かる。

「お疲れ様です、奥村先生」

いつもの食えないような笑みで雪男を迎え入れたのはメフィストだった。
雪男が今年で二十五になっても彼は初めて会ったときと変わらない姿のままだ。

「こちら、報告書になります」

「ありがとうございます。すいませんね、今日は誕生日だというのに」

「いえ、仕方がありませんよ」

雪男は今日が誕生日だった。十二月二十七日。
去年までは任務が入っても断っていたが、今年からは休日でも受けるようになっていた。ほんの少しでも彼との約束を叶えられるようにと、身体を壊したりしたら彼や友人たちに怒られそうなので、無理のない程度に引き受けているのだ。だがそれでも今日は約束があるのでなるべく早く帰りたいとは思っている。

「この後、誕生日パーティーをするだとか。本当に仲が宜しいですね」

「皆さん、気を使ってくれてるんですよ」

今年初めての、彼のいない誕生日だから。
雪男は自分の言った言葉に少し切なさを感じた。
彼が物質界から去ってそろそろ一年になるかならないかの年。
彼の活躍のおかげである程度の悪魔の被害は少なくはなったが、それも微々たるものだった。
旧魔神の悪魔たちは人を襲い、現魔神の悪魔は人と触れ合う。
彼の思い描く世界はまだまだ先のようで、それでも彼が言ってくれたいつか迎えに来るという約束を雪男は信じ続けていた。

「お祝いをされるというなら、これ以上お時間を取らせるのも悪いですね」

奥村先生の報告書ですから不備なんてないでしょう、とメフィストは受け取った報告書の中身を確認することもせず机の引き出しへと閉まった。

「ありがとうございます。それではしつれ「敵襲!!悪魔だ!!」

誰かも分からない叫び声が上がった。だが確かに聞こえた「悪魔」という単語。
雪男は嫌な予感がした。確かに燐に協力したいという気持ちはあるし、そのためなら努力を惜しまないつもりだ。
だがそれでも友人たちが祝ってくれるパーティーには行きたい。

雪男は「おやまあ」と驚いたようにしているメフィストにこそりと視線を向けると、彼と目が合った瞬間、ニンマリといつもの牙を見せる嫌な笑みを向けられた。

「奥村先生、お仕事ですよ☆」

メフィストはこの後の雪男の約束も知っている。だがそれでもメフィストの結界を掻い潜ってやってきた悪魔だ。早急に手を打たねばならないのも分かっている。
だがそれでもこう思わずにはいられない。

「…悪魔」

「ええ、貴方の大切な半身と同じ、とっても素敵な悪魔ですよ☆」

かくして雪男は騎士團内に侵入してきた悪魔のせいで、大切な予定が大幅に狂う事となった。







日本支部にいる祓魔師たちが動く波に乗って移動すると、辿り着いた場所は中庭だった。
雪男よりも先に辿り着いていたのだろう、窓から中庭に向けて銃を構えている祓魔師の中から勝呂を見かけると戦況を確かめるために傍に駆け寄った。

「勝呂君」

「ああ、雪男…やなくて、奥村先生」

任務中なので勝呂は切り替えるようにして雪男の呼び名を訂正した。
仕事の時は雪男ではなく、奥村先生と呼んでいる。逆にプライベートの時は雪男と呼んでいるせいか、最近こうやって間違えて呼んでしまう事が多々あった。
別に呼び捨てでも構わないと言いたいが、今はそれを言っている場合じゃない。

「悪魔が出たと聞きましたが」

「窓見た方が早いですよ」

窓の方に視線を向け、見るように促すと雪男はそっと覗き込んだ。そして意外な人物に目を見開く。

「アマイモン!?」

それは間違いなく彼だった。
地の王であるアマイモンが中庭の噴水で腰かけ、距離はあるといっても十人いる祓魔師たちに囲まれ銃を向けられているというのに、退屈そうに足をブラブラさせながら飴を齧っているのだ。
足元にいる彼がいつも連れているヘビモスも一緒だ。
どうやら彼が結界を潜り抜けてきた悪魔らしい。だがどうしてわざわざこの敵地でもある騎士團内にやってきたのか。

「おやおや、一体これはどういうことでしょう?」

雪男と共についてきていたメフィストが眉をしかめる。どうやら彼のことはメフィストも知らなかったようで、彼の突然の訪問にさらに首を傾げるしかない。

「まあいい。とりあえず話をしてみましょう」

そう言って中庭に出るメフィストに愛用の銃を構えた雪男も続いて出て行った。

「おい、アマイモン。これは一体どういうことだ?」

「ああ、兄上」

敵に囲まれているというのになんの興味も示していなかったアマイモンがようやく反応を示す。
するとメフィストの背後にいる雪男も視界に捉えると。座っていた噴水から立ち上がり、ポケットから紙を取り出した。

「“ああ、ここであったがヒャクネンメ、オロかなニンゲンどもよ!カクゴしろ!”」

ありえないほどの大根役者。突然の事に雪男は戸惑った。
人を闇へと誘う演技でもないだろうそれは酷かった。棒読みだし、台本だろう紙を堂々と見せている時点でアウトだ。
もしもこれがどこかのオーディションなら即失格ものだろう。

雪男が一体なんなのかと必死に考えている間もアマイモンは長々と読み流すような単調な台詞を続けた。
他の祓魔師たちも動揺を隠せないようだ。メフィストはとりあえず黙ってアマイモンの台詞を聞いていた。
するとアマイモンが行動を起こした。

「“くらえ!!アクマのテッツイ〜〜!括弧ここでジシンをおこす括弧閉じる”」

ただし威力は弱めで、と最後に呟くと、アマイモンは言葉通り腕を振り上げ地面を殴ると微弱な地震を起こした。
なぜ括弧の部分も読んだと色々突っ込みたいが、グラリと揺れた地面に足を取られつつも雪男はアマイモンに向けて銃を発砲する。
するとそれを合図に銃を持ちアマイモンを囲んでいた祓魔師たちも一斉に発砲した。だが微弱ではあるが地面が揺れていると的を当てにくくなる。それに相手はあの地の王アマイモンだ。
そう易々と撃たれてはくれない。

アマイモンは重さというものを感じさせないほどの軽いジャンプをし、高く飛び上がると屋根の上へと着地した。ヘビモスも同じように屋根へと着地する。

「一体何が狙いだ!?」

「狙い?特にはありませんが、しいて言うならお願いされたからです」

お願いされた。雪男はその言葉を聞くと、この茶番劇にようやく納得がいった。

兄だ。虚無界の神である燐がアマイモンをこちらに向かわせたのだ。
地の王である彼を従わせるなんて彼にしか出来ない。
一体何を考えているんだと雪男は頭を抱えたくなった。その間もアマイモンは発砲されているというのに、それらを軽々と避けていく。

「それでは僕と祓魔師とで鬼ごっこです。鬼さんこちら、手の鳴る方へ」

そう言うと彼は屋根から降りて外へと逃げてしまった。その後を追う祓魔師たち。
雪男は少し悩んだ。このまま彼を追ってもいいのかと。

「奥村先生」

「はい」

「貴方は中の警備をお願いします」

ニコリと笑った笑みは、悪魔の彼にしては珍しい、慈愛というものが混じっている気がした。
雪男はそれに驚きつつも、素直に頷きアマイモンを追わず、中の警備に残った祓魔師たちと合流する。
そのメンバーは元塾生たちだった。騎士團内に現在いる他の人たちは他の任務と先程のアマイモンの方に人数を割いてしまったようだ。
勿論実力は申し分ないことは知っているが、それでもこの建物にたったこれだけの人数の警備では不安だ。
だが万年人手不足の祓魔師ではこれは仕方がないことである。

「雪ちゃん、お誕生日おめでとうございます!」

そんな事を考えていると、しえみが出会いがしらにペコリとお辞儀をしてお祝いの言葉を言い、次に出雲と勝呂、子猫丸と、雪男にささやかだがお祝いの言葉を贈ってくれた。
それにむず痒さを覚えた雪男は頬を染めて丁寧にお礼を言う。

「…あれ?」

「先生もせっかくの誕生日やのに、いきなりこないな事が起こって災難ですね」

「もう少しで雪ちゃんのお誕生日お祝いできたのに、お仕事だなんて…」

「さっさと終わってくれたらいいんだけど。アイツ、一体何しに来たのよ?」

「目的は分からんが、とりあえずは分かれて警備やな」

皆が会話をする中、雪男はもう一人足りない事に気が付いた。

「あの、志摩君は?」

「え?…あっ、ホンマや。あいついつの間に消えよった?」

全員辺りを探してみるが、志摩らしい影は見当たらなかった。勝呂の証言では確かに傍にいたらしいが、彼は忽然と姿を消してしまったのだ。

「まあ、あいつも一人前の祓魔師やしそない心配するこ「ぎゃああああ!」

悲鳴に皆が一斉に声のした方へと視線を向ける。あれは確かに志摩の声だった。
警戒しながらも慌てて向かうと、うつ伏せに倒れている志摩がいた。

「し、志摩!!どないしたんや!?」

「志摩さん!しっかりしてください」

真っ先に駆け寄る勝呂と子猫丸。医工騎士の免許も持っている雪男も志摩の傍に行くと、どこか怪我をしていないかを確認した。

「怪我は…無しですね。魔障も受けてませんし」

だが彼のダメージは深刻そうで、顔色を見ればかなり酷い状態だ。一体彼に何があったのか。するとボソボソと何かを言っているように聞こえた。ふるふると震えながら、もう一度。今度はちゃんと聞こえる声で言ってくれた。

「…おれのくちびるは、おんなのこせんようや」

なぜその言葉が出た。雪男はまた色々と突っ込みたい気分で仕方がない。というか、先程まで彼に向いていた心配や不安などの気持ちが一気に吹き飛んでしまった。

「…先生、こいつここで放置しときましょう」

「いや…とりあえずここに転がせておくのもなんだから病室に運んでおきます」

勝呂の気持ちはよく分かるが、それでも一応患者?でもある彼をここに置いておくのはしのびない。雪男は志摩に肩を貸すと、マトモに立てそうもない彼に実は重症なのかもとまた心配になってきた。

「ほんなら俺らは二組に分かれて調べてみるか」

「僕も彼を運び終えたらすぐに合流します」

「お願いしますわ」

雪男は志摩に肩を貸し、ベッドがあるだろう場所へと歩き出す。その間に勝呂たちは別の道へと分かれて行動した。

「志摩君、大丈夫ですか?」

「だ、だいじょうぶやないです…なんやフラフラしよりますわ」

「一体何があったんですか?」

「…いえません」

「は?」

「いうたらアカンのです」

志摩の言葉に雪男は首を傾げる。顔色は酷く、フラフラになりながらも志摩はこんな事になった原因を頑なに言おうとしない。ただ言うのは一言だけ。

「雪男君、ホンマおめでとう」

顔色が悪い癖に、それでも嬉しそうな笑顔で言うものだから雪男はそれ以上詮索も出来ず、ただ照れくさげに「ありがとうございます」とお礼を言う事しかできなかった。



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