#3 不戦日



「あれは俺の方が早かっただろ」

「同着だよい」

「いいや、俺だ」

「しつこい」

モビー・ディック号の食堂では4番隊がサッチがいなくても調理をするのは変わらない。サッチが隊長であるのも変わらない。副隊長はいるが、隊長に誰もなろうとしない。

「ごほっ、ごほっ」

「お、おい。大丈夫か」

「大丈夫です。チャームポイントです」

と、食事中に吐血したトキに周りに座っていた人間が慌てる。思えば、昨日の戦闘中に姿が見えなくなり、モビー・ディックに戻ってきたときには、真っ青な顔をしてふらふらとあてがわれた部屋に籠もっていた。
朝食の席に現れたが、今し方席と共に血を掌に吐き出した。

(あの能力を使うと、疲れる)

「おいおい、疲れるって程じゃないんじゃねえのか」

「そのまま死ぬなら、お前にとっていいんじゃないのかよい。ちなみにあの客人には俺もムカつくが、オヤジに逆らってまでティーチを追うなに関しては反対だ」





あの敵船の上で、船の中に入って戻ってきたトキ。もう敵を潰しきる手前だったのに、トキは・・・・・・。

『ごめんなさい、食料0、財宝は奥の部屋です。運び出してたら終わりにします。今、運び出しています』

目の温度が消えていた。ぞっ、とするものを感じた。
何をするのかも言わせずに、運び出し作業をしていない人間の時間を戻して、モビー・ディック号に戻した。財宝を運び出した人間も然り。

目を凝らして、エースが見ると、トキは人間が痛みに蠢く甲板で独り、踵を床に打ち付けた。すると、そこから波紋のように広がり、船や人が朽ちて、灰になって海に消えていく。

「化け物」

誰かが漏らした。





「どうして、能力を使ったか?」

甲板で顔色が戻らぬまま独りで紅茶を飲んでいるトキの前の席にエースは座り、疑問を投げかけた。その疑問を先程トキが反芻したのだった。

エースにも紅茶を淹れたが、一瞥しただけで飲まずに、スコーンに手を伸ばした。ぱくっ、ぱくっ、と食べる。

「じゃあ、見せしめってことで。私を怒らせたら、怖いぞーって」

「・・・・・・」

「ごめん、今なんて・・・」

「だったら、夜に泣きながら謝るんじゃねえよ」

「・・・・・・紅茶にミルクと砂糖は?」

「いらねえ」

真っ直ぐエースがトキを見つめてくる。今日はまだ挑んでいない。時折、咳をするトキに仕掛けようとは思っていないだろうが、トキも咳以上の隙を見せていない。
エースに淹れたカップに手を伸ばすと、一気に飲み干し、何処からともなく本を取り出して読み始めた。話は打ち切り、1人にしてくれというようなものである。

「あの船に何か見つけたのか」

「見つけたものは、見つけた人間が優先されるんでしょ?なら、私が決めて良かった範囲。でも、人が喜ぶものではなかったということだけは確か」

「・・・・・・なんだよ、見つけたものって」

「・・・・・・」

エースを無視をして、本に目を落としていたが集中出来ない。
真剣な目で、こちらの何かを探るようにトキを見てくる。エースは思う、火も拳も届かない相手なら、別の物を届けさせようと考えた。
命を救いたい、なら、救いたい相手の気持ちを汲むことぐらいしてくれるかもしれない。

「あの船は必死だったね。白ひげ海賊団ではなく、食傷が目当てだったから。食料がゼロなのはそういうこと。お金があったのに、食べれなくなるなんて不便だね。ああ、質問の答え?
あれには奴隷が乗っていたみたい。あ、大丈夫、食べられた訳じゃない。ちょっと、「知っている境遇」だったから。少し時間がずれて、パラドックスが異なれば私がいた場所。奴隷の死亡原因に餓死なんて珍しいことじゃないんだよ。でも、彼女はまだ生きていた。そして、願いを叶えただけ、あの船で何が起こったかなんて、もう時間の彼方。誰も知らない」

「お前も奴隷だったのか?」

「うん、ずっと昔ね。3歳の時まで。でも、あんまり覚えていない」

またガラスのような瞳で海を見る。

「そうか、聞いて悪かった」

「いいよ、別に。私は助かったんだし、この通り」

どうやって?とエースが目で尋ねる。きっとトキが言いたくなければ言わなくてもいいだろう。

「太陽みたいな人に助けられたの、「もう、大丈夫」だって笑っていた」

トキがそこで、初めて、年相応の笑顔をエースに向けた。きっと、出会いが違ったなら、何か別の関係を持てただろうと思った。白ひげが客ではなく娘として向かい入れて、こうやって笑っていたのだろう。

(もう、大丈夫だ。今日から、お前もオヤジの娘だ)

・・・・・・一瞬、エースはデジャブを感じだ。もしもの話だったのに、「どこか」で同じことがあった気がする。

「・・・・・・なあ、トキ」

「はい」

「サッチの敵を討てねえなら、あいつの魂をどうやって弔えばいい?
お前がどんな手を使っても死なせたくないと同じように、どんな手を使っても仲間を殺した報いを受けさせたい」

「はい」

「オヤジの面に泥を塗られて、仲間を脅しの材料にされて、大切な物を侮辱されたら怒るのは当たり前だろう?それを安い挑発だと流せる程、確かに俺は強くねえよ」

「・・・・・・はい」

トキは帽子を手に取り、目深に被った。
エースの声は穏やかだった。デジャブのせいか、ゆっくりと諭すように言葉を連ねる。

「だが仲間が侮辱された時に、相手の面を殴るのは弱さか?」

「いいえ、違います。違う、エース。違う」

勢いよく立ち上がり、椅子を倒したトキの頬には涙が伝っていた。

「それは優しさで、強さとも弱さとも違う」

「泣くなよ、トキ。お前を怒っているが、なんか知らねえけど、泣かれると困る」

・・・・・・そして、トキは船から姿を消した。


(あ、エース。またトキを泣かしてる!)
(うわああああんっ)
(悪かったって!高い高いが高すぎた!)



「まるで、おとぎ話だな」

「は?」

「力では開かない扉を言葉で開けさせるような、おとぎ話だなって言ったんだよい」






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