私と腹黒王子の買い物―前編―
「ほら、起きてアリス!買い物行くよー!!」
「ん..ぅ...」
今日は日曜日。
世間一般では学校がお休みの日だ。
そんな日は、私は必ずお昼まで睡眠を取る。
何故なら、平日は学校があるから。
実際に学校には行っていないが、管理人さんへのアリバイの為に毎朝通学時間帯には家を出る。
その為、夜中に仕事をすることの多い私は十分な睡眠が土日しか取れないのだ。
そんな幸せな一時。
それを邪魔する男がいた。
「もう、起きてってば!」
「うーん...もう少し寝かせてぇ...」
「意外と寝起き悪いのかなぁ。・・・・えいっ!」
バサッ!!
「ひぃやああっ??!!!」
微睡んでいた意識が一気に覚醒した。
私を暖かく包み込んでくれていた布団は彼の手によって引き剥がされ、一気に寒さが襲う。
キッと布団を引き剥がした張本人を睨み上げれば、彼も不機嫌な顔で私を見下ろした。
「いつまで寝てるつもり?」
「今何時よ。」
「8時。」
「・・・おやすみ。」
「させないよ??!!!」
起こしていた身体をベッドに沈めようとして、しかしそれは彼の手によって阻まれた。
腕を掴まれ無理やり起こされる。
「~~~~~っ!!なん、なのよ!?
私は土日はお昼まで寝るって決めてるの!!!
ゆっくり寝られる唯一の幸せな時間なの!!!
それをっ、こーーーんな朝早くに叩き起こすなんてどういう了見だ!!」
ビシッと彼を指差しながら言う。
そんな私に彼は腕を組み、眉間にシワを寄せた。
「さっきから言ってるでしょ。買い物だよ、買 い 物 !」
「買い物ぉ?」
彼の言葉に訝しげに首を傾げる。
「なんの買い物よ。先週、食品と日用品は買い込んだから必要ないわよ。」
「アリスの買い物じゃなくて、俺の!家吹っ飛んで服もないしパソコンも買いたいし。それに家具も買わなきゃでしょ?」
「・・・・・」
ベッドにPCデスクと椅子でしょー、それからぁ...と指折り数えていくシャルに、だんだんと拳が震えていくのが分かる。
私は手元にあった枕を引っ掴むと、思いっきり彼の顔面に投げ付けた。
「家具探す時間あるなら不動産に行けぇぇええええっ!!!!」
ーーーー・・・
「美味しい?」
「・・・・・おいしい。」
はむっと口に含んだ瞬間に広がる、とろけるような甘み。
フォークを口にくわえ、緩みそうになる頬を必死に引き結びながら私はポツリと感想を述べた。
あの後――、
渋々と起きて着替えを済ませた私を待っていたのは食欲をそそる甘い香り。
不思議に思い台所を覗けば、シャルが何かを作っていた。
「おはよ。もうすぐ出来るから、座ってていいよ。」
ニッコリと爽やかな笑顔でそう言うシャル。
何我が物顔で台所と食材を使っているんだ、とツッコみたかったが部屋中に広がる甘い香りに私のお腹が、ぐぅー..と何とも情けない音を立ててしまった為、大人しく待つことに。
「はい、お待たせ。」
「おぉぉぉ...!」
目の前に出された朝ごはんに思わず目を輝かせる。
お皿に乗っているのはカラメル色に焼けたフレンチトースト。
キラキラと輝くフレンチトーストに魅入っていると、目の前からクスクスと笑い声が聞こえてきた。
「気に入ってくれたみたいで嬉しいよ。」
その声にハッと顔を上げ、慌てて緩んだ頬を引き締める。
「なに家主の許可なく勝手に台所使ってんのよ。」
「一応言ったよ?台所使うねーって。」
「は?いつ。」
「アリスが寝てる時。」
「起きてるときに言えぇぇえッ!」
「はは、ごめんごめん。でも美味しそうでしょ、これ。早く食べないと冷めるよ?」
「ぅぐ...」
私はシャルからフレンチトーストに目を移す。
そこには「はやく私を食べて!」と言わんばかりに輝くフレンチトーストが。
誘惑に負けた私は、フォークとナイフで一口サイズに切りパクリと食べた。
そして、上の会話に戻る。
「シャルは料理が得意なの?」
残りのフレンチトーストをパクパクと食べながら、ふと疑問に思ったことを口にする。
これだけ美味しいものが作れるのだ、きっと得意なのだろう。
「うーん...普通じゃないかな?あんまり自炊とかしないし。」
「ウソ。こんなに美味しいフレンチトースト、お店でしか食べたことないわ。絶対に研究に研究を重ねて作り上げた味よ!」
ビシッと(行儀悪く)フォークでシャルを指すと、彼は困ったように苦笑した。
「うーん、でも俺甘いもの苦手だから。
それもレシピ見て作ったし、レシピが良かったんだよ、きっと!」
ね!と話を完結させたシャル。
そんな彼に、そういえば...と彼の手元を見る。
そこにフレンチトーストはなく、あるのはブラックコーヒーのみ。
「・・・朝ごはん、それだけ?」
コーヒーだけでは流石にお腹がすくのではないだろうか。
そう思って聞いてみたら彼はニッコリと笑い、
「アリスが寝てる間にトースト食べたよ。」
と言った。
そんな彼に私は、
「そうなの?どうせなら一緒に食べれば良かったのに。」
そう、自然と口から出ていたのだ。
当たり前のようにそう言った私に彼は目をぱちくりさせる。
「ぇ・・・あ、良かったの?」
「は?なにが?」
「いや、だから一緒に朝ごはん食べて。」
「ご飯って一緒に食べるものじゃないの?」
何言ってんの?という目でシャルを見れば、彼はただただ驚いた顔をして、
「あ、いや・・・俺、歓迎されてないと思ってたから一緒に食べるの遠慮したんだけど...」
戸惑ったようにそう言った彼の言葉の意味を理解した瞬間、私は顔を真っ赤に染めた。
(ちょ、私、今シャルになんて言った?!)
――どうせならご飯一緒に食べれば良かったのに。
――ご飯って一緒に食べるものじゃないの?
(これじゃあまるで、一緒に住むことを受け入れてるみたいじゃない!)
「か、勘違いしないでよね!?別にアナタを受け入れたわけじゃないわ!私、お客様はもてなすタイプなの!ただそれだけなんだから!!」
頭の片隅で『いや、珈琲淹れるぐらいしかもてなしてないやないかーい』なんてツッコミが聞こえたけど無視だ。
むしろこんな豪華な朝食を作ってもらった私の方がもてなされてる?
気のせいだ!
「そっか...残念だなぁ。
一緒に住まわせてくれるなら、毎日3食美味しいものを作ってあげようと思ってたのに。」
「毎日、3食....だと?」
「魅力的じゃない?」
「ぅぐ...っ、」
負けるな私。
こんなチンケな誘惑に負けるな、、、!!
毎日3食美味しいもの(甘いものも含む)を食べられるくらいで生活の安寧を捨てるのか?!
そんなことで、、、
そんなことで、、っ
「・・・・許可する。」
私の馬鹿野郎ぉぉおおおおっ!!!!
こうして、合意のもとシャルは私の家に住むことになった。
・・・ーーーー
「へぇ、こんなとこあったんだ。」
「こんなとこあったんだ、って...この街一番のショッピングモールよ?」
知らない方が珍しいわ。と呆れ気味に言うと、
「だってここ庶民向けでしょ?今回の狙いは上流階級だったからこんなとこ来ないよ。」
しれっとサラッと嫌味で返してきやがりました。
イラッとしたので帰ろうと踵を返したらガッチリと襟を掴まれましたがね。
ぐぇって蛙が踏まれたみたいな声出しちゃって少し恥ずかしくて照れ隠しに、ギッとシャルを睨んだら口元抑えて爆笑してやがりましたよコイツ。
とりあえず、思いっきり足を踏んでおきました。
「まずはどこから?」
「うーん、とりあえず家具かな。買って全部郵送しちゃうよ。」
「分かった。」
「あの部屋、本当に使っていいの?」
「は?今更ね。ダメって言っても居座るくせに。」
「まぁ、そうなんだけど。一部屋もらうのも何だか申し訳ないし...
アリスと一緒の部屋でもいいんだよ?」
「そっちの方が問題だって事に気付こうな?!」
はぁ、と溜め息を吐いてインテリアコーナーに向かう。
あのマンションは世帯用だから部屋はいくつかある。
その中の一つだけ使ってない部屋(来客用の部屋は別にある)、そこをシャルにあてたのだけど...
「えー、せっかく色々と楽しめると思ったのに。部屋が別とかつまんなーい。」
ずっとこの調子で文句を言っているのだ。
でも、何が何でも同じ部屋だけは阻止!!
体は14歳でも中身は24歳なの!
向こうは気にしなくても私はたまったもんじゃない。
「はいはい、もう聞き飽きたわ。じゃ、ここだから。買い物終わったら連絡頂戴。」
「え、一緒に見ないの?」
「なんで一緒に見なきゃいけないの?私は私の買い物をするからまた後でね。」
「何買うの?」
「・・・・ひみつ。」
「下着?」
「死ね!」
* *
疲れた。
とにかく疲れた。
朝起きてご飯食べてショッピングモールに来ただけなのに、途轍もなく疲れた。
(これが毎日とかたまったもんじゃないわよ。)
はぁ、と容姿に似合わない溜め息をこぼす。
辿り着いたのはリフォームコーナー。
「あ、すみません。」
「はい、なんでしょうか。」
「絶対に本人しか開けられない鍵が欲しいんですけど、ありますか?」
・
・
・
・
(業者さんにはすぐに取り付けてもらうように言ったし今日帰るまでには付いてるかなぁ。)
そう、私がシャルと別れて買いに行ったのは部屋用の鍵。
今朝みたいに勝手に入って来られたらたまったもんじゃない。
(家の鍵はポストに入れといてくださいって言ったし、もし今後悪用されることがあってもサクッと殺っちゃえば問題なし。)
ーーまぁ、悪用とかないと思うけど。
もちろん見た目14歳の子供が絶対に開かない鍵欲しがるとか何故?って店員さんに疑われた。
でもそこは「親に頼まれて...」って言葉と共に札束ドンで解決よね。
おそらくマフィアか何かに属してる人の子供って思われたから、ちゃんと誠意を持って仕事をしてくれることだろう。
ひと仕事を終え、ふぅ、と溜め息を吐く。
ふと時計を見るといつの間にかお昼になっていた。
ーーあれ、なんか忘れてる?
鍵選びに夢中になってたけど、何か忘れてる気がする。
なんだろう...そもそもなんで鍵とか選んでたんだっけ?とそこまで考えて、ハッとした。
慌ててポケットから携帯を取り出す。
「うげっ!」
そこにはズラーーーっと1分おきに並んだ不在着信履歴。
そしてメールが100件。
「こわっ?!え、なにメール100件って!!!」
とりあえず開いてみる。
〈買い物終わったよー。今どこ?〉
〈買い物中かな。とりあえず、一階の広場にいるね。〉
〈ねぇ、なんでメールの返信も折り返しの電話もないの?携帯を携帯してないの?〉
〈ねぇ、まだ?〉
〈バカなの?〉
〈返事くらいしろよ。〉
〈ウンコか?〉
〈今どこ?〉
〈今どこ。〉
〈今どこ〉
〈今どこ〉
〈今どこ〉
〈今どこ〉
〈今どこ〉
〈今どこ〉
〈今どこ〉
〈今どこ〉
〈今どこ〉
〈今どこ〉
〈今どこ〉
〈今どこ〉
〈今どこ〉
〈今どこ〉
〈今どこ〉
・
・
・
ーーーバッ!!
「何これ怖すぎっ!!!!」
慌ててメール画面を閉じる。
とにかく折り返しを...ともう一度画面を開いたと同時、館内放送が流れた。
ひくっ...と嫌な予感に頬が引き攣った。
《迷子のお知らせです。白いワンピースに若草色のカーディガンを羽織った14歳くらいのピンク色の髪のアリスちゃん。お連れ様が2階迷子センターでお待ちです。繰り返します...》
「~~~~~~~~~っ!!!!!」
チラチラと寄越してくる客の視線から逃れるように、私はその場から駆け出した。
(14歳(実年齢24歳)の迷子って、、、っ、なんなのよっ!!くっそぉぉぉおおおうっっ!!!)
彼の底知れぬ腹黒さを
垣間見る
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