私と腹黒王子の同居



 「ゾルディック」


誇らしげにその家名を口にした私に、シャルは小さく目を見開いた。
そして、納得したように一つ頷きため息を吐く。

「キミを本気で殺さなくて良かったよ。」

意外にも本気でそう思っているのか、目の前の彼は机に伏せて脱力している。

「まぁ、確かに私を殺してたら確実に命は無かったわね。」
「あれでしょ、ゾルディックって・・・ほら、アイツ。イルミって奴いるでしょ。」
「あら、イルミを知っているの?」
「団ちょ・・・俺の仲間が顔見知りだよ。」

何かを言いかけ、咄嗟に言葉を変えたシャル。

(団長・・・かしら?彼にとってのリーダー的存在かしらね。
ということは、シャルは何かしらの組織に入ってるってことか。)

マフィアンコミュニティーを追うくらいだ、表の世界の人間ではないだろう。

(まぁ、私や私の家族に害がないならどうでもいいわね。)

特にシャルの言葉を気にすることなく、へぇ、とだけ返事をしておく。
チラッと時計を見ると、もうすぐ7時を指そうとしていた。
曇っていて気付かなかったが窓の外が僅かに明るい。

「朝ね。・・・情報交換は十分に出来たわ。
ま、マフィアンコミュニティーは今後もあなたを追うだろうし、せいぜい殺されないことね。」

肩を竦めて立ち上がる。

「さて、私も暇ではないの。珈琲を飲んだなら帰ってくれるかしら?」

そう言って視線で扉へと促す。
シャルは目をパチパチさせた後、ため息を吐きながら立ち上がった。

「なぁーんか、冷たくない?俺の家、木っ端微塵になったから帰るとこなんてないんだけど?」

薄情者だぁ、という目で見てくる彼に私は片眉を上げる。

「組織に属してるならアジトに帰ればいいだけでしょ。
それに、シャルならどこでも泊まるとこ探せるんじゃないの?」

最後の言葉は皮肉を込めて。
それに気付かない彼ではないが、そこにダメージを受ける彼でもない。

「まぁ確かに女ならいくらでも釣れるけど。うーん、後が面倒なんだよなぁ。
その点キミなら利害関係の一致ってことで後腐れなくてラクなんだけど...」

「ちょっと待て。」

コイツ今なんて言った?

利 害 関 係 の 一 致・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ だぁ?」

思わずヤンキーみたいな喋り方になってしまう。
だが、それも仕方ないことだと許してほしい。
それぐらい、私は今目の前のコイツが発した言葉を理解出来なかった。

「そ、利害関係の一致。」
「~~~~~~っ、どこにっ!!私のっ!!『利』があんのよっ?!『害』しかないでしょうどう考えてもっ!!!」

勢い良くツッコんだ私に彼はニヤリと笑う。

「キミに依頼するよ。『アリスプロジェクトの真相を突き止めるまで、俺の護衛をしてほしい。』」

「無理。拒否。却下。残念でしたさぁお帰りください。」

そう言って玄関へと続く扉を開ける。
一気に不満そうになった彼に私は溜め息を吐いた。

「私は『殺し屋』。護衛はそれ専門のハンターにでも頼みなさいよ。
それにアンタ護衛の必要ないくらい強いでしょ。ったく、そんな見え透いた嘘までついて何が目的なのよ・・・。」

「いや、宿探し面倒臭くて。」
「帰れっ!今すぐ帰れぇぇえ!」

ビッ!と玄関を指差せば、彼は諦めたように肩を竦め出て行った。
騒がしかった部屋に静寂が訪れる。

「はぁぁ...疲れた。」

ばふっとソファへとダイブ。

(まさかこんな事になるなんてね。生まれて初めてだわ...)

依頼相手が私ごとターゲットを殺そうとしたこともそうだし、そのターゲットと部屋でお茶したこともそうだし。

「・・・着替えよ。」

ポンッと小さな音と煙をたてて、私は元の身体――14歳の少女――に戻った。

寝室でラフなワンピースに着替え、朝ごはんの準備をしようとキッチンへ向かう。
その時玄関から微かな話し声が聞こえ、思わず足を止めた。

――ものすごく、嫌な予感がする。

そしてこんな時の『嫌な予感』というものは9割方当たるもので・・・

(・・・私、玄関の鍵、閉めたっけ?)

唐突に頭を掠めた疑問は避けようのないフラグとなり、そしてそれはすぐに回収される事となる。


――ガチャッ


「アリス、マンションの管理人さんが呼んでるよ。」


まるで自分の家かのように玄関を開け、私を呼ぶ爽やかな笑顔が似合う男。
もちろん、イルミではない。私の兄はあんなに爽やかに笑わない、むしろ笑わない。

笑顔?何それ食べ物?

・・・ダメだ本気で言い兼ねない。

さて。イルミでないとしたら誰か。
何故目の前の男はマンションの管理人さん――初老のほえほえした感じの可愛らしいお婆さん――と仲良く喋っているのか。
何故その管理人さんは目の前の男を警戒することなく、むしろ私を祝福するかのような目で今のこの状況を見ているのか。


何 故 、 管 理 人 さ ん の 口 か ら お 兄 さ ん・ ・ ・ ・ ・ と 言 う 単 語 が 聞 こ え る の か !


・・・うふふ。きっと名前が分からないから『お兄さん』と呼んでいるのよね?
その単語に深い意味なんてな――

「アリスちゃん、良かったわねぇ!これからお兄さんが一緒に住んでくれるって!さっき偶然会ってお話したのよ。お婆さん、とても安心したわぁ。」

「管理人さんちょっとコイツ借りまっす♪」

語尾にハートがつく勢いで笑顔を作る。えぇ、もちろん引き攣ってますがね?!
ガシッと彼――シャルナーク――の腕を掴んで速攻で玄関から離れる。

「どぉっ、いうことっ??!!」

怒鳴りそうになった声を慌てて小さくする。
声に出せない分、掴んでる腕にギリギリと恨みを込めることも忘れずに。

(・・・結構な力を入れているのに顔色一つ変えないんだけどなっ、この男はっ!!)

「ん?いや、さっき玄関出たところで管理人のお婆さんに会ってさ。
『アリスちゃんのお兄さん?』って聞かれたから、『はい、そうです。』って答えただけだよ。」

「だけだよ、じゃねぇーーよっ!!!
何してくれてるの!?アンタ兄でもなんでもないただの他人、いやむしろ不審者じゃないっ!!!!」

「酷いなぁ、さっきまで仲良くモーニング珈琲してたのに。」

何だモーニング珈琲って!私は紅茶だ、モーニングティーだ、ティー!・・・いや、そうじゃなくて!

「管理人さんが言ってた『一緒に住んでくれる』ってどういうことよ?!どうしてそういう事になってるの!」

そう、問題は『そこ』だ。
この際シャルが兄と間違えられていても良しとしよう。
ただ、何故、『一緒に住む』ことになっているのか!

「今朝のニュースを見てアリスが心配になったんだって。
親が海外にいるから仕方ないけど小さい女の子の一人暮らしはやっぱり心配だからって、あのお婆さんずっとアリスを気に掛けてくれてたんでしょ?」
「・・・・・」

シャルの言葉に反論は出来なかった。その通りだったから。
管理人さんに家業のことは話していない。
このマンションにはあくまでただの普通の家庭の女の子アリスとして暮らしていた。
両親が海外勤務になったけど、学校の為に自分一人だけ日本に残ったという設定である。

「もし今朝みたいなテロがこのマンションで起こった時、アリスちゃんを守ってくれる人がいないって言ってたからさ。
『俺、日本の支社を任されたんでもうずっと日本にいますよ。もちろんアリスと一緒に住むつもりです。』って言っておいたんだ!」

いいことしたでしょ?と言わんばかりに胸を張る目の前の彼に、私は思わずその腹部に拳を叩き込んだ。
もちろん彼はしっかりと『堅』でガード。
ピクリとも動かなかった彼に思いっきり舌打ちをして、私は玄関にいる管理人さんの元へと向かった。
もちろん誤解を解くためである。

「あの、管理人さん。実はですね...」

私がおずおずと話し掛けると、管理人さんは嬉しそうに微笑み私の手を取った。

「本当に良かったわね、ご家族と一緒に住めるようになって。ずっと一人で寂しかったでしょう?
それにしても優しくて素敵なお兄さんねぇ。お婆さん安心しちゃったわ。」

「うぐっ・・!」

裏のない、心からの言葉。
それはこんなにも心を抉るものだっただろうか?
痛い。ものすごく心が痛い。

(管理人さん、本当は私、子供じゃないんです。24歳・・・なんです。
もう結婚していてもおかしくないし、子供がいてもおかしくない歳なんです私。子供からしたらもうババァなんです私・・・っ)

グサリグサリと自分の心臓に刃を突き立てて行く。
こうでもしないと目の前のこの後光が見える管理人さんを直視出来そうもなかった。
しかし私の心臓を抉る刃は再び管理人さんから放たれる。

「今朝のニュースでね、この街の近くでテロがあったって。しかもマンションを狙ったみたいなのよ。
もしこのマンションが狙われたらって思ったらね、誰もアリスちゃんを守ってくれる人がいないでしょう?
だからもう心配で心配で様子を見に来ちゃったの。でも来てよかったわ。お兄さんと一緒なら安心だものね。」

にっこりと笑った管理人さんの言葉は見事にクリーンヒット。
思わずよろめき壁に手をついてしまった。

『実は私、その爆破されたマンションの部屋にいて先程見事に脱出して戻ってきたんです♪』

・・・・なんて言えるわけないじゃないぃぃいいっ!!!

そうよだって私普通の女の子として話が通ってるんだもの。
暗殺家業やってるので誰よりも安全です、なんて言えるわけない。

「そ、そんなことがあったんですね・・・」

震える声音で、この一言を言うのが精一杯だった。
だけどその震えた声音は管理人さんに更なる誤解を与えてしまったわけで。

「怖いわよね・・・震えるのも分かるわ。」

いいえ違いますそうじゃないんですっ。

「お婆さん、今までアリスを気にかけてくれてありがとうございます。これからは俺がしっかり守りますから安心して下さい。」

おいこら顔が笑ってんぞ肩震えてるの気付いてるからな?

「えぇ、よろしくお願いします。また夕ご飯とか差し入れ持ってくるからね、アリスちゃん。」


がっくり。


パタンと閉まった玄関と同時に私はその場に膝と手をついた。

――差し入れ持ってくるとかっ、誤魔化せないじゃないっ!!!

正直私はこのあとシャルを追い出そうとしていた。
管理人さんは確かに今まで差し入れとかを持ってきてくれていたけれど、それは私が一人だったからであって。
兄と住むと決まった今、管理人さんは私に無鑑賞になると思っていたのだ。
だからこそ、それならそれで今後時間の縛りなく仕事がしやすくなっていいか、と今の状況を利用しようかと考えていたのに・・・

いたのにっ!!


『また夕ご飯とか差し入れ持ってくるからね、アリスちゃん。』


完全に退路は絶たれた。


「これからよろしくね、アリス。」


ポンッと肩に置かれた手をへし折ってやりたいと思った私はきっと悪くない。











『俺、子供は対象外だから安心してね!』


だって?

・・・・はっはー!




    


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