私と腹黒王子の和解



「・・・どうぞ。」
「おじゃましまーす。へぇ、結構広い部屋に住んでるんだね。」

ほぼ強制的に自宅まで案内させられた私は、しぶしぶ彼を部屋の中へと入れた。

「適当に座っ・・・ってそうですよねもう座ってますよねちくしょうっ!」

ちゃっかりとテレビ前のソファに腰を下ろしている彼に私は思いっきり溜息を吐く。
とりあえず着物では動きにくい。着替えようと寝室へと向かおうとして、私はソファに座っている彼が起こした行動にピシリと固まった。

「な、な・・・っ?!」

彼の行動を説明する前に言っておこう。
彼は初対面(しかもターゲット)、そしてこの家において歓迎すらされていない部外者だ。
お客様ならまぁ百歩譲って有りだとしよう。いや、それでも初対面ではなしだろ。

コイツ、あろう事か家主に何の許可もなくテレビつけやがった!!!!!

私が驚きのあまり口をパクパクさせていると、彼は特に気にした様子もなく我が物顔でリモコンをテーブルに置き、私に話し掛けてきた。

「やっぱりニュースになってるね。うわっ、俺の部屋付近も見事に木っ端微塵じゃん、これ。死者とか出てるんじゃない?」

人の家に勝手に押しかけてきた癖にこの態度。
私の中の何かがプツンと切れた。
ツカツカと彼の後ろへと行き、思いっきり頭をガツンと殴る。
僅かに拳に込めた念も、彼の“堅”により全く意味をなさないどころか私の拳がダメージを受けたちくしょうめっ!

「いって、いきなり殴るなんて酷いなぁ。」

全く痛そうじゃない声音でそう言い私を振り返るシャーロック。
ジーーーンッと痛む拳に蹲りそうになるが、引き攣った笑みを浮かべながらなんとか耐えた。
痛すぎて言葉を発することの出来ない私に気付いていながら、どうしたの?と笑顔で聞いてくるコイツは間違いなく悪魔だ。

「どうしたもこうしたも...っ、少し非常識過ぎじゃなくて?ここはアナタの家ではないのよ。
それともお金持ちのお坊っちゃまくんはそんな常識さえも教えてもらわなかったのかしら?」

ピキピキと青筋を立てながらも何とか笑顔で接する。
そんな私に彼は首を傾げ、更なる爆弾を投下した。

「あれ?もしかして本気で俺がお金持ちのお坊っちゃんだと思ってるの?
キミ、殺し屋でしょ?そんな偽の情報に踊らされるなんてよく今まで生きてたね。」


――ザシュッ!


「わっ、あぶね!」
「もーーーうっ、我慢の限界だ!!!叩き斬ってやるぅっ!」

私は具現化した和傘の仕込み刀を引き抜き、彼に斬り掛かった。
もちろん簡単に斬られてはくれない。
素早くソファから飛び退き私と距離を取るシャーロック。
部屋にある家具が傷付かないように刀を振り回す私に、彼は咄嗟にソファの上に置いてあったクッションを投げ付けた。
刀を持っていない手でそれを叩き落とすと同時、私は目の前に迫って来ていた彼に腕を捕まれ床に押し倒される。

「―――っ、」

背中に走った痛みに息が詰まる。
すぐに起き上がろうとして、しかし抑えつける手にグッと力を込めた彼にそれは叶わなかった。

「はいはい、一旦落ち着いて。俺達に今必要なのは戦闘じゃなくて話し合いでしょ。」
「な――っにを、いけしゃあしゃあと!怒らせたのはそっちでしょ?!」
「あー、まぁそうだね?ごめん、悪かったよ。」
「・・・ふーん、なるほど?そうやって怒らせた令嬢を宥めてたんだ。」

サラッと謝った彼をジト目で見る。
なるほど、何となく彼の性格が分かってきた。
コイツは殆どの事を顔で許されてきたタイプだ。そして自分の持つ武器を一番分かってるタチの悪いヤツ。

「ね、キミの依頼主ってもしかしてどっかの令嬢?」
「依頼主の情報を教えるわけ無いでしょ。」
「でも契約違反って言ってたよね?てか、あれ間違いなくキミごと殺そうとしてたよ。結局俺のこと殺してないしもう関係ないんじゃない?」
「・・・・」

えぇ、そうですねごもっともです。
あの依頼主である令嬢の父親はマフィアンコミュニティに属している。
だが、だからと言って娘の我儘であそこまではしないだろう。
娘の依頼は言わばカモフラージュ。
ならば考えられるのは、シャーロックを必ず抹殺しなければならなかった何か・・があったということ。

「ねぇ、シャーロック。あなたマフィアンコミュニティに何か喧嘩でも売った?」

考えても答えは出ないので直球に聞いてみる。
するとシャーロックは驚いたように目をぱちくりさせ、じーっと私を見た。

え、私何か変なこと言った?

訝しげに首を傾げていると、シャーロックはあぁ、と納得したように一人頷く。

「そっか、社交界ではシャーロックって名前で通ってるんだよね。
それ、偽名ね。本名はシャルナーク。シャルでいいよ。」

笑顔でよろしく!と(まだ私を組み敷いたまま)言う彼に、今度は私が目をぱちくりさせた。

「・・・・は?え...偽名、って・・・アンタ、ルナイザー家の三男じゃないの?!」
「うん、身分偽装してるよ。ルナイザー家は俺が勝手に作り出した家だし。子爵にしてるから情報なくても不思議じゃないしね。」
「確かにお坊っちゃんらしくない戦闘能力の高さだとは思ってたけど...じゃあ、アンタ一体何者よ?」

一気に警戒が増す。
あれだけ簡単に人を殺せるのだ。
貴族でないなら同職か、それとも犯罪者か...

そんな私に彼は笑みを深める。
しかしその答えを口にすることはなかった。

「キミはなんて名前なの?今は大人の姿だけど、さっきの子供でしょ?」
「・・・どうして同一人物だと?」
「分かるよ、面影あるし。それに依頼主云々の話の時になんの疑問も持たずに答えてたでしょ?
違う人なら、私には分からないっていう言葉が出てくるだろうし。」
「・・・・・」
「はは、迂闊だったねぇ。」

にっこりと笑う彼が余りに憎らしかったので腹に一発入れてやった。
うっと呻き声を上げて力を緩めた隙に彼の下から抜け出す。

「今のは、っ、痛かったなぁー?」

ひくひくとお腹を押さえながら引き攣った笑みを浮かべる彼に、ざまあみろと舌を出すと、仕込み刀を消しキッチンへと向かった。

「珈琲でいい?」
「・・・淹れてくれるの?」
「・・・・・。確かに、私達に今必要なのは戦闘ではなく話し合いみたいだからね。お茶くらい出すわ。」
「そっか、ありがとう。珈琲ブラックで。」
「了解。」

イルミが来た時だけ淹れる珈琲。
インスタントだと嫌がるから、少し手間が掛かるがネルドリップ。
自分用にはアップルティーを淹れた。
珈琲の良い香りが部屋に広がる。

「へぇ、ネルドリップで淹れるんだ。凝ってるね。珈琲好きなの?」
「私は飲めないわよ。兄が好きなの。」
「ふーん。俺も珈琲好きだよ。」
「でしょうね。ブラックで飲むならそうだと思った。」

カウンターキッチンの向かい側から興味深そうに珈琲を淹れるのを眺めるシャルナーク。
そんなに珍しいか。珈琲好きなら自分で淹れてそうなものだけどな。

「・・・そこの椅子に座ってていいわよ。持っていくから。」
「ん、分かった。」

私がそう言えば、彼は素直にキッチンから離れ椅子に座った。
チラッと時計を見て3分経ったことを確認する。
紅茶の茶葉を抜けば、アップルティーの出来上がり。
珈琲もしっかり落ちきったようだ。
お茶請けのクッキーと飲み物をトレーに乗せてテーブルへと運ぶ。

「わっ、やっぱり香りいいね!」
「そ、ありがとう。」

カップを持ち上げ香りを楽しむ彼にチラッと視線を向け、しかしすぐに逸らすと私は自分のカップに角砂糖を3つ放り込んだ。
そんな私に彼がギョッとする。

「え、もしかしてキミかなり甘党?」
「・・・・そうかも。」

甘党、というよりは苦いのが苦手なのだ。
味覚も14歳で止まったままだから実はジュースとかしか飲めなかったりする。
アップルティーとかのフレーバーティーは砂糖を淹れたらまだ飲めるから、今後少しずつでも飲めるようになる為に飲んでいる。

「名前、アリスよ。」
「え?」
「私の名前。さっき聞いたでしょ?」
「あ、うん。アリス、ね。改めてよろしく!」
「よろしくするつもりはないけど。」
「まぁまぁ、そう言わず!きっとこれも何かの縁だしさ!ね?」

ニコニコと笑って、ほら、よろしく!と言う彼に訝しく思うも、よろしく...としぶしぶ返す。
彼はそんな私に満足気に頷いた。

「本題に入ろうか。俺は確かにマフィアンコミュニティに狙われている。
その理由は、彼等が水面下で進めている【アリスプロジェクト】の機密書類を盗み出したから。」
「アリスプロジェクト?」


“アリス”


その名前に少しドキリとしてしまう。
私に掛けられた念にも“アリス”という名前が使われているから。

「アリスコンプレックス、とかアリス症候群って言葉は知ってる?」
「えぇ、もちろん。アリスコンプレックスは、小学校低学年から高学年の少女を好む趣味のこと。ていうか、性癖よね。」
「そう、俺には理解出来ないけどね。で、アリス症候群ってのは、知覚された外界のものの大きさや自分の体の大きさが通常とは異なって感じられることを主症状とし、様々な主観的なイメージの変容を引き起こす症候群のことね。」
「by、Wikipedia。」
「そこ暴露しなくていいから。」

正直に言ったらチョップされた。

「【アリスプロジェクト】っていうのは、そういう人を意図的に作り出す計画のこと。まぁ、要は人体実験だよね。」

なんて趣味の悪い...と顔を歪める。
だが、マフィアンコミュニティならやりそうなこと。

「そのプロジェクトの研究資料でも盗み出したの?」
「いや、俺が盗んだのは計画書類。これが世間に公表されたら、国はそれに関わった人達を一掃せざるを得ないだろうね。」
「でもマフィアンコミュニティが動いているということは国が黙認してる部分もあるのでしょう?」
「まぁね。だから早々に俺を殺す必要があるんだよ。」
「あぁ...なるほどね。」

だからあの規模の爆破が行われたのか。
国が関わっているならいくらでも事実を捏造出来るものね。
おそらくは『他国からのテロ、犯人は不明』とでも報道するのだろう。
国民に不安は広がるだろうが、しばらく何も起こらなければ次第にその不安も消え去る。
世の中とはそういうものだ。

「で?どうしてシャルナークはそんなものを盗んだの?」
「シャルでいいよ。」
「誤魔化さないで・・・」
「シャル。」
「・・・・・」
「シャ・ル。」
「~~~~~~っ、どうして盗んだのシャル!」

私がシャルと呼ぶと彼は満面の笑みを浮かべて頷いた。
何だコイツは親しくない子に無理矢理愛称呼ばせて仲良く見せたがる子供かっ!?

「俺の故郷の人達が何人か拉致られてるんだよね。
ターゲットは主に成人男性と小学生未満の子供。生まれたばかりの赤ちゃんもいる。」
「!・・・それって、」

人体実験するための?という言葉を飲み込む。
いや、飲み込むというより言葉に出来なかった。

少し考えたら分かること。
この計画には人体実験は必須。
だけど・・・実際に拉致られている人がいるという事実を聞くと、想像は一気に現実味を帯びた。

そんな私に彼は頷くことで肯定する。

「拉致したのがマフィアンコミュニティってことは何となく分かってたからさ。
だから何のために拉致しているのかを調べる為にちょちょいーっと社交界に潜り込んで情報収集をしてたってわけ。」
なるほど。だから色んな令嬢をはべらかしてたのね。

そう言えば、シャルは唇を尖らせて「好きでやってたわけじゃないよ」と言った。
その顔が少し子供っぽくて思わず笑ってしまう。

「で、盗んだ機密書類のあった家が今回の依頼主の家だったわけね。」
「おそらくね。結構束縛の激しい令嬢だったから、父親辺りが俺に他に女がいるとでも言って殺し屋に依頼させたんじゃない?」
「あー、その推測でまず間違いないでしょうね。依頼内容が『浮気した彼をボロ雑巾のようにして殺して』だったもの。相当お怒りだったみたいよ?」

肩を竦めてそう言えば、彼は露骨に嫌そうな顔になり「誰がいつ恋人になったよ」と悪態をついた。

「アナタみたいな王子様顔に言い寄られたら女は勘違いするわよ。令嬢なら特に選ばれたお姫様気分だったでしょうね。」

付き合いましょう、とか、好きって言葉がなくても当たり前のように『選ばれた』と思うでしょうよ。
お姫様を夢見るご令嬢様なら特に。

「一回抱いただけなのに。」
「最低だなアンタ。」

何となくそんな気はしてたけど、実際本人の口から聞くとどうしようもないクズだ。
思わずジト目になってしまう。

「仕事だもん。」
「良い言い訳をお持ちですこと。」

はぁ...と溜息を吐き、彼から視線を外す。
別に悪いことじゃない。場合によっては必要なことだ。
イルミも必要ならばそうしているだろう。

「キミだって仕事上必要な時あるでしょ?」
「私の本来の姿は14歳の子供よ。そういう対象にはならないわ。」
「あ、子供の方が本体なんだ。でもそういう趣向の持ち主だっているんじゃない?」
「いないこともないけど、そういう人達は夢の国・・・に行ってもらうから。」

ふふっと無邪気に笑う。
その言葉である程度を察したのだろう。
シャルは納得したように頷くと、爆弾を投下した。

「じゃあアリス、処女なんだ。」

その言葉にピシッと固まる。
ほぼ、条件反射だったと思う。
気付いたら私は具現化した和傘で思いっきり彼の顔面を殴っていた。

「いっ・・・たぁ~~~~~っ!」

顔面を抑えて机に突っ伏すシャルに、私はハッとして慌てて和傘を仕舞う。

「ごめん、つい反射で。でも、流石にその言葉はデリカシーがないわ。」
「っ、、ててて。攻撃するときはお願いだから殺気出して。そしたら避けるから。」
「無理よ。頭で考えるより体が無意識に動いちゃったんだもの。」
「・・・そうだよね。ごめん、俺が悪かった。」
「言葉には気をつけるべきね。」

ふんっと腕を組む。
別に彼は間違ったことを口にしたわけじゃない。
私は(14歳のまま身体が成長してないのもあるけど)男性経験がない。
付き合ったり恋をしたりしたこともない。

―――というより、恋をすることを諦めた。

心は年月を重ねるごとに成長するのに、身体は14歳のまま。
年月と共に心惹かれる相手の年齢も上がっていく。
だけど彼らにとって私は14歳の少女。恋愛対象にはなり得ない。

何より、永遠の14歳だなんて誰が受け入れられる?

身体は未熟。胸も断崖絶壁。こんな体でエッチなんて出来っこないわ。
そんな相手を愛し続けるなんて絶対に無理。
というか、きっと私が耐えられない。
どんどん成長していく相手を見るのはきっと辛いわ。

(だから、恋なんてしない。好きになるだけ無駄だもの。)

ふぅ、と溜息を吐くことで沈みかけた思考をシャットダウンする。
話を戻さなければ。

「彼らの狙いはシャルだったんだろうけど、自宅ごとってことは機密書類の隠滅も兼ねてたのでしょうね。」
「だろうね。俺は生きてるけど機密書類は燃えカスになってるだろうし。あー、パソコンのデータもか。あーあ、あのパソコン結構使いやすかったのに。」
「パソコンくらいまた買えばいいじゃない。どうせデータのバックアップはしっかり取ってるんでしょ?」
「・・・よく分かったね。」
「話してたらアナタがどういう人かくらい分かるわよ。」

念能力から見ても戦闘特化というより頭脳戦って感じだしね。

ジュースのように甘くなったアップルティーを飲みながらそう言えば、彼は感心したように私を見た。

「アリスって観察力もあるし考え方も大人だよね。
えっと...子供の姿の方が本体なんだよね?本当はいくつなの?」

首を傾げてそう尋ねる彼に私は悪戯に微笑む。

「さぁ、いくつでしょう?」

本当のことなど教えない。
どうせもう会うこともないのだ。
なら、彼の解釈に任せよう。

子供が背伸びをして大人の姿をしてるのか。
大人がターゲットを油断させる為に子供の姿をしてるのか...。

私にとっては、どちらも変わらないのだから。

「・・・珈琲も飲み終わったわね。
あのマンションにシャルの死体が無ければマフィアンコミュニティはまたアナタを追うかもしれないわ。まぁ、でもアナタなら大丈夫でしょうけどね。
あと、今後我が家にシャル暗殺の依頼が来ても断るから安心していいわよ。」

私がそう言えば、彼は意外だとでも言うように目をぱちくりさせた。

「依頼断ってもいいの?」
「今回、相手方が契約違反をしたもの。これで私が死んでいたら、依頼人の一家は全員殺されてるわよ。」
「それって、アリスの家族がそいつらを殺すってこと?」
「えぇ、容赦しないと思うわ。私がヘマをして死んだなら自業自得だけど、私をも殺すつもりで相手は動いたからね。」

まぁ、その事実を報告した時点で殺しにかかりそうだけど。過保護なのよ。

そう言って苦笑する。
だけどそれは迷惑という意味ではなく、その事を嬉しく思っているからこその、照れ隠し。
シャルにもそれは伝わったのだろう。どことなく微笑ましそうに私を見た。

「いい家族だね。」
「えぇ、自慢の家族よ。ふふ、良かったわねシャル。これで死ぬ確率がグンと下がったわよ。」
「・・・えっと、今更だけどアリスのファミリーネームって何?」

おそらくシャルはある程度の家名を絞り込んでいるだろう。
そして今の私の言葉からほぼ答えも出ている。

私はニンマリと笑い、


「ゾルディック」


誇らしげにその家名を口にした。















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