私と腹黒王子の戦い




「お待たせ。」
「・・・その服のセンスはどうかと思うわ。」

待つこと数分。
服を着て戻って来た彼の姿に私は思わずそう呟いてしまった。

「そう?キミ、見る目ないんだね。」
「・・・・」


なぜ私が悪いことになる。


彼の服は私が想像していたものとは全く違っていた。
お金持ち特有の煌びやかなものでは無く、格闘に向いているようなシンプルな服。
スーツを着ている時は分からなかったが、その身体はガタイが良く相当鍛えられている。
童顔で可愛らしい顔をしているくせに逞しいなんて一種の見た目詐欺だ。顔だけ詐欺だ。

(・・・オーラの流れもとっても綺麗で力強い。これは相当強いわね。)

女にダラシない金持ちのボンボン野郎かと思ったら、とんだ強者がターゲットになったもんだわ。

だけど――、

「依頼主から“ボロ雑巾ようにして”って殺し方を指定されているの。
アナタは随分私を舐めてくれているけど、依頼遂行は絶対。覚悟してね?」

相手がどれ程の使い手であれ、私の念の前ではどんな念も・・・・・通用しない。

「ふーん、面白い。」

ニヤリと口角を上げ余裕の笑みを見せる彼に、私は念を発動させた。


「《アリスのお茶会ティーパーティー》」


一瞬にして視界が変わる。
そこは先程までいたリビングではなく、一面に広がる砂浜と押し寄せる波の音が心地よく響く海辺。
少し視線を上げれば真っ白で綺麗なお城が建っている。
そして、そんな砂浜に横たわっているのは先程まで話をしていた彼だ。

名前は確か・・・シャーロック=ルナイザー。

ザザン...と静かに押し寄せる波は、横たわるシャーロックの頬を濡らしては引いて行く。

(綺麗な人・・・。)

日に透ける金色の髪は水に濡れてキラキラと光り、長いまつげは頬に繊細な影を作り出し揺れている。

――こりゃ女は夢中になるわ。

はぁ...と溜息を吐くと同時、閉じられていた彼の瞼が僅かに揺れ、そしてゆっくりと開いた。
エメラルドグリーンが太陽の光を受け、より鮮やかに煌めく。

「おはよう、シャーロック。」

そんな彼に私は微笑みながら挨拶をした。
彼は瞬時に身体を起こし戦闘態勢に入る。
しかし何か違和感を感じたのだろう。眉を顰め、喉の辺りを触りながら口をパクパクさせては首を傾げている。

「ふふ。どうしたの、シャーロック?喉に違和感でもあるのかしら。」

口元に手を当てクスクス笑いながらそう言えば、彼はイラッとしたように私を睨み付けた。
そんな彼の表情に私は満足気に笑う。

「うふふ、いい顔ね。アナタ、今声が出ないのでしょう?」

答えられないと分かっていながら敢えて問う。
彼は目を細める事で私の問いに肯定した。

「今のアナタは “人魚姫” 。人間になる代わりに声を失ったお姫様。」

歌うように紡ぐ言葉に、彼は意味が分からないと首を傾げる。
そんな彼に私はニンマリと笑い、

「これが、アナタを殺す物語よ。」

そう、告げた。








―――タイムリミットは今から12時間後の午前0時。

それまでにアナタの王子様を探して殺しなさい。
殺すことが出来たらアナタは助かる。
出来なければ・・・


アナタの心臓は破裂し、海の泡となって消えるわ。








城の最上階。
その一室に私はいた。
豪奢な造りのこの部屋は王子の為に造られたもの。

大人が三人は横になれるであろうふかふかのベッドに、シンプルな細工が施されたダークブラウンのデスク。
そして私が今座っている一人掛けソファは、体が沈み込んでしまう程に柔らかく肌触りも良い一級品。

「我が念ながら素晴らしい造りだわね。」

ソファに凭れ掛かりながら部屋を見渡し、思わず感嘆の吐息を洩らす。
そして、デスクの上に置いた水鏡に目を向けた。

「それにしても...この人一体何者よ。」

水鏡に映った彼の姿に目を細める。
そこには一本のナイフを手に持ち返り血で頬を赤く染めたシャーロックの姿があった。

(一般人ではないと思ってたけど、こんなに躊躇いなく簡単に人を殺せるなんて・・・)


“ 王子を殺すこと ”


それが、この物語で彼が生き残る為に与えられた条件。
だけど―――、

「片っ端から住人を殺していくなんて・・・」

この世界にいる人全員を片っ端から殺していくつもりなのだろうか。
確かにこれは念で具現化された世界であり、その中に存在する人もまた念で作られたもの。
けれど、その存在は限りなく生身の人間に近い。
表情や行動、肌の温もり、そして、血肉でさえも・・・。

「殺すことに慣れていなければ出来ないことだわ。」

不意に、頭の片隅にシルバさんの言葉が思い浮かんだ。


―――幻影旅団にだけは、手を出すな。


(・・・まさかね。)

今もなお鮮やかに殺し続ける彼の姿に、私は息を一つ吐いた。
危険度Aクラスの賞金首集団の一人が社交界にその名を広めているわけがない。
ましてやそんな殺人鬼がお嬢様方を侍らかしてるなんてそんな馬鹿な話はないだろう。

(殺人鬼、って雰囲気でもないし。)

殺し慣れていることへの疑問は残るが、だからといって=幻影旅団にはならない。

(この城に辿り着くのも時間の問題ね。)

私はソファに沈めていた身を起こし、立ち上がった。

「子供の姿のままじゃ力負けしちゃうわね。久しぶりにあの姿になろうかしら。」

手元に念を集中させ、一つの小瓶を具現化する。
その小瓶には、『Drink Me私を飲んで』と書いてある。
私は瓶の蓋を外し、緋色の液体を口の中へと流し込んだ。

「――――っ、ぐ...っ!」

途端に身体に走る激痛。
その場に蹲り、自分の身体が変化していくことに耐える。

さらりと床に流れるピンク色の髪。
断崖絶壁の胸は膨らみ、手足もスラリと伸びていく。
痛みが治まる頃、そこに14歳の少女の姿は無かった。

「・・・はぁ。やっぱり、何度やっても慣れないわね。」

ゆっくりと立ち上がり、鏡に自分の姿を映す。
鏡に映るのは本来の年齢、24歳の私。

アイツ・・・に念を掛けられてからもう10年。
あの時から髪すら伸びなくなった私の本当の姿に、思わず溜息が零れる。

「もう、こんなに成長していたのね。」

Drink Me私を飲んで』は本来の私の姿に戻ることの出来る念。
制約は、タイムリミットがあること。そして特質ではなく具現化に念系統が変わることだ。

私は、体の成長でパツパツになってしまったワンピースを脱ぐと、念で服を具現化した。
ふわりと私の身体を包んだのは花魁使用の着物。

赤を基調としたその着物は全体に同系色の桜模様が散らばり、アクセントに金色の鞠と扇が流れるように描かれている。
帯は落ち着いた藍色で、金糸で鞠の刺繍が施されていた。
言わずもがなキキョウさんの趣味である。

伸びた髪をきゅっと高い位置で結べば戦闘準備は完了。
それと同時、部屋の扉が開いた。

「お嬢様、お客様がお見えです。」

一見礼儀正しくお辞儀をするセバスだが明らかにおかしいその行動に、私はふわりと目を細め笑う。

「あら、主の許可なく部屋に入るなんて無礼なのではなくて?」

そんな私の言葉に耳を傾ける様子も見せないセバスは、後ろ手に持っていたのであろうナイフを振り翳し私に襲い掛かってきた。
敢えてギリギリまで引き付け、振り下ろされたナイフを避ける。
そのまま体制を崩したセバスの首筋にチカッと光るものが刺さっているのを見つけ、私は咄嗟にそれを首筋から抜いた。
すると、プツリと糸が切れたかのようにその場に崩れ落ちるセバス。
私は自分の手にある蝙蝠の羽根が付いた銀色の針のようなものをパキンと2つに折ると、今は誰もいない扉に向かって声を掛けた。

「出てきてはいかが?」

その言葉に従うように姿を表したのはシャーロック。
言葉の話せない彼は人差し指を立て念文字を綴った。

「“やっぱりバレてた?君はモブではなさそうだね”」
「えぇ、私は生身の人間リアルよ。」
「”てっきりここにいるのはあの殺し屋の女の子だと思ってたんだけど。君が俺にとっての王子様?”」
「さぁ?ふふ、どうでしょうね。」

彼を嘲るように笑い、私は口元に手を持っていった。

「でも、アナタには関係ないのではなくて?私が王子であろうとなかろうと殺すのでしょう?」

そんな私の言葉に彼はまぁね、と肯定するように肩を竦める。

「(この女の人強そうだからあんま戦いたくないんだけどなぁー)」

ふぅ...と溜息を吐いたと同時、彼は動いた。
思いっきり踏み込み私との距離を詰める。

「(・・・歩くだけでも激痛が走るはずなのにこの動き、か。)」

人魚姫は自分の声と引き換えに人間の足を手に入れる。
しかし、その足で歩く度にナイフで抉られるような痛みが伴うのだ。
にもかかわらず、目の前の彼はそんな痛みなど全く感じていないかのように表情一つ変えずに私と戦っている。

「(ちぇ。ハンデにすらならないってか。)」

彼の攻撃を避けながら小さく舌を出す。
そして、彼が右手に隠し持っている針を目で捉え私はそれを手で叩き落とした。
彼が僅かに目を見開く。

「先程の執事といい、この針・・・アンテナか何かの役割なのかしら?」

落ちた針を拾いながらそう問えば、彼は面白そうにニヤリと笑った。
その表情に私の考えは正しいのだと判断する。

「・・・なるほど、操作系なわけね。」

だとすると、この狭い部屋で戦うには少し不利だ。
私は右手に桜吹雪の描かれた藤色の傘を具現化すると、シャーロックへと向けた。
彼が僅かに身構える。
そんな彼に私はスッと目を細めて笑うと、次の瞬間、窓に向かって仕込み銃を乱射した。

ガシャーンッという音と共に窓ガラスが飛び散り、部屋に穴が開く。
私はすかさずその穴から外へと飛び出した。

ちなみにここはビルでいうと10階くらいの高さ。
普通の人ならまず死ぬ。
だけど―――、

「(ま、今更だけど普通なわけないわよね。)」

チラッと横目で後ろを見れば、彼はしっかりと私の後を追って飛び降りて来ている。
ストンと軽い音を立てて着地すると同時、まだ空中にいる彼に向かい私は思いっきり踏み込み傘を突き立てた。
その攻撃をひらりと身体をずらすことで躱した彼は、無防備になった私の右半身に針を刺そうとする。
その手が私に触れるより速く、私は傘を右に薙ぐことでそれを防いだ。
ストン、とお互い距離を置いて地に足をつける。

「アナタ、強いわね。ただのお坊っちゃんには見えないのだけど・・・何者?」

さっきから私の頭の中でうるさく鳴り響く警鐘。

――“ コイツは危険だ ”

本能が、そう告げている。

そんな私の心状も相手は正確に察しているのだろう。
ニヤリと口角を上げると、彼は人差し指である文字を綴った。
しかしその文字を認識するよりも先に、

 世 界 が 揺 れ た  ・ ・ ・ ・ ・ ・ 


「――――っ?!なに?!」

ズゥゥゥンという音を響かせ、地面がグラグラと揺れる。
パラパラと落ちてくるのはこの世界を形作っている欠片だ。

「(誰かが外部からこの世界に干渉してる?)」

私が念で造ったこの空間を壊す方法は二つ。
一つは、この世界に存在する白ウサギを狩ること。
もう一つは、土台となっている場所――つまり、今の場合はシャーロックの部屋――を壊すことだ。

「(部屋を壊すって・・・そんなことやるヤツなんて一人しかいないじゃないッ)」

思考を巡らせている間にも世界はどんどんと崩れていき、現実世界が見えてくる。

「・・・契約違反ね。シャーロック、この世界が崩れるということはその土台となっているアナタの部屋が崩れているということよ。
もうすぐこの空間は消えてなくなるわ。現実の空間に戻ったらさっさと部屋から脱出することね。」

彼への戦闘態勢を解き、そう告げる。
彼は驚いたように目をパチクリさせ、しかし次の瞬間には真剣な表情になり頷いた。
世界の半分以上が崩れ目の前に彼の部屋が見えたと同時。
私達の目には、確かにこちらに向かってくる・・・・・・・・・・・・・二発のミサイルが見えた。

そのミサイルが部屋へと飛び込んでくるのと入れ替わるように、私とシャーロックは勢い良くその場から飛び降りる。
同時、もの凄い轟音と爆風が襲い私の髪を揺らした。

「――――っ、!」

グラリと、宙に浮いたままの身体が爆風に引き摺り込まれそうになる。
ヤバイっと身体に力を入れようとして、しかしそんな私の身体を不意にシャーロックが抱き込んだ。
そのままマンションの壁を蹴り、スタン、と軽い音を立てて地面へと着地する。

「あちゃー、こりゃもう住めないなぁ。」

溜息を吐きながら自分の部屋のあった場所を仰ぎ見るシャーロック。
周囲から消防車やパトカーのサイレンの音が近付いてくるのに気付くと、うーん...と顎に手を当て不意に私を見た。

「・・・うん、とりあえずキミの家に行こうかな。」
「何故そうなる。」

嫌だと拒否してみたものの、彼の腕にガッチリ拘束されている私は、

 “自分で案内するか、アンテナ刺して操られるかどっちがいい?”

なんてキラキラな笑顔で発せられた鬼畜な二択に、大人しく自宅に連れて行くことにしたのであった。

















    あ


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