私と腹黒王子の出会い




――ドンッ


「きゃっ!」
「―――っ?!」

パシャッと手に持ったグラスから赤い液体が飛び散る。
それは見事にぶつかった相手のスーツに歪な模様を作った。

「ご、ごめんなさいっ!!」

サッと顔を青くし慌てて謝る。
さらりと揺れる金色の髪にエメラルドグリーンの瞳の彼は、その宝石のような目をふんわりと細め甘い笑みを浮かべた。

「大丈夫、気にしないで。それよりキミは大丈夫?ドレスにワイン、掛かってない?」

ゆっくりと上から下に視線を巡らせ、私のドレスに汚れがない事を確認した彼は1つ頷いて笑う。

「わたくしの不注意で本当に申し訳ありませんでした。あの、クリーニング代、お支払い致します。」
「いや、これくらいすぐ洗えば落ちるよ。そんなに深刻な顔しないで。ね?」

私を安心させるように笑う彼は優しくて紳士的。
これは大抵の女性はすぐに落ちてしまうだろう。

(まぁ、だからこその依頼なんだろうけど...)

私は安心したように笑みを浮かべ、ありがとうございます、と丁寧に腰を折った。
そして近くに控えている付き人に「招待状を」と声を掛ける。
付き人から一枚の封筒を受け取り、私はそれを彼に渡した。

「わたくしはクリスティーヌ=レスコットと申します。このお詫びと言っては何ですが、来週行われる我が家のパーティーに是非来て頂けないでしょうか?
両親にも今日の事をお話させて頂き、手厚くおもてなしをさせて頂きたくございます。」

少し頬を赤らめてそう言えば、彼は何かを察したように口の端を上げて招待状を受け取った。
招待状が彼の手に触れた瞬間に、心の中でほくそ笑む。

「そこまで言うなら有り難く招待を受けることにするよ。」

その言葉に私は大袈裟に喜び、もう一度謝罪と礼を口にするとその場を離れた。





これが、私が彼を殺すために仕組んだ彼との初めての出会い。

















「案外あっさり行ったわね。」
「・・・・。」

ターゲットと別れたあと、私はパーティー会場を抜け出し自宅へと向かっていた。

「ターゲットが帰宅したら殺しに行くわ。とりあえずこの動きにくいドレスをはやく脱ぎたい・・・って、聞いてるの、イルミ?」

さっきからなんの返事もせず無言で車を運転する男。
イルミ=ゾルディック。
さっきまで変装して私の付き人をしていた男だ。
そして、私の義兄にあたる。

私の名前は、アリス=ゾルディック。

有名な殺し屋一家の長女。
・・血は繋がってないけどね。

「聞いてるよ。ねぇ、あの男本当に一般人?」
「・・・調べた限りでは。まぁ、調べるって言ってもネット検索で出てきただけの軽い情報だから偽装されてたら意味ないけど。」

私の言葉に僅かに顔を顰めるイルミ。
そんなイルミに私は溜息混じりに言い訳を溢した。

「だって依頼内容が“浮気した彼氏を殺して”よ?
バカバカしすぎて断ろうかと思ったくらいなのに。そんな女にだらしない男の事なんて念入りに調べても色んな女が浮上するだけで他に有益な何かが見つかるとは思えないもの。」

この依頼人がお得意様の娘でなければこんな依頼断っていた。

「代わろうか?」
「ううん、私がやる。依頼内容に“ボロ雑巾のようにして”って書いてたし、それがあるからシルバさんは私を指定したんだろうしね。」

私に来た依頼はちゃんとこなすわ。そう言って笑えば、イルミも頷いてくれた。

「あぁ、だからあの“招待状”?」
「えぇ、普通には殺せないからね。」

ゆっくりと窓の外を見る。
眩しいほどのネオンが流れていくのをボーッと眺めながら、私はターゲットである彼の事を思い出していた。
頭に浮かぶ彼の胡散臭い笑みに眉を顰める。

「彼...上手く隠してたようだけど、全く隙が無かったわ。」

ポツリと呟いた言葉にイルミも肯く。

「うん。念能力者には見えなかったけど、俺達と同じで“絶”をしていたとしたら見抜けない。
むしろ一般人に見えるように“絶”でオーラを調節してたとしたら相当の使い手だよ。」

僅かに低くなった声音にイルミが彼を注視しているのが分かった。
彼の言葉に私も表情を引き締める。

「・・・慎重に行くわ。」
「うん。・・・分かってると思うけど、勝てないと判断したら引きなよ。」
「もちろん。」

イルミの言葉に肯く。
そんな私にイルミも頷いた。





 ・
 ・
 ・






夜中の2時を回った頃。
ターゲットが帰宅したのを招待状を通して知った私は、ソファから立ち上がった。

いつもより多めに仕込んだ武器を再度チェックし、私は念を発動させる。
一瞬で変わる視界。薄暗い中にテーブルやイス、テレビやキッチンが見えることから、ここがリビングだと知った。

(ターゲットの気配が....ない?)

電気のついていない部屋を見渡し、テーブルの上に置いてある招待状に触れる。
気配を探るも、人の存在は感知できなかった。

(もしかして、“絶”?)

相手が念能力者である可能性を考え、私は“円”を広げようとした。
その時――、

「俺に、何か用?」 

すぐ真後ろから聞こえた声に私は反射的にその場から飛び退いた。

「うーん、夜這いに来たお姉さんってわけじゃなさそうだね。」

声の持ち主が私に近づいて来ることで、窓から差し込む月明かりに照らされ姿が顕になる。
その姿を見た瞬間、私は悲鳴を上げた。

「きゃ、きゃぁああぁぁあ!!!」
「わっ、うるさ。」
「なんで服着てないの?!この変態っ!」

そう、月明かりに浮かんだ彼はあろうことか全裸だったのだ。
生まれたままの姿で堂々と私の前に立つ彼から目を逸らし、怒鳴りつける。

「そっちが不法侵入してきたからでしょ?せっかく気持ちよくシャワー浴びてたのにさ。」

不機嫌を隠さない声音に、私は下を見ないように彼を見上げた。
濡れた髪をかきあげながら目を細めて私を見る彼に、思わずドキリとしてしまう。

「で、キミ、何者?さっき俺に招待状渡した子供でしょ。」

その目に警戒の色が浮かぶと同時、私はハッとして気を引き締めた。

「私は殺し屋。依頼を受けてアナタを殺しに来ました。」

私の言葉に彼はキョトンと目を瞬き、そして面白そうに目を細めると、ふーん、と私を上から下まで舐めるように見た。

「俺、安く見られてるんだなぁ。こんな子供が殺しに来るなんて。ちょっと傷付くよ。」

全然そんな事思っていない声音でそう言う彼は、完全に私を馬鹿にしている。
まぁ、この反応自体は慣れたものなのでいちいち気にしないけど。

「見た目で判断すると痛い目見ますよ?」
「いや、見た目は大事だよ。いくら可愛くてもキミみたいな子供には勃たないからね。」
「な――ッ?!」

っにを言ってるんだコイツは!!!

「どうせなら成長したキミに殺されたかったな。まぁ、キミ程度の使い手だったら殺されないけど。」
「―――っ!」

思いっきり、馬鹿にされている。
調べた限りではこの男は21歳。私より年下だ。
私は見た目こそ14歳のままだが、生きてきた年月は24年。
そんな年下の男に子供扱いを受けている事にも腹は立つが、何が一番許せないって、

(コイツ、相当強い。そして私の力量もおそらく正しく見抜いてる。その上で、コイツは完全に私を下に見ているっ)

ざわりとオーラが逆立つ。
そんな私に彼はにやりと口の端を上げた。

「あ、怒った?ごめんね。キミが弱いとは思ってないよ。招待状をもらった時点では全く気付かなかったし。
あれ、“隠”でオーラ隠してだんだ?」

「答える義務はないわ。」

感心したように招待状を指す彼に私は冷たく返す。
そんな私に彼は肩を竦めた。

「それより、そろそろ服着てもいい?」
「私がわざわざ武器を持たせるような事を許すと思うの?」
「キミが許さないなら全裸のままでもいいけど。でも、戦ってる間中コレ・・がぷらぷら揺れてても文句言わないでね。」

「・・・・・・」

キラキラな笑顔で“コレ”を指差す彼に、私は頭に血が上るのを感じながらゆっくりと目を閉じ拳を震わせた。













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