精一杯の強がり




「…。霧が濃くなって来たわね。」

「もっと前に行った方がいい。」

「試験管を見失うといけないもんね!」

「それもあるけど、ヒソカが殺気立ってる。この霧に乗じて何人か殺るぜ。」

ザワリ――と、風に乗って僅かな殺気が流れてくる。
その殺気に、無意識に身体が震えた。


(嫌な感じ。4年前と、変わらないのね)



















「…………。」

「はは、何で分かるのかって顔してるね。それは俺がアイツと同類だから。」

「そうなの?そうは見えないけど。」

「それは俺が上手いこと猫被ってるからだよ。」

お茶目に笑ってみせるキルアに、ゴンはふーん、と言うと、




「レオリオーー!クラピカーー!キルアが前に来た方がいいってーーー!!!」





「――はぁっ!?」

「わぉ。」


あろう事か既に霧で見えなくなっている後方に大声で叫んだのだ。
キルアはお前バカだろ!?と怒鳴り、私は予想の斜め上を行くその行動に目をぱちくりさせた。

遠くの方で

“行けるもんならとっくに行っとるわ、このどアホ!”

というレオリオの声が返ってきたのにも驚いたが、さらにゴンは

「そこを何とかがんばってみてよ!」

と言う。
そんなゴンにさすがに私も苦笑した。

(そんな無茶な…。)


“無理だっつーの!”


(そうよね、レオリオ。あなたは正しいわ。)


でも―…

(確かに、後方にいたら危ないわね。)

確実にあのピエロ…ヒソカ?だっけ。の獲物にされる。
助ける義理はないが、隣にいて落ち着く人達だった。
そして何より、愛しい人を思わせるあのふわりと揺れた金髪が、私は忘れられなかった。



“――――..てぇぇぇっ”



(――!捕まった!)

聞こえた声に私は唇を噛んだ。


どうする…助けに行く?


その時、風が私の横を過った。
キルアの“おい、ゴンっ!”と呼ぶ声でハッとする。
後ろを向けばゴンが後方へと駆け出していた。

「二人は先に行ってて!後で追いつくからーっ!!」

その声に迷いは無くて何故か、大丈夫、と思えてしまう。
そんなゴンの姿に私は苦笑した。

「ったく、バカだろアイツ。これは遊びじゃないんだぜ。」

「えぇ、全くもってその通りね。
でも…あの真っ直ぐさ、羨ましいと思うわ。」

キルアが私を見たのを感じ、私もキルアを見る。
そしてニッコリ笑い、

「と言うわけで、私も行ってくるわ。」

そう言って走り出そうとすると、手を掴まれ止められた。
探るようなキルアの目に私は苦笑する。

「信用出来ない?」

「アンタは、強い。俺より、遥かに。」

「えぇ。」

「アンタも、何か腹に隠してんだろ?」

「…そうね。」

肯定の言葉と共に強められた眼光。
キルアは、きっと無意識だろうけどゴンを死なせたくないと思ってる。
だから、きっと念を持つ私とヒソカをどこか通じるものがあるって勘繰ってるのね。
その鋭さに舌を巻きつつ、ゴンを想うその優しさに思わず微笑んだ。

「約束するわ。貴方達を、絶対に裏切らない。」

私を引き留めている手にそっと手を重ね、ぎゅっと強く握った。
そっと、私を掴む手が離れる。
その姿に私は小さく笑い、ありがとう、と言った。

一気に後方へと駆け出す。
私はキルアの前から、一瞬で姿を消した。








* *







駆け出した瞬間に“絶”はしていた。
ヒソカの殺気を辿った先に見えたのは、じっと佇む金色の髪。
その人の視線の先を見れば、ヒソカに殴りかかるレオリオの姿。
そして、さらにその先にはゴンが見えた。

レオリオがヒソカに殴り飛ばされる。


「助けに行かないの?」

拳を握り締めた後ろ姿に私は静かに声を掛けた。

「――っ!?」

バッと振り返り武器を向けたクラピカに、私は小さく笑う。

「私よ。」

「フレイヤ…何故ここに……」

私だと分かったクラピカは武器を下ろし困惑した。
私はその答えを示すかのように、スッとヒソカのいる方を指す。
クラピカがそれに従い視線をそちらに向ければ、丁度ゴンが釣竿でヒソカに攻撃をしたところだった。

「ゴンまで!?何故…っ」

「レオリオの叫び声が聞こえたの。ゴン、迷わず駆け出していたわ。」

「いくらなんでも無鉄砲過ぎだ!」

「えぇ、本当に。でもきっと今ゴンがここにいるのは、クラピカ…貴方がここにいる理由と一緒よ。」

「……しかし私は、今ここで動けないでいる。」

苦しそうにそう言ったクラピカの固く握られた拳に、私はそっと手を添えた。

「それは、貴方が貴方を守るための防衛本能よ。自分と相手との力量を見極め、自分を生かす為の、ね。
生きてやると決めた事を成し遂げるには必要な事。」

クラピカの目が私に向けられる。

「人の為に何も考えず相手に向かっていける真っ直ぐさは羨ましいと、強いと思うでしょう。
でもそんな人達には、傍で冷静に状況を見て仲間を死なせない為の判断をする人が必要なの。
貴方は、彼らのストッパー。貴方がここにいるのは、その為でしょう?」

そう言って笑えば、クラピカは驚いた顔をした後、ふっと表情を緩めた。
握られた拳の力もふわりと抜ける。

「そうだな。ありがとう、フレイヤ。」

「えぇ。と言うわけで、クラピカはもう少しここにいて。」

「…え?」

チラリと視界に入ったのは、レオリオが殴られ気を失った姿と、首を掴まれヒソカに迫られるゴン。

「私が行ってくるわ。」

刹那、私は思いっきり地を蹴った。




ヒソカの間合いに入った瞬間、彼が私を見たがそれは一瞬の事。
瞬きする間に、彼の身体は思いっきり後方にある木へと打ち付けられていた。

「――!」
「――!?」

ゴンとクラピカが驚いたのが伝わってくる。
そしてゆらりと…ヒソカの気が揺れた。

「クックック…◆キミ、強いねぇ…」

私を捉えた瞳は獲物を狙う獣のように、鋭く妖しい光を宿している。
私はそれを真正面から受け止め、冷ややかな視線で返した。

「貴方が弱いだけではないかしら。」

「へぇ…◆」

じわり、と滲んだ殺気にゴンが辛そうに顔を歪めたのを見て、私はそれを庇うようにゴンの前に立った。

「殺る気満々のところ悪いのですが、そろそろ1次試験のタイムリミットですわ。
私、不合格になるわけにはいかないの。見逃してもらえませんこと?」

「ボクは今、試験よりもキミと戦う方が楽しいんじゃないかって思ってるんだけど☆」

「今でなくとも良いでしょう。試験に合格出来たらいつでも相手になりますわ。」

「う〜ん…どうしよっかなぁ◇」

「言い方が悪かったようですわね。引きなさい。でないと、貴方を地面に縫い付けます。」

「面白い言い方だねぇ★ぜひ見せてもらいたい◇」

ニヤリとトランプで口元を隠して笑うヒソカに私は溜め息を吐いた。

スッと目を閉じ、ゆっくりと開く。
ヒソカの目を絡めとるかのように見つめた。

ピクッとヒソカの目が潜められると同時に、彼は私から目を逸らしトランプを手放した。
ひらりとトランプが宙を舞う。

「やっぱりヤメた☆ボクにもタイムリミットが来たみたい◆」

そう言ってポケットから携帯を取り出し何かを確認すると、倒れているレオリオを担ぎ上げた。

「!レオリオ!!」

ゴンが飛び出そうとするのに私は待ったを掛け、ヒソカの言葉を待つ。

「安心しなよ、彼は殺さない★
合格だからね、彼も、ボウヤも、そしてその茂みに隠れている彼も◇」

もちろん、キミも☆と私を見て言うヒソカに、私は肩の力を抜いた。

「運んで下さるの?」

「キミ達じゃ辛いだろう?」

「…。そうね、お願いしますわ。」

「!?フレイヤ…っ」

「大丈夫よ、信用しても。」

安心させるように笑うと、ゴンも肩の力を抜いて頷いた。

「一つ、聞いていいかい◆?」

「何です?」





「キミは、あの時の子供かい?」






唐突なヒソカの質問に私は目をパチクリさせ、首を傾げた。

「なんのことです?貴方、私を知ってますの?」

「……いや、人違いみたいだ。キミ、名前は?」

「フレイヤ。」

「いい名前だ。ボクはヒソカ◆」

じゃあまた2次試験で、と言いヒソカは霧の中へと姿を消した。





「ゴン!フレイヤ!無事か!?」

「クラピカ!俺は大丈夫、フレイヤが助けてくれたし……ってフレイヤ!?」

「はぁぁぁ〜〜〜…」

ヒソカの気配が無くなった瞬間、私は一気にその場にへたり込んだ。

「怖かった…」

溜め息と共に出た言葉に二人が大袈裟に驚く。

「えぇ!?怖かったの!?」

「全然そんな風には見えなかったぞ!?」

「だって強気で行かなきゃ万が一にも勝てなかったもの…。」

そう、ヒソカに主導権を渡しちゃいけない。


―それは、悟らせない為に。

あの時の子供が私だと。
生きて旅団を探している事を。


あの目を見た時、4年前の恐怖がフラッシュバックした。
震えそうになる身体にぐっと力を入れ、4年前の弱い私が出てこないように感情を殺した。

だけどこうやって緊張の糸が解けた瞬間。
ほら、私はやっぱり4年前の私のまま。

今でも怖い。
悟られたのではないか。
今度こそ殺されるのではないか。


殺されたら…




死んじゃったら、シャルに会えない?





「大丈夫か?」

クラピカの声と肩に置かれた手に私はハッと顔を上げ、苦笑した。

「ごめん、もう大丈夫よ。落ち着いたわ。」

そう、強がりなの。
強い私でいたいから、気丈に振る舞うのよ。


だって、ね?ビスケ。

演じる事は時に自分を守り、助けになるのよね?
(―…シャルに、会いたい。寂しいよ。)








強い私は、ちっとも辛くなんかないわ。








「行きましょう、2次試験会場に。」



私はにっこりと二人に笑い掛けた。









2 end

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