試験スタート
ザワリ…とオーラが逆立つ感覚。
体の奥が熱くなり、あの時の背中の傷が疼いた。
―…アイツが私達を引き裂いた。
(…ダメ。抑えて。)
―…アイツさえいなければ…っ!
(怒りに任せちゃダメ…っ)
ぎゅっと体を強く抱き締める。
その時、ポケットで携帯が振動した。
画面を開くとビスケからのメールで......
(―…敵わないなぁ、師匠には。)
画面を見た瞬間、私はふっと一気に肩の力が抜け、苦笑した。
From:ビスケ
To:ルーエル
Sub:当然だわさ。
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不合格だったらまた一から修行し直し
だわよ!
敵を騙すにはまず見た目から!
何度も言うけど騙してナンボよ。
自分を守るために、ね。
上手くやりなさい。
アンタなら大丈夫だわさ。
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( 騙してナンボ、か。)
私はスッと息を吸い込み、吐いた。
乱れていたオーラは今は穏やかに流れている。
私は携帯を操作し“ありがとう”と打つと、送信ボタンを押した。
鉛の様に重かった心が風船の様に軽くなっている事に小さく笑った。
試験スタート
ジリリリリリリリリリ
突然、響いたベルの音。
音の方へ目を向けると、芸術家にいそうな容姿と皺一つないスーツをサラリと着こなした紳士的な男性が。
男性は個性的な形をしたベルを静かな動作で止めると、落ち着いた低めの声で話し始めた。
「只今を持ちまして受験生の受付を終了し、ハンター試験を開始致します」
男性のその言葉に、会場の空気がピリッと締まる。
「さて、一応確認の方をさせて頂きますが、これから行われるハンター試験は大変厳しいものもあります。
その為、運が悪かったり実力が乏しかったりと、満たしていなければ怪我は勿論、最悪死に至ることもあります」
そんな中、私は気付いてしまった。
「先程のように、受験生同士での争いで再起不能になってしまう場合も少なくはありません」
(―…あの人……)
スッと一筋の汗が頬を伝う。
「それでも構わないという方のみ、ついて来て下さい。」
――…口がないのに喋ってるっっっ!!!!
私の中に衝撃が走った瞬間だった。
同時に確信した。
あの人は魔族で間違いないと!!
周りの流れに合わせて私も歩き出す。
しかし私は試験よりも、同族を見つけた事に興奮を隠せないでいた。
「承知致しました。第一次試験四〇五名、全員参加ですね。
――申し遅れました。
私は一次試験担当官のサトツと申します。
これより皆様を第二次試験会場の方へと案内致します」
「二次…?じゃあ一次試験は――」
受験生の一人が訝しげに尋ねると、試験管…サトツさんは振り向かないまま答えた。
「もう既に始まっております。
二次試験会場まで私について来る事。
これが一次試験の内容になります」
人混みにサトツさんが見えなくなっても、不思議と声だけは鮮明に響いている。
「場所、距離、ルート、到着時刻はお答えできません。
ただ私について来て下さることが課題となります」
その言葉を最後に、サトツさんは喋らなくなってしまった。
それと同時にだんだんとスピードが上がり、前が走り出す。
(なるほど、持久走みたいな感じか。)
―ビスケともやったなぁ、これ。
見えないゴールに、本当に挫けそうになったっけ。
結局私は24時間走らされたのだけど、その時はゴールした瞬間に意識を飛ばしました。
* *
一時間程走った時だろうか。
少し先に、さらりと揺れる金髪が見えた。
それを捉えた瞬間、私の心臓が大きく音を立てる。
(――うそ…シャルっ!?)
殆ど反射だった。
私は大きく足を踏み込み、一瞬で彼の傍に行く。
「シャルっっ!!!!!」
肩を引き出会った瞳はエメラルドグリーンではなく、青色で―。
「――あ…」
( 人違い… )
私は、そっと肩から手を離した。
目の前の青年が不思議そうに首を傾げている。
その周りにいる大人と子供も私を見て目をぱちくりさせていた。
「ごめんなさい…人違いみたい。」
半ば放心状態で呟く。
「そうよね、彼はこんなに細っこくて女顔じゃないもの。」
「――なっ!?」
「それに身長ももっと高いし…。」
「失礼だとは思わないのか貴方は!!」
「え?」
青年が急に怒り出したから私は首を傾げた。
見ると顔を真っ赤にして震えている。
「ねぇちゃん、綺麗な顔してキッツい事言うねぇ。」
サングラスを掛けたおじさんが口笛を吹きながら言うので、
「何かキツいこと言いましたっけ?」
と問うと、無自覚かよ...と顔を引き吊らせた。
「…えっと。ごめんなさい。悪気はなかったの。
知り合いに髪が、その、似てて…
でも顔があまりに違ったから…えと、知り合いはそんな可愛い顔じゃないから…もっと男らしい顔というか、かっこいい系で…」
「おい、悪気はないのは分かったから、その辺にしといてやれ。」
「え?」
サングラスの人が指差す方を見れば、金髪の青年の周りにズーンと暗い影が落ちている。
「えっ!?えっ、なんで!?」
本気で慌てる私に、サングラスの人はもちろん、隣にいる子供達も微妙な顔をしていた。
「あの、本当にごめんなさい。
私は貴方を傷付けてしまったのかしら?」
謝罪を口にすれば、青年はゆっくりと私に顔を向け、少し疲れた顔で大丈夫です、と言った。
「人違いなら仕方ないでしょう。
その人は私と違って余程男らしく格好良いようですし、こちらこそ紛らわしくて申し訳ない。」
「…怒ってます?」
「…少し。」
うぅ…
私はどうやら言ってはいけない事を言ってしまったみたい。
「まぁ、いいじゃねぇかクラピカ。
こんな美人な姉ちゃんを困らせんなよ。男らしくないぜ!」
「その口、縫い付けられたいか?」
「す、すまねぇ。(怖えぇぇっ)」
「ね、お姉さんもハンター志望なんだよね?」
サングラスの人の隣にいた黒髪の少年が、人懐っこい笑みで話し掛けて来た。
その場の空気が少し変わりホッとする。
「えぇ、そうよ。間違えて来ちゃったどっかの令嬢ではないから安心して。」
にっこりと笑ってそう言えば、少年は一瞬ポカンとした後、あはは、と笑った。
「それは見れば分かるよ!お姉さん、すごく強いでしょ?」
「え?」
今度は私が驚かされる番だった。
「分かるの?」
「うん、何て言うか…纏ってる空気かな?
上手く言えないけど、他の人達とは違う気がする。」
その言葉に、私はドキッとした。
――“他の人達とは違う。”
この子は何となく私が普通の人じゃない事を感じ取っているのだろうか…。
何となく、この子は騙せないんじゃないかなって思った。
「俺はゴン!お姉さんは?」
「私は…フレイヤよ。」
咄嗟に、情報屋の時に使っている名前を出した。
それはあのピエロに、私があの時の子だと思わせない為。
旅団のみんなと接触してるなら私の名前は知ってるだろうし、何よりアイツは私が死んだと思っている。
だったら私は別人を演じるか、記憶喪失のフリをするのが賢明だろう。
「フレイヤ、か。よろしくね!」
その笑顔に少し心が痛んだが、私もにっこりと笑い、よろしく、と答えた。
「で、こっちがキルア!」
キルアと呼ばれた銀髪の少年は、私の顔をじっと見た後、そっぽを向いた。
なんだか警戒されてるみたい。
見た感じ、この子とても強い。私への警戒の仕方とか、目に…闇がある。
「も〜キルア!ちゃんと挨拶しなきゃ!」
「馴れ合う気はねぇよ。」
「もう…。ごめんね、フレイヤ。」
「いいのよ。多分ここではゴンみたいに笑顔で話し掛けてくれる子の方が少ないと思うもの。」
そう、これはハンター試験。
色んな人、ましてや悪い人達もたくさんいる中で、これだけ純粋な目で話し掛けれるなんてすごい事よ。
「そうかなぁ?でね、こっちがレオリオにクラピカ!」
二人とも会釈してくれたので、私も返す。
「レオリオとクラピカとはこの会場に来る前から一緒だったんだ!
キルアはついさっき一緒になって、ね!」
楽しそうに話すゴンに、きっとこの子にとってこの3人は仲間と思える人達なんだろうなって思った。
「でも、面白い組み合わせね。子供二人に青年一人、おじさんが一人。」
ふふっと思わず笑みが溢れる。
しかし私の発言に、レオリオがショックを受けたように叫んだ。
「おっさ…っ!おま、俺はこれでも10代だぞ!?」
「「うそぉ!?」」
「ぁ、ゴンとキルアまで!!ひでーぞお前ら!」
「(…離れよう。)」
クラピカが然り気無く離れていくのを横目で見ながら、私は何歳なのか聞いた。
「19だよ、19歳!!」
「…老けて見えるわ。」
「せめて大人っぽいって言ってくれ…」
「二人は?」
「「12歳」」
「良かった。こっちは年相応なのね。」
「なんかさっきのクラピカの気持ちが分かった気ぃするわ…」
「落ち込まないで、レオリオ。」
「お前がそうさせたんだよ!…たく。」
ガックリ肩を落とすレオリオに、私はどうしたらいいか分からず、ゴンに目を向けた。
ゴンは、あはは…と苦笑した後、フレイヤはいくつなの?と話をふってくれる。
「私は21歳よ。レオリオより年上ね」
笑顔で言えば、今度は三人がえぇぇっと驚きの声を上げた。
「俺より年上だったのかよ!?」
「見えないかしら?」
「見えない、っていうか…女の人の年齢って分からないものなんだね。」
「女って怖えー…」
それぞれの感想に私はムッと口を尖らせ、
「どうせ大人の色気はないわよ」
とそっぽを向いておいた。
「そういう所が子供っぽいんじゃね?」
っていうキルアの呟きは聞こえなかった事にする。
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