旅立ちのとき



「いい?試験での念の使用は禁止。
念を使わなきゃ死ぬ相手にだけ使いなさい」

「はい」

「あと、ちゃんとご飯は栄養のあるものを食べるのよ!美容には常に気を使うこと!」

「は、はい…」

「あと、厭らしい目で見てくる男は片っ端から股間をk「分かったから、ビスケ!」…そう?」

眉間に皺を寄せ、まだ納得行かない顔をしているビスケに、私はため息を吐いた。

「もう何度も聞いたわ。私は大丈夫よ、もう大人だもの」

「20歳そこらのヒヨッコが何言ってんのよ!私からしたらまだまだ子供だわさ」

「21歳よ!」

変わらないわよ、ヒヨッコヒヨッコ〜なんてビスケがバカにするから、私は頬を膨らましそっぽを向いた。

「もう行くから!今までお世話になりました!」

ふんっと不貞腐れながら言えば、ルーエル、と真剣な声音で呼ばれる。


「…アンタが、幻影旅団を探してる事は隠しておきなさい」

「……。」

「アンタにとっては大切な家族でも、その他大勢の人にとってはA級の殺人集団よ」

「…。はい」

「場合によってはアンタまで賞金首扱いになるわさ。
自分と、新しく出会うであろう人達の事、ちゃんと考えなさいね」

「…分かってるわ」

ビスケの言葉に、私は苦笑した。
私の生い立ちを話してから、ビスケはいつも言っていた。


――“ルーエルはルーエルの思う生き方をしなさい。
自分で色んな世界を見て、感じて、しっかりと自分の考えを持って生きて。
そして胸を張って、自分の信じるものを提示出来るようになりなさいな。”


この言葉は私とビスケの約束。
幻影旅団の…みんなの所に帰りたい、って願った私にビスケが提示した条件、もとい、約束だった。

「それから……」

ビスケは言葉を切ると、ふっと優しく微笑んだ。

「たまには連絡、寄越しなさいよ。
アンタはこれからもずっと私の大切な弟子なんだから。
はい、さようなら。で消息不明になるなんて許さないわさ」

「ビスケ…」

その言葉に、今までビスケと過ごしてきた日々が思い起こされる。
すごく厳しかったし辛かったけど、とても豊かで幸せな日々だった。

人として成長出来た場所だったように思う。


「本当にありがとう。
あの時助けてくれたのがビスケじゃなかったら、きっと今の私は居なかったわ。
ビスケの下で修行出来て幸せだった。
これからもずっとずっと、ビスケは私の誇る師匠よ」

大好きって気持ちを込めて、私はビスケに抱きついた。
ビスケもぎゅっと手を回してくれて。

いつの間にか伸びた身長は、この姿のビスケよりも高くて、包み込む様に抱き締める私は、どっちが年上か分からないわね、なんて思って思わず笑んだ。

「ぁ、小さいって思ったでしょ」

「ふふ。私、成長したんだなぁって思っただけよ」

「全く、ヒヨッコが失礼しちゃうわ!」

「じゃあ姿変えればいいのに」

「敵を騙すにはまずは視覚から、だわさ」

「確かにこれは騙されちゃうわね」

「アンタもその容姿フルに活用しなさいな。騙してナンボよ!」


さすが師匠、嘘つきの鏡です。




「じゃあ、行ってきます」

「ん、いってらっしゃい」

飛行船に乗り込む。
窓際に行き外を見れば、ビスケが手を振っていて。
地面がどんどん遠くなる中、ビスケが見えなくなるまで、私も手を振り続けた。





ビスケと過ごした4年の日々。
あっという間に過ぎたけど、長かった。

念の応用をマスターして発を完成させ、情報屋としてある程度一人でも生きていけるようになるまでに、4年。

その間、みんなに会いたいって寂しくなった日もたくさんあったし、探しに行こうともした。
でもその度に自分の弱さと知識の無さを目の当たりにしたのだ。


―強くなって一人で生きていけるようになるまでは、みんなを探さない。

そう決めた。




そして今日。

本格的にみんなを…幻影旅団を探す為に、私は旅立つ。





ハンター試験を受けに―。










1









(ここが試験会場最寄りの港かぁ。)

ガヤガヤと賑わいすごい人の数だ。
みんなハンター試験志望者なのかな…。

キョロキョロと周りを見渡していると、トンっと肩を叩かれた。

「ネェチャンひとりー?」
「うっひょー、すっげー美人!」
「良かったら俺達がここら辺案内してやるぜ!」

見れば不細工な男三人組。

「間に合ってます」

素っ気なく答えれば、またまたぁーと笑いながら、しつこく誘ってくる。

うーん、困った。
一般人相手に攻撃するわけにもいかないし…

と考えあぐねていると、ふわりと近くで風が吹いた。


「待たせてすみません、ルーエル。…この方達は?」

「ぁ、シルフ」

私の後ろに現れたのは、風の精霊シルフ。
若草色のふんわりした髪に碧の目を持つ、物腰の柔らかな青年だ。


「何、その程度の顔でナンパ?バカじゃない。鏡見ろよ」

「あら、ディーネまで」

隣に立った少年は、水の精霊ウンディーネ。
私は愛称としてディーネって呼んでる。
サラサラと流れる様な蒼の髪に深海色の目を持つちょっと生意気な少年。


「な、なんだコイツらっどこから!」
「にしても文句のつけようのないイケメンだっ」
「くそっ勝負すらさせてもらえねー程の差だっ!!」

そう言って男達は逃げていった。

「ケッ、情けねぇ。その程度でルーエルに声掛けてんじゃねーよ」

「まぁ、身の程を弁えている人達で良かったじゃないですか。
これで突っ掛かって来ようものなら立ち直れない程ズタボロに言い捨ててましたよ」

「…おまえ、こえーよ」

対照的な二人に、ふふっと笑みが溢れる。

「ありがとう、二人とも」

「困ってるようでしたので」

「ちょーっと威嚇して追っ払えばいいのにさ」

「一般人だったから…」

苦笑すれば、ホント甘いよなぁ、と呆れられた。




彼らはそれぞれ水と風を統べる精霊らしい。
水と風の魔法が使えるようになってから、何となくその存在達を感じてはいた。

(―まさか精霊だとは思わなかったけど)

念が使えるようになった私は、その存在達を目に見える様に具現化したのだ。
それ以来、水と風のある場所なら彼らは自由に私の前に姿を表す事が可能になった。



「助けてくれたのは嬉しいけど、試験中は出てきちゃダメよ」

「分かってます。念の使用は禁止ですものね」

「それもだけど、あなた達は精霊だから。試験会場で好奇の目に晒されちゃうわよ?」

「それはマジ勘弁。人間は嫌いだ。
でも、ルーエルが危険だと判断したら助けるからな!」

「えー…」

「だから、僕たちが手を貸さなくてもいいように、しっかりして下さいね」

ニッコリと釘をさされてしまった。

何だか複雑な気持ち。
確かにまだ世間知らずなとこはあるけどさ。

はぁ...と溜息をついて、私は山の上に立つ一本杉を見上げた。


(まずは、試験会場に辿り着かなきゃね)



ーーこれは、アナタに会うための第一歩。



私はスッと息を吸い、ゆっくりと吐いた。
気持ちを引き締める。

シルフとディーネの姿は、もうそこにはなかった。










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