交差する物語





――ポツポツと、雨が降る。




   
  命を奪うものと、


       奪われるもの。






始まりへと向かう物語が、今、終曲を迎える。




















「――きゃっ」

不意に右足首を引っ張られ、私は思いっきり前に転けた。
ハッとして足元を見れば、私の右足首にモヤモヤが巻き付いている。
モヤモヤを辿れば、そこにはピエロさん。

「なかなか速いねぇ☆でももう鬼ごっこはオシマイ◆」

私はモヤモヤを取ろうと必死に手で掴んだが、それは千切れるどころか私の手にまで広がる。

「――っ!?」

「へぇ…キミ、オーラが見えてるんだね◆
“凝”が出来るってことは、戦い方は教わってるのかな?」

「…ぎょう?」

「ぁ、知らない?念の1つなんだけど◆」

「知らない。念は四体行?っていうのしか教わってないです…」

「なるほど、じゃあその眼鏡が見せているのかな★」

「ぇ?」


眼鏡?
どういうことですか?


そう私が口を開く前に、ピエロさんはトランプを取り出し構えた。
瞬間、肌に突き刺さるような痛みと寒気。

「おっと、殺気だけで死なないでおくれよ◆?
それじゃボクがツマラナイからね☆」

ピッと投げられたトランプが右腕に刺さる。

「――ぅあっ!」

じんわりと広がる熱と、肌を滑る生温い液体。
痛くて痛くて、声なんて出ないくらい痛くて。


ポツ―

頬に当たった水滴。
それは次第に数を増やし、


―ザァァァァ


冷たい雨が私を容赦なく濡らした。



怖くて。痛くて。






 た す け て






誰に向けたかも分からない言葉がポツリと口から零れる。
その時、ぼんやりと滲んだ視界の端に、蒼く光る物が見えた。


――“ 御守り ”


瞬間、頭に響いたシャルの言葉。



「うーん、やっぱりキミと遊ぶのは楽しくなさそうだねぇ◇
使えない玩具なら、さっさと壊しちゃえ★」

ピエロさんが再びトランプを構えたのが気配で分かった。

私は、ゆっくりを顔を上げ―


【 念を解いて 】


ピエロさんの目を見つめ、そう言った。

一か八かだった。
もしこの見えているモヤモヤが念なんだとしたら…

「――…!?」

ピエロさんの眉が潜められたのと同時、私を縛っていたものがスっと消える。

(当たったッ!)

私は反射的に身を翻し逃げようとした。
―が、背中を向けた瞬間に来た衝撃。

感覚的に、トランプが複数枚刺さったんだと分かった。
倒れそうになるのを耐え、私は前へと足を運ぶ。


あと少し…



あと少し進めば…








  滝に身を投げられる








「おっと、そうはさせないよ★」

「――ぐっ」

グンっと頭部が後ろに引っ張られた。

「さっきのはなんだい◆?
急に体が言うことを聞かなくなったんだけど…」

(あと、一歩だったのに…っ)

髪を強く引っ張るピエロさんに、私は唇を噛み締めた。

「聞き方を変えようか☆
さっきのは、キミの“念能力”かい◆?」


何か、何か、あの手から逃れる方法は…


「違い、ます…。あれは私の………」

そこで私はハッとした。

そうだ。
私にはこれがあったんだ。

私はニッと笑った。

背中に負った傷の痛みはもう無かった。
代わりにあるのは猛烈な眠気だけ。
でも、ここで意識を手放すわけにはいかない。


降っている雨が、とても心強い味方に思えた。



「キミの、何なんだい★?」

少し苛立ちを含ませたピエロさんに向かって、私は綺麗に微笑んで見せる。

そして一言、






「さようなら」






刹那、雨が私の髪を切り裂いた。

支えを無くした私の体はグラリと傾き、滝へと落ちていく。





―あぁ、シャル…


帰りを待っていてあげられなくて、



  
    ごめんなさい―。






重力に逆らって昇っていった水滴は、血だったのか、涙だったのか…







* *







「――…ぇ?」

ぐぁあっ、と下の方で断末魔がなる。
同時に赤く染まった右手には2つの眼球。

(今、何か聞こえたような―…)

俺は咄嗟に海の方を見た。

特に変わった様子もない青々とした綺麗な海。
昇ってきた朝日が眩しくて目を細めた。


「どうした、シャル」

「いや、なんでも。これで全部?」

「あぁ、もう生きている奴はいない」

「そ。じゃあ早く帰ろう。ルーエル待ってるだろうし」

「そうだな」

そう言って小さく笑った団長は、さっきまで殺しをしてた人には見えない。
周りを見ればみんなさっさと帰る準備をしていて。

ルーエルまだ寝てるだろうね、とか。
何かお土産でも買っていくか?なんて話してる。

血塗れで死体がゴロゴロ転がっているこの場所に似合わないなぁ、なんて思って笑った。



愛しい人を思ってもう一度、海を見た。

幸せで満たされているはずの心。
でも、なんでだろう―。




何故か、ザワッと嫌なものが胸を掠めた。






* *






――ポツ..ポツ...


「…………」

雨が止み、雲の隙間から朝日が覗いた。
雨上がりの澄んだ空気に、陽に照らされる谷。

――…ピルルル..

綺麗な鳥が谷を気持ち良さそうに飛んでいる。
こんな綺麗な場所があったんだ、なんて思いながら、ボクはただ一点をずっと見つめていた。


――“さようなら”


最後に見た彼女の顔は憎らしいくらい、綺麗に笑んでいて。
柄にもなく見惚れていた、一瞬だった。

彼女の体重を支えていた…ボクと彼女を唯一繋いでいた白金糸のような髪がバッサリと切れ、

彼女は谷底へと消えていったのだ―。



何故髪が切れたのかは分からない。
彼女の念かとも思ったが、特にオーラに変化は無かった。

見えたのは、一瞬雨がナイフのような鋭さを持ったこと。

手に残った白金色の髪に目を落とす。
それは陽の光を受け宝石のように輝いていた。

「ボクは、惜しいものを手放したのかも◆」

地面に着くほど長い髪をサッとバンジーガムで束ねる。



「さて、蜘蛛の帰りを待とうか★」

逃した果実は大きかったけど、ボクは死人に興味はないからね☆
旅団に入ってクロロとヤれればそれでいい。





―この髪を手土産に。







* *







「――な、にが…」


俺は昨日の夜から、村から少し離れた森へと修行に行っていた。
夜が明けて村へと帰ろうと森を抜けた所で、村から煙が上がっているのが見えたから急いで村へと戻ると......。

「一体…何があったんだ……?」

目の前に広がっていたのは、むせるような血の臭いと死体の山。

「父さんと母さんは……っ」

俺は自分の家へと走った。
しかしそこには、父と母だったもの。



嘘だ―…



「父さん…母さん………?」

そっと、二人に触れた。
それはビックリするほど冷たくて、思わず手を離す。


息は、していなかった―。




俺は家を飛び出した。

何がなんだか分からなくて、ただただこの状況から逃げたくて。



嘘だ。

嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ。



そうだ夢だ。

これは夢なんだ――っ




ガツっ

「―ぅあっ」


ドサッ...


何かに躓いて転けた。
それは人で、

「―ぅ...」

小さく、でも確かに呻き声を上げたんだ。

「――っ!大丈夫ですか!?何があったんですか!!?」

俺はその人に駆け寄り揺さぶった。
その人の体が仰向けになり、顔が俺の方へと向く。


「――――ひっ..!?」


全身の血が引いていくようだった。
俺の方へと向いたその顔は、

両目が空洞だったのだ―。


その人は眼球のない真っ暗な目で俺に訴え掛けた。


―――“幻影、旅団…に…緋の、目……”


それだけしか聞き取れなかった。
次の瞬間には、その人の首はがくりと項垂れ、動かなくなったから。

でも俺には――









    “ 復讐しろ ”








あの真っ暗な目がそう言っているように聞こえた―。





視界は、緋色に燃えていた。






* * *





「雨上がりの朝は空気が澄んでいて気持ちいいですね、師匠。」

「そうね、特にこの辺りは自然の多い所だし一段と空気が美味しいわさ!
そんなことより、ほら、さっさと水汲みなさい!
ちんたらしてたら倍にするわよ!」

「分かりましたよ、倍だけは勘弁して下さいっ!」


雨上がりの朝。

弟子の修行も兼ねて、私達は3日前からこの山に来ていた。
グッと上を見上げれば大きな滝の先にも木々が続いている。

――今度走り込みがてら上まで行ってみるか。

なんて考えていると、微かに香った血の匂い。
サッと円を広げて辺りを警戒すれば、滝の傍に一人。
それ以外に人の気配はない。

(倒れてる?死体かしら…)


「ウィング!」

「はーい、なんですかぁ?
水なら、この釜に、たっぷり……っ、うわっと。」

大人2人ぐらい入れる釜風呂にたっぷりと水を入れて必死に運んでいるのが、私の弟子、ウィング。
どんくさい奴だけど、なかなか飲み込みが速くて才能のある奴だわさ。

「滝の傍に人が倒れてる。
今から行くから、それ持ってついて来なさい。」

「――え!?そんな無茶な、これ何百キロあると思っ「文句言うなら往復させるわよ」…分かりました!」






よしよし、ちゃんとついて来てるわね。

スピードは…まぁ、遅いけど。
水を溢さずにっていう条件だし、まぁ、妥協点ね。

木々を抜けると滝つぼに出た。
朝日を浴びてキラキラ光るその場所は幻想的で、まるで一枚の絵画のよう。
その絵に溶け込むように、白金色の髪の少女が水辺に倒れていた。
その美しさに思わず見惚れてしまう。

(なんて綺麗な子。本当に絵画から飛び出してきたみたい)

その姿は陽の光を受け、宛ら天使のよう――。


「し、師匠…速いです、よっ!見失うかと、思い…って、師匠?
どうしたんです、ボーッとして・・・―――っ!」

隣に来たウィングが小さく息を飲むのが分かった。

「………死んでるんですか?」
「分からない、行くわよ」

釜はここに置いときなさい、と言い私は少女に近付いた。
ウィングもその後に続く。

近くで見ると、より美しさが際立った。
肩ぐらいの長さの白金糸のような髪に、陶器の様に綺麗な顔。

しかし、その周りの水はうっすらと赤く染まり、真っ白な肌は傷だらけ。
衣服も真っ赤で、酷い傷を負っているのは一目瞭然だった。

「人形みたいに綺麗な子ですね…。」

「この青白さが余計にね。……まだ息はある。
町まで下りて病院に運ぶわよ!」

「は、はい!!」

「飛ばすからね!ついて来れなきゃメニュー追加!」

「えぇぇーっ」


腕に抱えた少女を見る。
その背中には複数枚のトランプが刺さっていて。

(かなり深くまで刺さってる。相手は相当な念能力者ね。だけど......)

うっすらとだが少女の体を包んでいるオーラを見て、私は目を細めた。

(この子も、念は使えるみたいね。だけど、この違和感はなにかしら?
この子を包んでいるオーラは、念であって念じゃない......?)

まるでこの少女を守るかのように全身を包み込んでいるオーラは、少女がこれだけ瀕死の状態にも関わらず力強く流れている。

まったく...



――また弟子が増えるわさ。




小さくため息を吐き、後ろから必死について来ている弟子を想い小さく笑った。






* * *









それぞれの物語が今、別々に動き出す―――。










        

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