芽生え始めた恋心
side:シャルナーク
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「ただいまー!」
約2週間ぶりのホーム。
少し声を大きめにして帰宅の挨拶を言えば、
「おかえり!シャル!!」
と、鈴がなるような可愛い声が返ってくる。
――あぁ、良かった。
変わらずに君がここにいた事に、安堵した。
第4楽章 −芽生え始めた恋心−
「ただいま、ルーエル。」
「おかえり、マチ!」
「フェイに泣かされなかったか?」
「大丈夫だよ、フィン!本を読んでもらったの!」
マチとフィンクスも久しぶりのルーエルに癒されてるみたい。
これがあの幻影旅団?って言いたくなるくらい緩んだ二人の顔ったら。
それにしても…
フィンクスの奴、いつの間に「フィン」なんて呼ばせてるんだよ。
「ルーエル。」
団長の声に、マチとフィンクスはルーエルから離れた。
「クロロだ!」
満面の笑みを浮かべて団長の名前を呼ぶルーエルに、団長はびっくりするくらい優しく笑う。
「いい子にしていたか?」
「うーん…フェイタンにいっぱい助けてもらっちゃった。
私、すぐ転けるし、寝ちゃうから。」
「ははっ、そうか。フェイタンはちゃんとルーエルの面倒を見てたんだな。」
ルーエルの頭を撫でながら、団長は視線を奥へと向けた。
「…。団長命令は絶対よ。」
ふいっとそっぽを向いたフェイに、俺は内心笑った。
――素直じゃないなぁ、フェイは。
今まででは考えられなかったフェイの行動に、改めてルーエルが俺達に与える影響は大きいんだな、と実感する。
「さ、今日は久しぶりに皆揃ってご飯だね!」
俺が手を叩いて空気を変えれば、各自準備に取り掛かった。
ルーエルの手を引くのは、もちろん俺!
* *
――コンコン
「団長、ルーエルの目の事なんだけどさ。」
夜、俺は確かめたい事があったから団長の部屋をたずねた。
「入れ。」
――ガチャ
中は相変わらず本だらけの質素な部屋。
「今度は何の本読んでるの?」
ベッドに腰掛け、綺麗に装飾された本に目を向けている団長に問いかければ、
【塔の上のラプンツェル】
て返ってきた。
「団長が童話?珍しいね。」
「まぁな。ルーエルが食事の時にフェイタンに読み聞かせてもらった、と話していたから気になって読んでみた。」
パタン―と本を閉じる団長。
「昔盗んで読んだきりすっかり忘れていたが、改めて読んでみるとなかなかに面白い。
今の俺達とルーエルの境遇に似た話だ。」
「へぇ、どんな内容なの?」
「簡単に言えば、
【塔の上に閉じ込められたお姫様を盗賊の男がかっさらって行き、姫と男は困難を乗り越えた末に結ばれる】
そんな感じだ。」
「ふーん。最後の部分を除けば、正に今の俺達だね」
俺達の誰かとルーエルが恋に落ちる――?
あり得ないよ。
一瞬ドキッと跳ねた心臓に気付かないフリをして、俺は団長に本題を投げ掛けた。
「例の念能力者とはいつ接触するつもり?」
「居場所は分かってるんだろ?
だったら明日にでも行こうかと思っている。」
「そっか、だったら丁度良かった!
実は前からそいつと交渉しててさ、ルーエルがどういう念に掛けられてるか、とか、どういう風に治せるのか、とかを詳しく、ね。」
「ほぅ。なかなか仕事が早いな、シャル」
ニヤリと笑った団長に、何だか気恥ずかしくなった俺は、
--別に…成り行きだよ。ルーエルの為に急いでるわけじゃない。
なんて言っちゃった。
これじゃあ、まるで「はい、そうです」って言ってるようなものじゃないか。
内心溜め息を吐いた。
「そいつは除念師じゃないんだって。
あくまで、念で目を見えるようにするみたい。」
「どういう原理なんだ?」
「基本は一般に目が見えなくなった人の治療として使ってるらしいんだけど。
メガネに念を込めることによって、メガネを掛けてる間は強制的に“凝”の状態になるんだって。」
「なるほどな。だが、一般人に念能力を当てて平気なのか?
精巧が開いてない奴に念は、下手をすれば死ぬだろ。」
「俺もそれが疑問だったんだよね。
で、聞いてみたんだけど、一般人を死なせない為の“制約と誓約”を付けたんだって。
内容は教えてもらえなかったけど多分、
〔悪意を持って念を使った場合、死ぬ〕
とか、そんな感じじゃないかな?」
「とんだお人好しだな、そいつは。」
「俺もそう思う。」
そう考えたら、ルーエルの視力を奪ったあの女も、一般人を死なせない為の制約は付けたんだろうな。
〔命は奪えない〕
とかね。
「で、強制的に“凝”の状態になるって事は、オーラとかも見えちゃうのかな?って思ってそれも聞いたんだけど。
元々ない視力を見えるようにするだけでも難しいから、さすがにオーラが見えるまでに視力は上がらないんだって。」
「なるほど。だがルーエルは条件が違う。
あいつは念によって視力が奪われたからな。
その場合どうなるんだ?」
「ルーエルの場合、目に掛けられたオーラを糧に“凝”の状態に持って行くんだって。」
「そいつがメガネに込めた念が、女の念を喰うって事か?」
「うん、そんな感じ。」
「そんなことも出来るのか。なかなか便利な能力だな。」
「盗もう、とか考えてる?」
「まさか。視力にしか使えないんだろ?
あと誓約が重すぎる。割に合わない。
今後、眼科の先生になる予定もないしな。」
「ごもっとも。」
ははっと笑いながらが、俺は小さな紙を団長に渡した。
「男の名前と住所。
他人の念を喰う念、ってのは初の試みなんだって。だから、時間が掛かると思うって言ってた。
一応2週間くらい前に連絡は取ってたんだけど、1ヶ月は掛かるんじゃないかなぁ。」
「そうか。」
「どうする?
完成したら連絡して、とは言ってあるけど、早めに合流して力貸してもいいし。」
「いや、念の開発は他人が関与するより自分で構築した方がやりやすいだろう。」
「まぁ、それもそうか。じゃあ、連絡を待つとして――」
〜〜♪
「ぁ、電話だ。団長、ちょっとごめん。
はい、ぁ、お世話になります。ぇ、もう出来たんですか?いえ、2週間なんて早いものです!ありがとうございます!これで妹に世界を見せてやれます。はい、はい、明日お伺いしても?分かりました。では明日お伺いします。お金の方はそちらのいい値で大丈夫です。はい、はい、本当にありがとうございました。それでは、また明日。よろしくお願いします。」
――ピッ。
「だってさ、団長。」
ニヤリと笑って言えば、
「その話し方、似合わないぞ。」
と、同じ様に笑って、団長は立ち上がった。
「髪下ろしてる時の団長に比べたらマシだよ。」
「はは、間違いないな。」
「俺達だけで行く?」
「いや、俺一人で行く。」
「え?」
団長の言葉に俺は目を丸くした。
まぁ、物を引き取るだけだし一人でもいいんだけど…。
てっきり二人で行くのかと思ってた。
「ずっとルーエルと離れていたんだ。シャルは傍にいてやれ。」
「いや、だったら団長の方がいいんじゃない?」
「俺はルーエルの教育係じゃないからな。
それに、“お前が”傍にいたいだろう?」
「――――!」
…。
なんだかなぁ。
「バレバレ?」
「あぁ。」
「でも、団長も同じ気持ちでしょ?」
「いや、俺のは親心だ。」
「俺だってそうだよ。」
「…………。」
「なんで黙るのさ。」
「いや、いずれ分かるさ。」
「なにそれ?」
顔をしかめる俺に、団長はいつもの様に笑って「ルーエルを頼んだ。」だってさ。
部屋を出ていく団長の背中を見送りながら、どこかモヤモヤした気持ちが胸に渦巻く。
「別に――…恋とかじゃないし。」
ポツリと呟いた言葉は誰に届くでもなく、自分の胸にじんわりと染み込んだ。
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