優しく包み込む灯のように




新しく淹れられた紅茶がカップから湯気を立てている。

外を見ると、ほんのりオレンジ掛かっていて、それを呑み込むように紺が広がり始めていた。
















少し薄暗くなった部屋に、ふわり――と明かりが灯る。

「ありがとう、エレフ。」

電気のスイッチに手を掛けているエレフにレミィはお礼を言うと、俺達に改めて向き直った。


「言霊に関してはこんな感じさ。
…もう一つ、言霊以外にルーエル=シャンテが使える魔法がある。それが水の系統魔法。」

「水を操れるって事かい?」

「簡単に言えばそうかな。言霊ってのは言わば特異体質だからね。
瞳に宿った色、つまり基盤の系統は使えるって事らしいんだ。」

「それも文献に書いてあったのか?」

「あぁ。ルーエル=シャンテの瞳は空色だから恐らくは水、あるいは風か、又はその両方か、だね。」

「両方とか有り得んのかよ。」

フィンクスが胡散臭いものでも見るかの様な視線を向ける。
レミィは冗談の様に笑い、さぁね、と言った。


「特異体質の子が何を持ってるかなんて予測不可能なのさ。
私達の常識なんて通用しない。

ただ、確実に言える事が一つある。
私達魔属全員に共通する事だ。

それは、

―――自然の中で生活する事。


さっきも言ったけど、私達の力は自然なしでは成り立たない。
自然と触れ合うことで、自分の中で自然との共鳴を感じ取って行くことが大事なんだよ。

魔法は習うものじゃない。
自分自身が感じ取って生み出していくものなのさ。」


エレフもそうだったろ?とレミィが笑うと、エレフは小さく頷き、レミィの隣に座った。


「もっと小さかった時、木登りをして遊んでたら木の声が聞こえたんだ。

『“La welf sra-ラ ウェルフ サラ-”
 この呪文を君に捧げよう。』

呪文を復唱したら、ふわりって何かが自分の中に入ってくる感じがして…
それから草花の声が聞こえたり、少しずつ木々を操れるようになったんだ。」


木造のテーブルに手を置き、目を閉じたエレフ。
すると、エレフの手元が光りテーブルから細い蔓がひゅるりと伸び、先に花を咲かせた。

「へへ、こんな感じ!」

どうだ!と団長を見るエレフに思わず笑みが溢れた。

「ほぅ、なかなか面白いな。
だが今のお前じゃまだ俺には勝てない。」

挑発気味に、にやりと笑った団長にエレフはムキーッと怒り、「修行してくる!」と家を出ていってしまった。


「おやおや、珍しい。」

修行なんて滅多にしたがらないのに、とレミィは笑いながら窓の外を見ている。
俺はジト目で団長を見ながら、

「さすがに大人げないんじゃない?」

「強くなるための燃料は必要だろ?」

「……負けず嫌いなんだから、全く。」

思わず溜め息を吐いた。


―――子供っぽいよ、団長。





「レミィ、もう一つ聞きたい事がある。」

さっきの表情とは一変、真剣な顔付きになった団長。

「レミィは念を知っている様だから聞くが、お前達も念は使えるのか?」


団長の言葉に、レミィは少し思案した後、

「あぁ、使えるよ。魔法はいわば体質みたいなものだからね。」

と答えた。


「なるほど。精巧の開き方や鍛錬も一般的なやり方で大丈夫なのか?」

「あぁ、大丈夫だ。
念ってのは生命エネルギーなんだろ?
体内で念と魔法が反発しあう事はないから安心して大丈夫だよ。」

「そうか、それを聞いて安心した。」

ふっと息を吐くと、団長はカップを口へ運んだ。






* *






「色々話が聞けてよかった。礼を言う」

「いや、こちらこそルーエル=シャンテの話が聞けてよかった。
生きていたなら、安心したよ。」


日もすっかり落ちきった頃。
俺達は浜辺に停めてある船に戻った。


「これ、渡しておくよ。」

そう言ってレミィは一枚の紙を団長に渡した。

「あたしの番号だ。
魔法について分からない事とか、育児の相談ならいつでも聞くよ。」

悪戯に笑いながら、ポンっと団長の肩に手を置く。


「ルーエル=シャンテを頼んだよ。」


―――面識は無くとも、私達の仲間には違いないんだからさ。





どこまでも広く、暖かい人だと思った。




「ほら、エレフも挨拶しな。」

ポンっとレミィに背中を押され前に出るエレフ。

「……。」

ムスっとしたまま何も言わない。


「おい、餓鬼。」

団長がエレフを呼んだ。


「餓鬼じゃない!エレフだ!!」

「俺より強くなったら名前で呼んでる。」

「―――!」



目を見開くエレフ。
その表情は次第に凛々しくなり、


「なる。

絶対に強くなって、お前をぎゃふんと言わせてやるからな!」


思いっきり団長に啖呵を切った。
団長はそんなエレフに満足したように笑い、

「楽しみにしている。」

とだけ言い、船に向かった。
団長に続き、マチとフィンクスも軽く挨拶を交わし船の中に入って行く。


「団長、キミの事相当気に入ったみたいだね。」

珍しい事もあるもんだ、と俺はエレフに笑い掛けた。
そしてポケットから一枚の紙を取り出しエレフに渡す。

「これ、俺の番号ね。
キミが強くなって外の世界に出てきたら、いつでも掛けておいでよ。」

エレフは俺から紙を受けとると、きゅっと握りポケットに仕舞った。


レミィにも渡しておくね。と、同じものをレミィに渡す。

「団長より俺の方が連絡つきやすいと思うから。」

「そりゃ助かるよ。ありがとう。」



……。


「レミィはさ…。」

「ん?」


ひとつだけ。

聞きたいことがあった。


「すごく暖かくて、包み込んでくれる感じがする。」

「そりゃ、母親だからね。子を持てば自然とそうなるのさ。」

「俺も、ルーエルにとってそんな存在になれるかな…。
 暖かく、ルーエルを包み込んであげられると思う?」


流星街で育った俺は、親なんていなかった。
大人から注がれる愛なんてもっての他。

だからこそ、そんな俺がルーエルに愛情を注げるのかが不安だった。

どう接していけばいいのか。
どう愛情を注げばいいのか。


エレフを見るレミィの暖かい目が印象的だった。



こんな風にルーエルを見つめたい。

ルーエルを包んであげたい、って――。



「もう、なってるんじゃないか?」

「―――え?」


レミィを見れば、とても優しい顔をしていて。



「アンタがルーエル=シャンテの名前を呼ぶ時、とても優しい目をしてる。

血の繋がりがなくたって愛情はいくらでも注いであげられるものだよ。
アンタがルーエル=シャンテを大切に、愛しく想う気持ちを惜しみなく注いであげればいいと、私は思うけどな。」


その言葉に、不安だった気持ちがすーっと引いていく気がした。


「伝わるかな、ルーエルに。」

「伝わるさ。」


いつの間にか俺も笑顔になっていて。


「そっか。ありがとう、レミィ。」


またね、と俺はエレフとレミィに手を振って船に向かった。







「ただ、アンタの場合は“親心”、じゃないだろうけどね。」


クスリと笑ったレミィの声は、誰に届くこともなく風に溶けた。

そしてその傍らには遠ざかる船を決意の目で見つめる少年。





―――この少年が外の世界に飛び立つのは、また別のお話。








3 end

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