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「死なねーもん、そいつら」

 仲間が襲われているのに関わらず傍観を決め込んでいた三蔵に向けた朱泱の挑発をたったその一言で片付けた。そして「そりゃそーだ」鼻で笑う悟浄。本来僧侶の仕事である経すらあげなさそうだと八戒も笑った。いつもどおりの彼ららしいやりとりだった。

 ああ、この男にしてあの3人ありだな。

 またぶり返してきた頭痛を抱えながら双蓮は壁に寄りかかりながら短く笑った。誰も気付かなかったが、水櫁もまた密かに笑っていた。まるで自分たちのようだと。ちぐはぐだらけだからこそこの4人と2人は6人になった。お互いの欠陥を補うような立派なものではない。それではだめなのだ。

 守らなくていいものが欲しい。

 どんなに願ったところで自分は己のことで手一杯なのだ。であれば、欲するものは決まっている。
三蔵は目の前の見苦しい茶番に終止符を打つ。

「――おい」

 高みの見物をしていたところから雨の中へ踏み出したとき、三蔵のやろうとしていることに双蓮は誰よりも早く気づいた。
 三蔵を庇うつもりはさらさらないが、朱泱がこうなってしまった原因はこの世の何もかも知ったようで知らなかった無知な自分にもその責任がある。すべて自分の責任だ、自分の落とし前は自分でつけると思い込んでいるのが気に食わなかった。
 しかし三蔵はそんな双蓮の考えなど容易く見抜いていて、彼女にだけ聞こえる声で「てめぇは黙ってろ」と身を引けと先に袖を振っていた。

「下手な義理立てはやめろよ。奴を呪符から解放する術はたったひとつだ」

 答えは実に単純明快。それは全員が最初からわかっていたことだった。
 しかし悟空はそんな結末はダメだと荒らげた声は雨音をかき消すほどに。

「今はあんなだけど、あいつおまえの仲間だったんだろ!?」

 いままでずっと、500年という途方もない時の中ひとりぼっちだった悟空の言葉の重みを誰が本当の意味で理解できようか。

「……悟空」

彼を連れ出した張本人である三蔵はこの中では誰よりも知っていた。しかし自分と彼は違う。違うのだ。どこまでも彼らは他人でしかない。
だが悟空は諦めない。銃を握る三蔵の手を離さず、なおも説得を試みる。どんな理由があっても仲間を殺すなんて悟空には信じられない、あってはならないことである。
食い下がる悟空を三蔵はただただ見下ろしていたが、事態は急変する。

「――江流!!」

 双蓮が叫ぶ。
 悟空ばかりに向けていた視線が禍々しい気配に反射してそちらを向く。
 朱泱が、否、六道は背後がガラ空きの悟空に向かって錫杖を振りかぶって――三蔵と双蓮にあの忌まわしき惨劇のフラッシュバックを引き起こす。
ただ三蔵だけは違った。

――ああ、胸クソ悪ィな……

 頭を打った悟空が起き上がった時、まるでスポットライトのように照らす稲光の元、大きい金の瞳がさらに見開かれる。それは悟浄、八戒、水櫁、そして誰よりも双蓮が己が目を疑った。

「さんぞ……?」

 ぐったりと横たわる三蔵の腹には深々と六道の錫杖が刺さっていた。雨で流される血の赤はとどまるところを知らずその領域を広げていく。

「三蔵!!」
「江流!!」

 わずかな力を振り絞って刺さった錫杖を抜けば、溜まっていた血が音を立てて落ちた。
 悟空が何度も三蔵の名前を連呼する。悟浄は何故柄でもなくかばったのかを悲痛な声で批判した。しかし悟浄の問いに三蔵は答えを口にすることはできなかった。
 雨の中飛び出した双蓮はただ何もできず言えず呆然と地に伏せる三蔵を見下ろすしかなかった。何が起きたのかわからない。
 呆然としているのは刺した六道も同じだった。彼は確かに悟空を狙ったはずだった。しかし直前でふたりの立ち位置が入れ替わった。悟空を守るようにして両腕を伸ばし、六道と対した三蔵の表情が六道の脳裏から彼の意識を離さない。呪いの痛みとは別の何かが六道の心臓を貫いた。
 止む気配のない雨。本来人々を導くはずの錫杖はあってはいけない血が雨に流れるもその罪は消えない。

「三蔵! 三蔵ぉっ!」
「動かしちゃだめです悟空!!」

 悟空が叫び、八戒が止める。その中で双蓮と六道は雨に打たれるがまま。心臓が早鐘を打つ。ふたりとも動かない三蔵を見ているが焦点が合わず、雨の膜も相まってぼんやりとまるで悪い夢を見ているようだった。

 なんで。

 重なる光景。

 なんで、そんなことをした。

 あの時もこんなふうに雨が降っていた。

 アンタはそんなことする柄じゃないだろ。

 立ち尽くす。

また目の前で誰かが死んでいくのをのうのうと見るだけなのか?
 
 雨音が心臓とともに激しく耳に打つ。

――あの頃となにも変わっていない。

「六道貴様ァァッ!!」

 六道が三蔵を侮辱するのとほぼ同時に双蓮が獣のように六道の名前を叫び、迷うことなく銃を向けた。もう本当にあの朱泱はいないのだと双蓮は引き金にかけた指を動かそうとした瞬間、何かが弾ける音が響いた。
反射的に音源を見ると、金色に輝いていた悟空の妖力制御装置が粉々に割れていた。
一瞬にして広がる妖気はいままでに感じたことのないほど濃く、にここにいる誰もがその重圧押しつぶされそうになる。

「うあ、あぁ、あ、あ!!」

 悟空を止めようとした悟浄が逆に八戒に止められる。
 整わない息のなか、悟空の体が本来の姿を取り戻そうとする。
 伸びる耳、爪、そして髪。

――膨大な妖力が爆発する。

 カッと光った雷鳴が雲の緞帳を裂く。雷光に照らされた悟空は金色に輝く瞳をもって恐怖よりいっそ神々しさを感じさせる。何人たりとも寄せ付けない圧倒的存在。

「……ごくう?」

 大地のオーラが集結し、巨石に宿った異端なる生命体。呪縛から解き放たれた真の姿こそ、

「斉天大聖孫悟空……」

 水櫁は畏怖とともに無意識のうちに自分の体を抱きしめた。
 はじめて見る悟空の姿に双蓮は銃を握っていた手をだらりと落とし、水櫁とともにどうすることも、呼吸さえ忘れ魅入られてしまった。

「ははッ」と雨音にかき消されそうな声で六道が嗤う。

「――それが貴様の真の姿か!! やはり化け物は貴様らの様だな!!」

 斉天大聖を前にそれが皮肉とただの強がりだと六道自身が一番わかっていたが、もう止まらなかった。
 しかし次の瞬間、離れていたはずの悟空が目の前に現れたかと思うと、地面に叩きつけられていた。
 あれほ4人がかりで手こずった相手をたった一撃で地に伏せる。あまりの速さに悟浄と水櫁にほとばしる恐怖。
 六道は馬乗りになる悟空を引き剥がそうと両手を掴んだ。あんなに厄介だったはずの呪いに悟空は軽く笑うだけでほとんど効力をなしていない。しかしその隙をついて陸道は悟空の鳩尾に蹴りを入れることで引き剥がすことに成功した。ただし飛ばされただけでまたすぐに六道に襲いかかる。札で止めようとするもそれは悟空に張り付く前に青紫の小さな炎となって消えた。

「あの札を纏う妖力だけで焼き切るなんて……」

 なんて強さだと水櫁が唾を飲んだ。
 札が効かないと惑った六道の隙に今度は悟空が攻める。妖気を纏い威力が増した一撃が六道を軽々と吹っ飛ばした。立ち上がることもできない彼を見下ろすと、悟空の口がおもむろに弧を描く。
 再び馬乗りになると、抵抗らしい抵抗もできない六道を悟空はひたすら殴り続けた。
 初めて見る双蓮と水櫁はもちろん、三蔵から話を聞いていた悟浄でさえ、ただ六道が痛めつけられているのを止められずにいた。

「三人とも、感心してる場合じゃないですよ」
「八戒」
「まだ息があるんです! 雨に体温を奪われている。出血だけでも止めなきゃ……!」

 血は以前流れ続け、体は雨で完全に冷え切ってしまっている。しかし三蔵はまだ生きている。

「僕が気功で傷口を塞ぎます。急所をはずしてるだけまだマシかも」

 そう言って八海は右手に意識を全集中させる。雨の灰色の世界に淡い緑色の光が現れ、そっと三蔵の傷口を癒していく。それが功を奏し、三蔵の息が少し吹き返した。。

「八戒、少し肩を。自分の気を送ります。ないよりマシなはずです」

 両肩に手を添えると水櫁も神経を研ぎ澄まし、八戒の体を通じて彼の手助けをする。

「――三蔵は僕と水櫁が何とかします。悟浄と双蓮は悟空を止めてください」
「ちょっと待て! あれを相手にどうしろと!?」
「僕だって知りません。三蔵でないと……――でも今の悟空は明らかに正気を失っています。このままではあまりに強大な己が妖力を抑えきれずに全てを破壊するまで暴走を続けてしまう……!!」

 解決策がないというのにどうしろというんだと双蓮は盛大に舌打ちをし、悟浄も雨で濡れて重くなった前髪を掻きあげた。しかし八戒の言うとおりこのままではそれこそ止められなくなる。
 そうこうしているうちに悟空が六道の左肩を食いちぎり、悲鳴があがる。
 危機に瀕した六道を守るように彼が下げていた赤い数珠が突如光りだした。鮮烈な光は悟空を退る。数珠の光にくらんだ好きに六道はすぐさま退避の札を放つ。

「逃げやがった……!?」
「待て六道ッ!!」
「――逃げはせん!! 覚えていろ。必ずや戻ってくる。そのときは貴様らを、貴様ら妖怪全てをこの呪符の肥やしにしてくれるわ!!」

 そう言い残して六道の気配は完全に消え去った。

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