可愛いは天敵

※肝心の緋子(ヒロイン)はいません。


「村上先輩、ちょっと相談に乗ってくれませんか」
 
 そう佐鳥が話しかけてきたのは村上が荒船と、彼の理想である完璧万能手について話し合っている時だった。
 ぬうっと現れた佐鳥は広報ではじけるような笑顔とは思えぬほど衰弱していた。まるで別人のよう。
 佐鳥の不調にも驚いたが、それよりも村上に相談を持ちかけてきたことに村上と荒船は大きくなった目で彼を見つめた。
 
「……俺にか?」
  
 荒船なら同じポジション、そしてそこでは先輩に当たる彼には、幅広い意見がほしいと以前から交流があった。しかし村上は違う。畑違いにもほどがある。

「はい……」
 
 それでも佐鳥は村上にお願いしますと頭を下げた。普段(一部除く)あまり表情が出ない村上は眉を寄せ、考える。そこで真っ先に思い浮かんだのは彼の隊長。彼ならどうするかと考えた時、村上の答えはすぐに決まった。
 
「……俺でいいなら」
「ありがとうございます……!」
「荒船も別にいいよな?」
「ああ」
 
 荒船の同意も得ることができたので、佐鳥は彼の隣に座った。目線がほぼ同じになったところで佐鳥の顔が思っていたよりずっと暗く沈んでいるのが見て取れる。村上は深刻に息を呑み、恐る恐るわけを聞いた。
 それを聞いて隣の荒船は微塵も隠す気もなく深く眉を寄せた。ゲロッと吐きそうになったが、それはなんとか胸の内にとどめることに成功した。
 
「緋子先輩が何かにつけて俺のこと可愛いとしかいわないんです……!」
 
 そして荒船は何故佐鳥が村上を選んだかすぐに察した。ずるっとバランスが崩れる。持ち前の運動神経の良さで立ち直ると目と心が遠くなった。
 村上は緋子の大のお気に入りだ。
 何かにつけて本部になかなかの頻度でいる緋子は何かにつけて村上に言い寄ってくる。主に物理的に。はぁはぁと荒く興奮した息にとろけそうな目でそれはもう警察に突き出してもいい見事な変態っぷりである。
 ちなみに荒船も緋子の毒牙にかかったことがあるが、「ぽかりのほうが断然いい」と冷めた目で彼の自尊心を踏みにじった。「ふざけんじゃねえぞ!!」とセクハラよりもそれこそ男の自尊心に激怒した。それからというもの荒船も穂刈とともに実体のトレーニングを本気でやり始めたとか。
 ちなみに彼女の名誉のために弁明するが、村上本人はもう慣れ、彼女なりのコミュニケーションのひとつだと子犬がじゃらつくような感じであやしている。それとそこに村上への好意はあれど、どこまでも友人としてのそれしかない。
 
「……なるほど」
 
「いやなるほどじゃねえよ!」と突っ込みたかった。
 佐鳥の悲痛さに荒船はろくなことにならないと離脱したかった。しかし彼の敬愛する隊長に感化された村上をこのまま放っておけば間違いなくこれ以上の惨劇を見ることになろう。
 せめて時枝がいれば……とラウンジの白い天井を白い目で見上げた。

「何があってそう言われたんだ?」
「実はあるテレビ番組の真似をしてたんです」とポツリ。

「俺たちは近界民から市民を守ると広報部隊として同時に市民から1番市民と誰よりも近い存在です。それで常にその状況にあった対応が求められるわけなんですよ」
「そうだな……」
 
 労いを持って村上が言う。
 彼らはボーダーの顔として、彼らを見ない日は1度もない。隊員募集や避難喚起のポスター、ラジオだったり地元の番組。イベントもことあることに参加している。地域密着部隊。それらの中でアドリブも多く振られる。
 
「その練習を兼ねてやってみたんですけど……」
 
 佐鳥としてはその一連のパフォーマンスに関して、オチ要員にされることに対して微塵にも不満や惨めさを感じたことはこれっぽっちもない。隊長の嵐山の底抜けた明るさーーと聞こえはいいが、ある意味一般人の思考を超越した、人によっては寒気がよだつかもしれないーーを時枝とは違う方面でフォローには最適と言えよう。広報部にふさわしい。

「えっと、セクシーサンキューってやつか?」
「そう! それです!」
「なるほど。読めた」
「そういうことか」と村上も察した。
 
 何故村上が選ばれたか。それはもちろん佐鳥が一番だと思っているからだ。それなら同学年で、ボーダー屈指の人気を持つ烏丸がいるだろうと指摘するもバイトでバイトで相談する時間が全くないと返された。
 きっとその些細な遊びの中、嵐山と時枝に黄色い声が上がり、佐鳥には「指を刺さないでください」と最年少の彼女に厳しく言われたのだろう。
 
「まあそんなことだろうと思ってましたし、すっごい盛り上がったんですよ」とちょっと自慢げ。
「それはそれでいいんじゃないのか」
「村上先輩の言う通り嵐山隊では、市民の前ではそれが最適解です。だ、け、れ、ど!」
 
 ばんと机を叩いて立ち上がる。その音に周囲の視線をまるっともらったが、そんなことはどうでもいい。佐鳥の熱弁は更に盛り上がる。

「緋子先輩はそれを"可愛い"と言ったんです!!」
「……はぁ」
「それはもうこの上なく優しい声で! そんなの……そんなのはちょっと酷くないですか!?」
 
 おっと別の意味で雲行きが怪しくなってきたぞと荒船が飲み込む。しかし村上はいつもの表情を崩さない。ただ黙って聞いていた。

「確かに俺は嵐山隊のマスコットキャラクター的な立ち位置にいます。でもやっぱり恋人の前ではかっこよくいたい。それを"可愛い"なんて!!」
 
「俺なにか間違ってます!?」と真っ赤な顔で訴えた。
 すると村上が立ち上がると、彼の手を取り、うんうんと頷いた。
 
「わかる。俺も来馬先輩や太一、今たちの前ではそうありたい。泣き虫な俺を受け入れてくれた。そんなみっともないところを先輩達は……!」
「ですよね! わかってくださいますか!!」
 
 佐鳥が半ば泣きながら村上の手を握り返した。
 荒船もそう思わなくもない。だが、2人はその度を遥かに上回るもはや別次元で意気投合している。
 2人の話はどんどんエスカレードしていき、佐鳥なぞほとんどが惚気に変わっていく。
 
「誰か助けてくれ……」
 
 ちなみにかっこよさの中に自分が含まれていないことに地味に傷ついたりしている荒船であった。
|
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -