鏡よ、鏡よ、鏡さん

※『狙撃手佐鳥賢の誕生』の緋子視点の話になるので先に前作を読むことをおすすめします。


 その子を初めて見たのは入隊式のとき。まだ広報部隊もなかったから入隊指導(オリエンテーション)は旧ボーダー組が担当していた。攻撃手は伊吹さんと紗世さん、狙撃手はもちろん東さん。銃手兼射手はあたしと碧子が担当することになっていた。その少し前から碧子は自分のある異変に気づいていたが、あたしたちはまだ何も知らなかった。まあその話は置いておくとして。
 忍田さんの挨拶が終わったあと、訓練生がそれぞれ希望するポジションのもとへついて行く。東さんのもとに集まるのはごくわずかで、そのうちの一人だった。ぱっとした特徴的ではなかったけど、東さんについていく後ろ姿はほかの子達よりもなにか違って見えた。具体的になにかと言われるとうまく言葉にできない。でもぴんと伸びた背筋から「オレはここ!」みたいな強い意思を感じたのを覚えている。
 それからしばらくしたあとのこと。

「あいつはいい狙撃手になれる」

 たまたまラウンジで一緒になった東さんがそんなことを言い出した。
 いきなり何のことを言われてるのかわからなくて奢ったもらった缶のプルタブを引く手が止まり、思いっきり首をかしげる。ところが傾げた左肩にスイッチがあったように『あいつ』が誰か直感的にわかった。

「この間入隊してきたあの子ですか?」

 当然名前なんか知らない。けれど、東さんはあたしがその子だとわかっているようで「ああ」と頷いた。
 名前は佐鳥賢というらしい。クラスにひとりかふたりはいるお調子者タイプ。個人的に華を好む子は攻撃手で前線に出てガンガン攻めるか、あたしみたいにズドドドと銃を撃ち込む銃手に行くかと思ていた。
 口には出さない――東さんの手前でもある――が、はっきりいって狙撃手は地味だ。不意を突いて一撃で仕留めるというかっこよさ、驚異はあるけど、それはどちらかというと大人向けというべきか。東さんから聞く人物像と狙撃手との相性がどうにも上手く結びつかない。もしかしたらもとからそういう憧れがあったのかもしれないなんと考えてみた。

「でも東さんが言うならそうなんでしょうね」
「なんで狙撃手を選んだんだ? と聞いたら『一番広い範囲で人を助けられるから』と言ったんだ」

 その答えにあたしは入隊指導のときに感じたものの正体だと思った。そしてその意気込みに自然と笑みがこぼれた。

「……それは楽しみですね」
「ああ。だからよかったら伊鈴も気をかけてやってくれ」
「え?」

 なんであたしが? 純粋で当然な疑問。ポジションが違うし、伊吹さんと違って狙撃手については本当にさっぱりだ。

「あ、もしかして東さん、あたしのこと狙撃手に誘ってます?」

 そういうと東さんの虚をついたのか、細めの目がぐっと開いてそれから肩を震わせながら笑われた。

「そうじゃない。ただ、何となく伊鈴が力になってくれそうだと思ってな」 
「東さんにしてははっきりしないものいいですね。……わかった! 迅さんに何か言われたとか!」
「迅には何も言われてない」
「ええ……うーん、ますますわからないんですけど」
「わからなくていいさ。ただちょっと気にかけてやるだけでいいんだ」
「そう言われても彼とはまったく面識ないですし、そもそもこの広い本部ですれ違うこともないと思うんですけど……」

 だれかの面倒を見るのは嫌いじゃないし、むしろ好きだ。それに後進の育成もあたしたちの仕事でもある。
 でもやっぱり彼との接点を考えると「はいわかりました!」とは言えない。迅さんと違って東さんも色々読めない人のひとりだし。かといってこの裏に何か黒い思惑なんてものは見えない。たぶんこれは純粋に佐鳥という子を気にかけているのだ。

「ま、あたしにできることがあるかわかりませんけど。それでいいなら」
「頼りにしてるぞ」

 ぽんと肩を叩かれた。もしこの様子を碧子に見られていたらきっと3日は口を聞いてくれないだろうなとふと思った。



 例のやりとりからあたしは自然と碧子に連れ立って狙撃場にこっそり覗くようになった。
 マイナーかつまだ足場が不安定なポジションとして入隊指導でついていった子達の何人かは姿を消していた。その中でも佐鳥くんはそこにいて、いまも東さんの指導を受けている。素人目ながら確かに彼はこの中では光るものを持っているように見えた。この間ラウンジで別のポジションの子だと思われるおかっぱ頭のことしゃべっているときの陽気な印象は見る影もない。鷹の目のように鋭い目つきでスコープを覗いていた。ラウンジで見た横顔といま的を狙っている横顔がとても同一人物とは思えなくて、きゅっと心臓が反応した。

「お姉ちゃん?」

 様子がおかしいとすぐに気づいた碧子が別の子を指導し始めた東さんからあたしに切り替わる。あたしはいま感じたことを何だか素直に言えなくて「やっぱり東さんはかっこいいね」と誤魔化した。その言葉を受けてぱぁっと碧子の表情が明るい朱色に染まるのを見て、ああああああやっぱあたしの妹が一番可愛い!! と抱きしめた。ちなみに秒で突き放されて、「なんか心配して損した」とすぐにまた東さんをみてうっとりしていた。お姉ちゃんは悲しいよ。



 しばらくしてとうとうそのときはやってきた。
 ついに佐鳥くんは模擬戦――といっても彼らの身内だけ――デビューを果たした。そしてそれは彼にとても深く大きい傷を残して終わった。
 リアルタイムでその模擬戦をこっそり観戦していたあたしは、佐鳥くんには悪いが、こうなることが始まる前からやすやすと想像できてしまっていた。
 練習と実戦のギャップ。銃手・射手にも言えることだけど、訓練でいくら動く的を当てれるようになってもいざ実戦となるとまるで違う。これは経験談。
 模擬戦が終わったあと、これまたこっそり彼の様子を見た。模擬戦相手のみんなと楽しく談笑してるように見えたが、光の反射のおかげか彼の目にうっすらと涙の膜ができているのを目ざとく見つけてしまった。佐鳥くんは彼らと別れを告げたあと、最初は普通に、次第に早足、やがて走り出すように本部の奥へ奥へと走り去ってしまった。
 あたしはそれを最近開発されたというステルストリガーを使ってこっそりそのあとを追った。彼が逃げ込んだのは本当にひと気のない資料室だった。さすがに相手から見えないからといってそれ以上踏み込むことはしなかった。
 扉を背にして考える。
 あたしと彼はまったくの赤の他人。
 そう、赤の他人というのにどうしてあたしはこんなにも彼のことを気にかけているのだろ。東さんに言われたからというのもあるかもしれないが、あたしが妹以外でこんなにも誰かのことを見ることなんてなかった。
 ちらりと扉の向こうを見て静かにその場を離れた。



 それから佐鳥くんの射撃には粗が目立つようになった。もちろん射撃の腕は前よりあがっているんだけど、どこか詰めが甘い。隙がある。練習に熱が入れば入るほどそれは際立って見えた。現実に打ちのめされた模擬戦も原因のひとつに違いないが、それ以外にも佐鳥から少し遅れて入ってきた奈良坂くんと当麻くんという存在がそれを助長させているようにも見えた。
 両手を見開いて的を狙う横顔重たく暗い影がかかっていて、それはあたしも嫌というほど知っているものだった。

 彼は自分に苦しんでいる。

 それは碧子が人が撃てなくなったときと同じものだったから。できるはずなのにできない。なにかあるはずなのになにもできない。そういう苦悶がひしひしとあの表情から伝わってきた。そしてそのもどかしさと苦しさがあたしにも津波のように襲いかかってきて息苦しくなる。
 これ以上苦しい顔をしている彼の表情を見たくなくてあたしは足早にその場を立ち去った。

 どうすればいいんだろう。
 どうしたら彼の力になれるだろう。

 あてもなく本部を歩き回る。きっと彼は自分だけの何かを求めている。碧子や紗世さんがそうだったように。それさえ見つかればきっと彼は一番星のように輝ける。
 それは――悪いことをしてるとわかっている――この間、彼が根城にしている資料室に忘れていったノートが苦悩とともに知った。
 でもあたしに何が言えるだろう?
 あのとき東さんに言った言葉が蘇る。あたしは狙撃手じゃない。なにかアドバイスしたくてもきっと的外れなことしか言えない。頑張る彼の力になりたい。

 一番広い範囲の人を守りたい。

 そんな彼をこんなところで燻らせたくない!

 きっとこういうとき自分を見つけた碧子や紗世さん、狙撃手の伊吹さんがいれば、何か彼にとって有益なアドバイスができるだろうに。もしくはポジションが違っても圧倒的強さを誇る太刀川さんや風間さんなら――。

「……待てよ?」

 ふと自分の両手を見る。
 自分には何がある?

「そうだ!! これだよ!!」

 難しいかも知れない。
 狙撃手でできるかわからない。
 狙撃手にとっては致命的な技かも知れない。
 きっと本業からしたら自殺行為だと笑われるに違いない。
 でもきっとあの子ならできる。
 だって誰よりも強い意志を持った彼なら――!



「ねえ、」

「落し物だよ」
 


 その試合は未だかつてないほど盛り上がり、その余韻は凄まじいものだった。
 実況はもちろん、解説もまさしく度肝を撃ち抜かれた。カメラで抜かれた彼の顔はこれ以上ないくらい輝いていて、眩しかった。
 試合は彼の所属する嵐山隊の勝利。しかも2ポイントは彼の新技によるものだった。チームのアシストありきのポイントでも彼が決めた。その瞬間、あたしはうっかり泣きそうになった。
 よかったね。よく頑張ったねと言ってあげたかった。
 けれど顔を合わせたのはあの時一度きりで、はたしてあたしが会いに行っていいものか。
 それよりも今頃はチームのみんなにたくさん言われていることだろう。
 そう思うと、興奮はゆるゆると落ち着きを取り戻し、また静かに観戦席を外した。

「でもやっぱりなぁ」

 あたしの一方的な関係だったとしてもやっぱり言いたかった。うんうんと考え、悩み、あたしはひとつ賭けに出ることにした。
 どうか見つけてくれますように。
 そっと資料室から出ると、急に胸がすっと冷たくなる。かと思うと今度は目元に熱が集まる。目の前がうすらぼんやりしてきた。なんで? なんで? と体の反応についていけず、混乱する。滅多に人が通らないとは言え、もし彼が来たらどうしようと急いで近くにあったトイレに駆け込んだ。そこで鏡に映った自分をみて気づいた。

「そっか、あたし、彼のことが好きなんだ」

 涙が一筋、赤くなった頬を伝って落ちる。
 力が抜けたようにその場に蹲る。

「おめでとう。本当におめでとう佐鳥くん」

 でも本当は直接君に言いたかったよ。






------キリトリセン------
水野さんこのたびはフリリク企画参加ありがとうございます!
リクの内容が緋子と佐鳥の指定のみということで、本当は書く予定はなかったのですが、せっかくの機会だったのでこちらの話を書かせていただきました。
既存話の緋子視点になります。
元の話も長かったですが、こちらも予想以上に長くなってしまいました。
それ以前にこれはちゃんとリクの”緋子と佐鳥”に沿えてるのか……?
加えて前作前提の話ってどうなの……?
すみません……。
本当リクってなんなんでしょうか……。
しかもハッピーエンドとは言い難いし……でもハッピーエンドにはなる話です←

えっと、あの、色々(4、5周年イラストなども含めて)ありがとうございました!!
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