狙撃手佐鳥賢の誕生

 まだ狙撃手というポジションが出来て間もない頃。佐鳥は、派手な攻撃手や銃手よりも圧倒的人気のない狙撃手を選んだ。理由は、一番広い範囲の人を助けることができるからだ。加えてまだ完全に開拓されてないそこに興味を引かれた。
 確立されてないが故、佐鳥と似た時期に入った物好きな同期はほとんどポジョンを変えてみるみる強くなっていくのを見ていた。
 それでも佐鳥は狙撃手を離れることはなかった。動かぬ的を相手にひたむきに向かい続けた。半ば意地だった。狙撃手の強みや注意点など基本は東から習った。そこまではそれなりに順調に成長し、ボーダー最初の狙撃手の東からもある程度評価をもらっていた。
 躓いたのはその後。ポジションを変えていった同期に誘われて模擬戦をして、愕然とした。チームのお荷物と烙印を押されたように感じった。
 わかっていたけど、狙撃手を交えた模擬戦は全く違った。狙撃精度は良くても、ポイントを取れない。アシストにもならない。実践で叩きのめされた後、何でもないふうに装って、「また誘ってよ!」と言ったが、その声は自分でも分かるほど震えていた。
 個人戦のラウンジから去ると、とうとう本格的に涙腺が強く働き出す。
 悔しい。悔しい。悔しい!!
 これは自分だけの問題ではない。おれへの烙印は狙撃手というポジション自体に影響するかもしれない。あんなに親身になって教えてくれた東さんが、そんなふうに。
 彼の限界は間近。男子トイレよりも先にすぐ近くの部屋に飛び込んだ。佐鳥はまだ小学生を卒業したばかり。報われない努力、これが現実だ。それをどうして泣かずにいられるだろう。楽観的な性格だと自負していたが、そんなものは幻想に過ぎなかった。
 資料と何に使われるかわからない暗い部屋。狭い棚の合間を縫いながら、まるで先程の失態から責め立て逃げるよう奥へ、奥へ。
 それからようやく思うままに、しかし声を殺しながら静かに静かに泣いた。これもまた意地だ。思春期真っ只中のせいか、何にしても過敏に反応してしまうせいで、いままでの全て踏みにじられたよう。練習量には東さんを除き、絶対自分の方が勝っていると思ってた。しかし実践においてそれはほとんど意味をなさなかった。最近は自分より遥か上を行く人達が増え、どんどん抜かれていく悔しさ、嫉妬、返ってくるのは自分の未熟からくる惨めさ。あれだけ頑張ったのに、狙撃手歴では佐鳥の方が上なのに。
 どうして。
 なんで。
 悔しい。
 悔しい。
 神様に不公平だ、なんて言わない。そんな全知全能な神がいたなら、この際限ない戦争をさっさと片付けてくれ。
 情けない。
 不甲斐ない。
 辛い。
 ……悲しい。
 換装した身体からぽろぽろ涙が出る。それは佐鳥の今までの努力を凝縮したもので、彼の頬を伝って静かに落ちていく。擦ると、翌朝会う時枝を心配させてしまうかもしれない。彼は佐鳥が何か言わなくてもきっとお見通しだから。直接干渉せずともきっと優しくて聡い彼は人知れず佐鳥に心を砕いてくれるだろう。
 まだ練習場は開放されている。先程の実践にすぐ繋がるわけではないが、その経験を通してできることはある。精密な射撃はもちろん隠蔽、場所取り。やることはたくさんある。それから狙撃手のポジション、いや佐鳥の逆襲が始まる。



「一朝一夕とは思ってないけど、道のりは遠いなぁ……」
 練習所閉じた後、佐鳥はよくあの資料室で反省をしていた。もう泣くことはないけれど、1人でいられるこの場所がよかった。東さんから「俺からもうおしえられることはない。あとは自分にあったスタイルをみつけろ」と言われた。そこに一切負の感情はなかった。ただ突き放すのではなく、そっと、そう卒業生を送り出す教師の様な言葉だった。佐鳥は頷いた。
 それから佐鳥は、今のおれには何があるが考えてみた。
 精密射撃、射程の奈良坂。チーム戦でも当てる弾しか撃たない絶対的狙撃率を誇る当麻。狙撃手のほとんどは彼らのどちらかを目標に練習所に打ち込んでいる。基礎の中から特化した2人。佐鳥の全ステータスは2人に及ばずとも全て平均より上。聞こえは聞こえはいいが、あまりに中途半端だと思った。
 B級に上がると嵐山さんという爽やかな先輩と、同じく面倒見がよい人の良さが凝縮された柿崎先輩を軸とした隊に、まさかこんな自分が勧誘されるとは思ってなかった。そしてそこにはポジションは違えど、お互い上がってきた時枝が一緒。そうして俺は嵐山隊に迎えられた。
 しかり、やはり実践ではチーム戦でも佐鳥はあまり貢献できなかった。
 そして今日もあの部屋へ。
 んー……と学校の成績は良くない頭で考える。自分にできること。自分しか出来ないこと。数学のノートを右開きにして使い、佐鳥なりに色々メモや現状を書きなぐっている。
 今のところめぼしいものはないもない。そうこうしているうちに中学生は帰る時間を知らせるアナウンスが流れた。いつの間にそんな時間が経っていたのかと慌てて荷物をまとめて部屋を飛び出た。
 次の日、例のノートを忘れてきたことが発覚する。とあえず授業は時枝からもらったルーズリーフで夢現のミミズ文字で乗り切った。
 学校が終わり次第、佐鳥は急いで本部へ走った。いつも一緒に行っている時枝には「今日合同訓練があってその前に慣らしておきたい」とあながち間違いでないことを理由に走った。本部へ通じる地下通路に到着する頃には汗だくで息も絶え絶え。しかし地下に降りてしまえばもうボーダーの領域。即座にトリガーを起動させて全速力で資料室に向かった。
 ノートは昨日と変わらずそこにあった。佐鳥は「よかったぁ」心底安心の息を漏らした。今まで誰とも会うことはなかったので当たり前のことだった。課題の提出用とは違い、自主学習用のノートは小学生じゃあるまいし名前はない。まぁ見られてもせいぜい「こいつ頭悪いな」ぐらいだろう。無事回収し、そのまま狙撃フロアへ途中、「ねえ、」後ろから声かけられた。佐鳥は一瞬自分以外の誰かを呼んだのかと思ったが、白くて長い通路には佐鳥以外誰もいなかった。振り向くとあどけなさかま抜けない少女がいた。絶対的隊員数が少ない今、佐鳥はほとんどの顔は見知っているはずだったが、目の前にいる少女は彼の記憶にはない。それでも本部にいる同胞なのだからさほど気にせず、「おれに用ですか?」と返した。彼女が纏っているのは三門高校の制服。自然と言葉は丁寧になる。
「落し物だよ」
 と、やや大きめの付箋のような、紙切れを渡した。
 あれ、でもそんなものを挟んだ記憶がと思ってる合間に彼女はもう遥か遠くの廊下にいた。完全に姿を消してしまう前に、彼女はひとなつっこい笑みひとつ。頑張ってねと言うような手を振って見えなくなった。
 なんだったのかわからなかったが、とりたえず渡されたメモを見た。
 『攻撃手が二刀流、射手や銃手でも二丁使えるんだから、狙撃手でもそれができたらすごいと思わない? 狙撃手でも連射が出来ないことは無いけど、どうしたってタイムラグが発生する。なら狙撃銃を両手にならどうだろう? 一見絵空事と笑うかもしれないけど、君なら、君だけの必殺技になる。人一倍努力家な君なら、きっと』
 自分だけの持ち味、ほかの誰にも出来ないこと。
 自分だけの必殺技だ。
 自分なら、
 焚き付けられたように佐鳥は開発室へ走った。それから合同訓練のあとは個人訓練に入る。バッグワームとシールドしかなかったサブトリガーにもう一丁イーグレットのチップが入ってた。そしてパネルを初心者用の、周りからは笑われそうなプログラムを起動させた。
 引き金に掛けるのは左人差し指だ。
 それからひたすら左での練習を繰り返した。そして利き手とほぼ同じ精度になったら本格的に両手で合わせる。ふたつの双眼鏡は本当なら同じ世界を見ているはずなのに、両目には全く違う世界を見ていた。最初は精度どころか片手だけで狙撃銃を支えるだけでも苦労した。狙撃の反動も倍になってバランスが崩れる。それでも佐鳥は自分に言い聞かせる。少しずつ、少しずつ向かっている。おれだけのスタイル。ほかの誰も真似できない俺だけの必殺技。
 これまで以上に個人訓練に身が入る。チームのためはもちろん、あの付箋をくれた先輩のことを思うと、佐鳥はもう足を止めることはなかった。
 そしてついに、時が来た。

 〇
 
「佐鳥くんやったね!」
「今日のMVPは賢だな!」
「ああ、本当よくやったぞ!」
 3人の先輩は惜しみない拍手と心から賛辞の言葉を佐鳥に送った。今までこういうことがなかったわけではないが、この時ばかりは泣きそうなほど嬉しかったうっかり泣いてしまいそうな時に時枝が戦闘時同様アシストしてくれたおかげだ。
 それから今回のランク戦の反省と改善点、次回当たるチームの大まかな戦術とその対策を練って今日は解散した。綾辻はこの後、柿崎と嵐山の護衛を着けて帰宅。佐鳥たちもいつも通り2人で帰る予定だったが、気がつくと隊室に時枝はもういなかった。一瞬首を傾げ、これもまた彼の気遣いではないかと思った佐鳥は、はっと我に返ると急いであの資料室へ向かった。ただの勘、あわよくばなんて願望、根拠なんて何一つないのに走る。走る。
 開けた資料室は真っ暗で気配もしない。それでも佐鳥はずんずんと奥へ進む。ゲームの隠れアイテムのように、あの時と同じ付箋が1枚。

 『ツインスナイプ、とってもかっこよかったよ』

 もう人目を気にすることはない。うっかり涙で濡れないように泣いた。
 努力が実ったその瞬間を見てくれていた。それだけで嬉しかった。
 今ぼろぼろと止まない涙はあの頃とは違う。本当に嬉しかった。少しは彼女の言葉に報えただろうか。まだまだ実践で完全なものにするには遠いけれど、そのスタートラインに立てた。

「でも、」

 見ていてくれたなら、こうして書き置きまでしてくれるなら、直接会ってお礼がしたかった。狙撃手佐鳥賢が生まれたのは先輩のおかげです、と。

 〇

 それから佐鳥はどんなに足場、落下中で狙撃体勢が取れなくても確実にトリオン兵を撃ち落としたりと自分だけのスタイルを磨き続けた。それからいつも彼のポケットには、あのいつかの付箋が2枚。ラミネート加工された状態のものが彼の背中を押してくれた。
 そして彼が例の先輩と会ったのは、彼がA級昇格が決まった直後だった。
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