トリオン体だからよかったものを

 佐鳥はああ見えて努力家で負け嫌いなんだ。
 そういうとC級をはじめとする、広報部として活躍する姿をみていた新しい仲間達は差異はあれど驚いた。
 
「あの人こそマスコットキャラのお情けでやってるんじゃないんですか?」
 
 佐鳥は大の女の子好きと広言している。龍之介もそうだが、既に意中の彼女がいる龍之介と佐鳥では同じ女の子万歳でも少し違うらしい。
 広報部にはちゃらすぎる佐鳥に疑念の目が向くことなど1度や2度ではすまない。
 さらに「佐鳥よりおれ/私のほうが隊のために向いてます!」なんて、わざわざ割りふられた隊室に押しかけてくる子もいた。それをどう処理したかあたしにはわからなかったが、きっと時枝くんや嵐山さん、綾辻ちゃん。もしかしたら木虎ちゃんがなんとか穏便に済ませたのだろう。
 肩をおとして、とぼとぼとラウンジに向かう彼らを呼び止めた。
 それから少し、ほんのすこしだけ声のトーンを落として言った。
 
「マスコット、お情け、そう思うならイイもの。見せてあげるよ?」
 

 
 夜。
 夕方からの防衛任務をつつがなく終えた嵐山隊。隊長の嵐山は防衛任務に関する書類を、時枝は女性の綾辻と木虎を気遣って途中まで送っていく。いつもは佐鳥もそれに同行するのだが、

「あれ、賢は今日一緒に帰らないの?」
「あっ、あー……今日はちょっと訓練室寄ってからにしようかなーって」
「またですか?」

 木虎の言葉を曖昧に笑って言葉は返さぬまま佐鳥はトリオン体を解かずに「お疲れ様でしたー」そそくさと隊室を後にした。今日は広報の仕事だけでなく長時間の防衛任務があったので、今のトリオン体で疲労を感じていなくても換装を解けば鉛のような疲れが襲う。それをわかっていて嵐山は隊員には早く帰って休むように促したが、まだ訓練室に行く佐鳥の事情を知ってるためか一瞬躊躇った隙に逃げられてしまった。
 


 30フロアをぶち抜いた狙撃手専用の訓練室は時間も時間なので佐鳥の完全貸切状態だった。がらんとする訓練室の端を陣取ると、手元のパネルを慣れた手つきで操作し、的の設定をする。
 設定通り出てきた的を確認すると、イーグレットを両手に取り、スコープを覗き狙いを定める。
 パシュンパシュンと頭や胸の急所だけでなく腕など自分で狙いを決めながら撃っていく。当てるたびに少しずつ遠くなる的。
 
『うちの隊はテレビや広報の仕事をこなしたうえでの5位なんです』
『普通の5位と一緒にしないでもらえます?』
 
 木虎の、凛と真っ直ぐな声が脳内でリフレインされる。

 パシッ。
 
「あっ」
 
 今までとは違う、どこか気の抜けた音に思わず声が漏れた。
 狙っていた位置とは少し逸れたところに穴が空いていた。
 らしくない舌打ち。
 的自体外しているわけではない。当ててるだけ悪くないかもしれない。でもこれは外れだ。狙撃手は“そこ”に当てなければ意味がない。“そこ”に当てなければ、他に当たってもそれは“外れ”だ。
 そしてこれではA級で通用しない。
 食いしばる歯にさらに力がかかる。

『普通の5位とは違う』
 
 もう一度、木虎の言葉が蘇る。
 おれたちは普通の5位なんかじゃない。
 こんなんじゃ隊の足を、頑張ってるみんなの足を引っ張ってしまう。おれひとりのミスで嵐山隊全員がお飾り部隊のレッテルを貼られてしまう。
 
 耐え難い焦燥感と敗北感に心を焼かれながらもう一度始めからやり直すために立ち上がろうとすると頬になにか温かいものが当たった。

「うおっ!?」
「うわあっ! 佐鳥急に立ち上がらないでよ
「緋子先輩……?」
 
 なんで、こんなところに、という言葉は先に「はいこれあげる」に消されて、さらに温かいココアを渡された。わけがわからず、ほのかに揺れる湯気を見ていたら名前を呼ばれて顔をあげた。気づくと後ろの見学席に緋子がいて、どこか優しさが滲む柔らかい笑顔でおいでおいでをしていた。
 
「ちょっと話そう?」
 
 そう言われてしまっては断るという選択肢は佐鳥にはなく、イーグレットをしまうとココアを持ってふらふらと彼女の隣に座った。
 
「最近ずっと居残り練習してるんだってね?」
「えっ、あ、はい」
「しかも1、2時間じゃないし、夜遅い時なんか日を跨ぐときもあるんでしょ?」
 
 「華の男子高校生がダメじゃん、もっと遊ばないと!」と茶化してくれるが、佐鳥は力なく笑い返すだけだ。それを見て緋子は少し傷ついたような表情を浮かべた、が、すぐに消えた。それから静かな声で話し始めた。
 
「今日ね、ちょっと嫌なことがあったんだ」
「嫌なこと?」
 
 珍しいなと佐鳥は思った。
 語る内容が筋肉か妹しかない緋子が愚痴をこぼすのはもしかしたらこれが初めてかもしれなかった。
 両手で包んでいるカフェオレの湯気を見つめながら緋子が口を開いた。
   
「うん。実はね、たまたま、本当にたまたまね、好きな人の悪口が聞こえちゃったものだからつい手が出ちゃって、あ、手が出たってもちゃんと個人戦だから大丈夫」
「……は、はあ?」
「手前味噌かもしれないし、好きだからっていうえこひいかもしれない。でも悔しかった。その人は努力、お前らなんかとは比べ物にならないほど努力を重ねて今の位置にいるのに、ほんの上辺しかしらないお前らに馬鹿にされる筋合いなんかないって」
   
 「やりすぎたなって反省はあるけど、やったことの後悔はしてないよ」と、へへっと緋子は堂々と笑った。

 まさにタイムリーな内容と笑う緋子に胸に込み上がるものを感じる。押し止めよう、飲み込もうとしてもせり上がってくる言葉に勝てず、ついにこぼれてしまった。
  
「……緋子先輩は、やっぱりおれは役立たずのマスコットだと思いますか」
 
 すると緋子は心底軽蔑した目で佐鳥を見た。
 
「佐鳥、あたしの話聞いてた?」
 
 緋子の額にぴしりと薄く青筋が浮かんだ。普段ほとんどみない、というより初めて見る冷たい目と額の青筋に、佐鳥の心臓がきゅっと小さくなる。

「あっ、緋子せんぱ、い゛っ!?」
 
 すると鼻をむぎゅうとつままれた。わけもかわらぬまま、痛いですなにするんですか! と鼻声で両手をぶんぶんと振り上げる。

「馬鹿っ!!」
 
 やっと鼻が解放されたと思ったら今度はぱちんっと両頬を軽く叩かれ、そのまま体温の高くて柔らかい手に包まれる。扱いの差と自分の視界いっぱいに映る緋子の顔に思わず上体が後ろに逃げようとするが、しっかり頬をおさえられてそうもいかない。鼻と鼻がぶつかりそうでぶつからない距離で緋子の澄んでいるが、強い怒りを滲ます目が佐鳥を離さない。
 じわじわと顔は熱くなる一方で背中はじとりと冷や汗が滲む。好きな人にまじまじと見つめられる嬉しさ、そんな彼女を怒らせてしまった不甲斐なさ。
 
「え、えっと、あの、先ぱ」
 
 何より、今にも触れてしまいそうな唇に冷静にいられるだろうか。武器を持ったり、異世界の敵と戦っている時点で普通の高校生と自称するのは無理があるが、それでも中身はそこらへんの高校生と変わりはない。激しく脈打つ鼓動がすぐ耳元で聞こえるようだ。

「佐鳥……」

 ふいに緋子の表情が柔らかくなった。下がった目尻にそのままゆっくりと瞼が閉じる。
 一瞬、止まる心臓。

 これは、
 これは、
 もしかして、
  
 がんっ! と佐鳥の甘い展開は見る影もなく粉々になった。
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