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その頃、梓は心操と一緒に稽古場にて鍛錬後の後片付けをしていた。
黙々と刀を元の位置に戻す梓を見ながら心操は無言で首をかしげる。

少し様子が変だった。
今日は仮免試験の日で、合格したと言っていたのに浮かない表情だ。


「…なァ」


返事もなく顔だけこちらを向く。
目が何?と言っていて、心操は少し戸惑いつつも続けた。


「どうしたの」

『え?』

「いつもと違うじゃん。落ち込んでるぞ」

『…あー、今日、試験でさ。轟くんと攻撃噛み合わなくなっちゃってさ』


落ち込んでいる自覚がなかったのだろうか。
少し驚いたように目を見張った後、考えるように下を向き、ぽつりぽつりと話し始めた。


『すぐ後ろに守らなきゃいけない人たくさんいて、敵はギャングオルカで、轟くんといつもみたいに共闘するしか足止めできない!って思ったんだよ。でもさ、轟くんはなんか他校の人と喧嘩始めちゃってさ』

「エッ、敵がギャングオルカ!?ハードル高くね?つーか、喧嘩…!?なんでまた…爆豪じゃねえんだから」

『うん、なんかね、轟くんのお父さんってエンデヴァーさんじゃんか。そのこと色々言われて、轟くんも悪いように言われて、たしかにちょっと私もムカついたの。轟くんのこと少ししか知らないくせになんでエンデヴァーを引き合いに出すんだろうって』

「…あァ…、轟にとってその話題はタブーなんだろうな」

『うん、でもさ…、それでも轟くんは一緒に戦ってくれるって当然のように思ってたんだ…。なんか色々言われてるけど、すぐ一緒に同じ方向向いてくれるって信じて疑わなかった』

「……。」

『でも、違った。轟くん、夜嵐くんの方向いちゃった。それで、悲しくなって、でも私は前しか見ちゃダメだからさ、』


ぐっと涙を堪えるように上を向く。


『1人でやるしかないって、思ったら轟くんが後ろから加勢してくれて、でも、頭の中別のことでいっぱいだったからか、風読めてなくて、炎のコントロールできなくて、私燃えそうになった』

「エッ、水は…?」

『真堂さん…超音波アタックで身動き取れない人の方にも炎が行っちゃって、そっちに水壁の斬撃飛ばすのでいっぱいいっぱいで、ギリギリでいずっくんが引っ張ってくれて燃えなかった』

「燃えてんじゃん、前髪。ずっと気になってたけどチリチリしてるよ」


泣きそうに顔を歪めながらもパッと前髪を抑えるように隠した少女に、心操は少し笑いながら頭を撫でた。


「頑張ったんだな」

『……うん』

「俺、轟のことそんなに知らねーけどさ、多分、すげぇ後悔してると思うよ」

『…別に、後悔してほしいわけじゃなくて、』

「わかってる。梓はただ、悲しかったんだろ。一緒に戦ってくれると思って頼りにしてたけど、そうじゃなくなって、悲しくてびっくりしたんだろ」

『うん…』

「きっと向こうはクソほど後悔してる。もし謝ってきたら、もうすんなって怒ってやれよ」


ポンポン、と頭を撫でられ、心操に心の内をぶちまけ、少し楽になった。
梓の涙は溢れることなく引っ込んだ。


『…うん、そだね。怒る』

「よし」

『それより心操、話は変わるけど。今日の動き鈍かった』

「落ち込みからの突然の指導やめてくれない?」


自覚はあるけどさ。と、げんなりする心操は心の中でお前が気になって集中できなかったんだよむしろなんでお前は集中出来てたんだと抗議の気持ちでじとーっと睨む。


『わ、睨んでる。目つき悪い』

「悪かったな。ほら、もう戻らないと」

『お、もうこんな時間か。心操、鍵閉めるよ〜』


稽古場から出てガチャリといつも通り鍵を閉めると、暗い校舎内を2人で歩きながらまた話し始める。


「そういや、今日、全員仮免受かったのか?」

『轟くんと、かっちゃんが落ちた』

「轟はさっきの件が原因だろうけど…爆豪も?」

『うん、素行で落とされたっぽい。協調性ないからな』


隣を歩く梓の横顔を見て、やっぱり思いつめた表情をしているな、と心操は眉間にしわを寄せる。

轟のこともあるのだろうが、思いつめた顔をするのはこの前からずっとだ。
その理由はなんとなく、わかっていた。


(神野区の悪夢…)


心操は、神野事件をキッカケに梓の眷属になった。
重いものを背負って潰れかけている彼女の力になりたいと、その一心だった。

仮ではあるが隣に並ばせてもらって母の形見のリングを貰って、2人の距離は着実に縮まっているはずなのに、


(結局、神野事件以降…相澤先生に話していた時以外で、一度たりとも弱音吐いてないんだよな)


弱音を吐いて欲しくて隣に並ぶが、相談や悩みは話してくれてもあの神野の日のことは話してくれない。
それとなく聞いたが大丈夫の一点張り。
全ての弱音を封じ込めたような顔をしていて、心操はどうしたものかと頭を悩ませていた。


「なァ…、神野以来、元気ないよな?」

『そう?元気だけど。べつに鍛錬も怠ってないし、動きも悪くないつもり』


確かにそうなのだ。
時々思いつめた表情をしているのに、全ていつも通り、笑顔も動きも言動も全て。
弱いところを心の奥底に封印してしまった様に見える。

梓は笑う。


『だって、あの日のことを遡っても、やるべき事はもう決まってるからね』


私が弱いせいでオールマイトを終わらせてしまったのはまぎれもない事実。
だから、私がその穴を埋める様に、平和の象徴の代わりになる様に、強くなるしかないのだと。

ぐっとこらえて、前を向いた彼女に、
これを支えるしかないのだろうか、と心操は自分の役目に迷い、眉間にしわを寄せていた。


「…、もやっとすんなァ」

『…ん、あれ』

「え?」


隣を歩く梓の歩みが止まる。
その視線の先には、一年A組の宿舎を出ていく2人の幼馴染の姿。


「…もうすぐ消灯時間だろ、あの2人どこに行くんだ?」

『んー…、かっちゃんが呼び出しって感じだね。…喧嘩かな』


昔からよく喧嘩してたんだよね、と困ったように頬をかいた梓はしばらく考えるようにうなると、


『…よし、ちょっと止めてくる』

「マジ?」

『うん、なんかいつもの喧嘩とはちょっと…雰囲気違うし、気になる。心操は帰ってて』

「……わかった。」


少し不服そうに頷いた心操におやすみ、と挨拶をすませると梓は2人の影を追いかけた。

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