二次試験の結果が巨大スクリーンに発表された。
A組の面々が次々に自分の名前を見つけ歓喜する中
梓も同じように自分の名前を見つけるが、轟と爆豪の名前がないことに言葉を失っていた。
「梓、あった?ウチはあった!」
『あった、けど…轟くんと、かっちゃんがない』
「え!?」
『轟くんがない理由はなんとなくわかるけど、かっちゃんはなんでだ!?』
「素行じゃね?」
『あ、そういえばそうか。あの態度に慣れすぎて忘れてた』
ある意味辛辣!と笑う耳郎と上鳴に梓もつられて笑うが、その表情はぎこちなかった。
それにいち早く耳郎が気づき、心配そうに顔を覗き込む。
「どうしたの」
『えっ?』
「浮かない顔してる」
『え、あ、いや、大丈夫』
「そうかな?ウチにはそう見えないけど」
怪訝そうにする耳郎に大丈夫だと言い聞かせるように首をぶんぶん縦に振っていると、近くでごーん!と頭を地面にぶつける音が聞こえ、視線を移した。
そこには轟に謝るように頭を下げる夜嵐がいた。
「ごめん!!あんたが合格逃したのは俺のせいだ!俺の心の狭さの!ごめん!!」
「元々、俺がまいた種だし…よせよ。おまえが直球でぶつけてきて、気づけたこともあるから」
そのやり取りを見て周りは爆豪だけでなく、轟も落ちたのだと気づき始める。
「轟…落ちたの?」
「ウチのスリートップのうち2人が落ちてんのかよ」
「ねぇ、梓。轟、なんで落ちてんの?ウチあんまり事情知らないんだけど」
遠くから見てたけど炎の渦、凄かったじゃん。
と耳郎が声をかけるが梓は黙ったまま轟から目をそらすと、俯いてしまった。
(エッ、この上なく落ち込んでる!なんで!?)
思わず顔を引きつらせて周りに助けを求めるように見るが、タイミング悪く採点内容の書かれたプリントが配られ、耳郎は一旦話を中断せざるを得なかった。
次々に名前を呼ばれ、それぞれプリントを受け取る。
「梓ちゃん見してー!」
「おっ、俺も東堂の見たい!」
『あ、うん!いいよ。そんなにいい点数じゃないけど』
葉隠と瀬呂を皮切りにわらわらとクラスメートたちが集まり梓の採点プリントを覗き込む。
「おー79点!意外に低いな」
「えっと、なになに?戦闘面での判断は申し分ないけど、救助面では咄嗟の判断で仲間を頼る傾向あり…」
「たしかに、蛙吹頼りだったな」
「うん、梓ちゃん救助系苦手やから、梅雨ちゃん頼るって言っとったもんね」
「苦手分野を戦闘でカバーとは、東堂君らしいな」
瀬呂、葉隠、常闇、麗日、飯田に講評され梓は思わず『救助の訓練頑張らなきゃ』と現実を叩きつけられ苦笑いだった。
横から八百万の94という点数に驚く耳郎の声が聞こえ、皆の意識がそっちに向く。
暫く各々の成績の見せ合いっこをしていれば、アナウンスが流れた。
《合格した皆さんはこれから緊急時に限り、ヒーローと同等の権利を行使できる立場になります。すなわち敵との戦闘、事件、事故からの救助など…ヒーローの指示がなくとも君たちの判断で動けるようになります。しかしそれほ君たちの行動1つ1つにより大きな社会的責任が生じるということでもあります》
目良の話が続く。
オールマイトという偉大なヒーローがいなくなったことによる抑制力の低下。
心のブレーキがなくなり増長する敵は必ず現れる。
均衡が崩れ、世の中が大きく変化していく。
仮のヒーロー活動認可資格免許。
まだ半人前だ。
目良の言葉に梓は唇を噛んだ。
(かっちゃんと、轟くんも一緒に仮免取りたかったなぁ)
その思いを救済するように目良の言葉が続いた。
《そして…えー、不合格となってしまった方々。点数が満たなかったからとしょげている暇はありません。君たちにもチャンスはまだ残っています。三ヶ月の特別講習を受講の後、個別テストで結果を出せば君たちにも仮免許を発行するつもりです》
『!?』
「まだチャンスあるんじゃん…!」
安堵したように息をついた梓の背中を耳郎が嬉しそうに叩く。
が、彼女は安堵はしたものの表情が晴れることはなかった。
目良の話が終わり、緑谷や飯田が良かったね、と轟に声をかける間も梓はそれを遠目に見ていて、
気になりつつも声がかけられなくて、耳郎は心配そうにしつつも一緒に会場を後にするのだった。
ー
「東堂梓ちゃん」
傑物高校の真堂に、バスに向かう途中に呼び止められた。
彼は最初に見せた好印象な青年とは真反対のニヒルな笑みを浮かべて梓を見下ろしていた。
『真堂さん』
「名前覚えてくれてんだ。2回助けてくれてありがとな」
『2回?ああ…、』
ギャングオルカの超音波アタックの後と、轟の炎か。
梓はとんでもないと首を振ると、
『むしろ、真堂さんの個性に助けられた』
「は?」
『いずっくんが守るために下がらざるを得なかったから、1人でギャングオルカとほかのサイドキックの人たちを足止めしなきゃって、本気で焦った時に、地面が割れた』
「……あぁ、あの時か。どういたしまして。じゃあ借りは一個返したってことで。またいつか、2つ目の借りを返すよ」
「真堂、帰るぞ!て、お?イレイザーんとこの子じゃないか!仲良くなったんだ」
真堂をバスへ促しながらひょっこり現れたのは彼の担任の先生であるMs.ジョークだった。
彼女は少し驚いた後、すぐににかっと楽しそうに笑って、
「クラスに伝播してる熱がこっちにまで伝播するとはね」
『え?』
「じゃあ、またいつかね。イレイザーのお気に入り。よし、帰るよ、真堂」
Ms.ジョークに引っ張られ、じゃあな。
と、屈託無い笑みで手を振りバスに戻る彼に胡散くさい笑みじゃなくて普通に笑えるんじゃん、とぽかんとしていれば、
相澤から早くバスに乗るように呼ばれ、梓は急いでバスに乗り込んだ。
ー
学校の寮に帰った一行は一階の共用スペースで寛いでいた。
仮免を取ったことでワイワイ騒いでいるクラスメートたちを横目に耳郎は八百万にもらったチョコレートを食べながら思いに耽った顔をしていれば、
「耳郎、どうした?」
と切島に声をかけられ苦笑いをした。
「うーん…、梓が元気なくてさ」
「東堂?あれ、そういやあいつどこ行った?」
「梓さんなら外に行きましたわ。恐らくまた鍛錬かと」
「今日もすんのか…日課って言ってたもんなァ。で、なんで東堂に元気がないか、考えてんのか」
うん、と耳郎が頷けば、周りも少し気にしていたようでソファーに座っていたクラスメートたちも耳を傾けはじめた。
「東堂が元気がない理由…」
「神野の悪夢、もしかして引きずってんじゃね?だってあれ、メンタルやられるだろ」
「んー、でも、梓ちゃん、あの後も普通に元気だよ」
「多分だが、轟くんが原因だと思う」
「「「轟ぃ?」」」
結論を出したのは意外にも梓とあまり話すところは見かけない、飯田だった。
彼の表情は少し暗く、周りに轟がいないことを確認すると話し始める。
「これは、緑谷くんに聞いたんだが…。今日の二次試験で、ギャングオルカが敵として現れたろう?その時、いち早く駆けつけたのが東堂くんと、轟くんと、士傑の夜嵐くんだったのは皆も知っていると思う」
「ああ、炎の渦と雷見えたから察してたけど」
「上鳴くん、炎の渦の前に一悶着あったらしいんだ。ギャングオルカに対して、轟くんと東堂くんは2人の今の共闘スタイルで戦おうとしたらしい。このスタイルが少し問題なんだが、」
「それってもしかして、林間合宿の時にMr.コンプレスの時の?」
「む、蛙吹くん、見たことがあるのか?」
「あの戦い方なら俺も見たことがある。随分と乱暴で綱渡りで、命知らずな戦い方だ」
「林間合宿の時もしていたのか…!障子くんの言う通り、乱暴で綱渡りで命知らずな戦い方だよ。僕がそのスタイルを見たのが、忘れもしない…対ヒーロー殺しの時だ。奴のスピードと剣さばきにについていける者が東堂くんしかいなかったこともあり、彼女が前衛となってヒーロー殺しを相手し、その後ろから轟くんが氷結と炎で隙間を縫うようにフォローする」
その戦い方を見たことがない者は顔を引きつらせた。
なんだその命がいくらあっても足りないような戦い方は。
愕然としていれば、蛙吹も神妙な顔で頷いていて。
「ええ…2人の息が完全に合わないと梓ちゃんが大怪我を負ってしまう、諸刃の剣のような戦い方よ」
「あの時は…ああするしかなかった。あれしか全員が生き残る道がなかったからな。むしろ、あの状態で息を合わせた2人は極限状態だったんだと思う。きっと林間合宿でも同じような状況だったんだろう。Mr.コンプレスの他に、ムーンフィッシュという強敵に出くわしたと轟くんも言っていたからな」
「それ以来、きっと2人にとってその戦い方が定着したのね」
「ああ、あれは、無条件で轟くんが東堂くんを信じ、東堂くんが轟くんを信じるからこそ成り立っていた芸当だ。あの諸刃の剣のような戦い方は、2人の息が少しでもズレたら、全て崩れてしまう」
「今日、それがズレたのか…!?」
飯田は重い表情でこくりと頷き、尾白の言葉を肯定した。
「緑谷くんに聞いたんだが、夜嵐くんがエンデヴァーのことで轟くんに絡んできたらしい。そして2人が喧嘩になり始めて、それで、切り替えて1人で戦おうとしていた東堂くんの方に誤って炎が向かい、」
「ハッ!?」
「ギリギリで緑谷くんが助けたおかげで前髪が少し燃える程度で済んだらしいが、彼女にとってそれは辛いことだったんだろう」
だから前髪が少しチリチリしてたのか!
と納得した上鳴の頭をすぱーん、と叩きつつ、耳郎は眉を下げた。
それは彼女だけではなく、周りもだった。
「そっか…、梓ちゃんは轟くんのこと信じてたんやね…。梓ちゃんが一番、轟くんがエンデヴァーの息子だとか、そういうことに興味がないから。つまり、一番梓ちゃんが轟くん自身を見てたから、だから、あんな強敵相手にしてる背水の陣で、轟くんが喧嘩するわけないって、信じてたんや」
想いを馳せるように両手で顔を覆った麗日は彼女の心情を想像して心が痛くなった。
それに芦戸も納得したように頷く。
「なるほどねぇ…。それなのに夜嵐と喧嘩し始めて、そりゃびっくりしたはずだよ。夜嵐に喧嘩ふっかけられた轟は同情するけどさ、東堂は多分、その次元で轟を見てないよね。親のこととか知らん!前に敵いるのに!って感じだったんだろうなぁ」
「死線を一緒に2度潜り抜けたからこそ、言葉にできない絶対的な信頼があったのかもしれませんわね」
「ああ…緑谷くんもそう言っていた。彼も、爆豪くんも一度、東堂くんを泣かせてしまっているからな」
それを言われ、ああ、と期末試験を全員思い出す。
あの経験があったからこそ、緑谷は梓の心情を察しているのだろう。
守ることに対する梓の信頼を一度裏切ってしまったからこそ。気持ちが痛いほどわかったのだろう。
「これは…ウチらが元気付けてどうにかなる話じゃないなぁ」
耳郎はため息をついた。
これを解決できるのはただ1人、轟だけだ。
その轟はこの場にはいない。
もしかしたら梓を追いかけて外に出たのかもしれない。
耳郎はもう一度頭を抱えながらため息をつくと、
「梓が元気ないの本当調子狂う」
「きっと、轟さんがケジメをつけてくれますわ!」
「確かに。一番後悔してんのあいつだろうしな!轟の梓ちゃん贔屓やべーもんな」
「おう、俺お揃いのTシャツですげー睨まれたし」
一同は、この場にいない轟が梓の元へ向かっているのを願うばかりだった。
_84/261