06

ヘドロ事件から数日。

爆豪は学校が終わったあと、東堂家のお屋敷の前にいた。
むすっとした機嫌の悪そうな顔で門を睨みつける。

あの日、梓と別れて以来、彼女は学校を休んでいる。
クラスの連中は梓ちゃんが風邪引くなんて珍しいね、と話していたが爆豪は風邪ではないのではないかと気になっていた。


(いや、気になってねぇわ。あんな無個性クソ幼馴染心配でもなんでもねぇ!)


心の中で自分の気持ちを否定しつつ、インターホンを押し、梓の世話役である九条という青年に用件を告げればすぐに門が開いた。


「爆豪くん、何の御用だい?」


玄関で出迎えてくれた九条が人のいい笑みを浮かべている。
爆豪は、梓の世話役であるこの男のことが少し苦手だった。
だって、小学校の頃から梓と遊んでいると決まってこの男が迎えに来て“お嬢、稽古の時間だぞ”と家に引っ張っていくのだ。

梓は大人しくついていくが、爆豪としてはまだ遊び足りないし、それに、梓が作る生傷の原因が殆どこいつなのではないかと、印象が悪かった。
そんな彼に仏頂面で、


「……梓」


と言えば、九条は思わずと言った感じで吹き出していて。


「なんだよ!」

「ははっ、悪い悪い。お嬢のお見舞いね。にしても爆豪くん、俺のこと嫌いだろ?」

「たりめェだろ」

「ひでェなァ、こぉんな小さな頃から顔馴染みだむてのに。ま、上がんな」


嫌いと言われても全く堪えてない九条に案内され、歩き慣れた純和風の玄関に行けば、あれよあれよという間に梓の部屋の前に通され、


「お嬢、入るぜ」


案内した九条が扉を開けたらそこには、


『うー……』


冷えピタを貼って顔を赤くして唸る風邪患い中の幼馴染がいた。


「本当に風邪かよ!!」


ヘドロの件でへこんでるとか、外でんの怖いとか、親父と何かあったとか、そういうことじゃねーのかよ!!と
買ってきたりんごジュースを思わず投げつければ、病人のくせにぱしっと受け止めるものだからやっぱこいつ反射神経すげぇと爆豪は少しだけ感心した。


「あはは、お嬢が熱出したの何年振りかねぇ。珍しいよな。昨日は緑谷くんがきてくれたよ」

「ちっ、デクが先かよ」

「まぁまぁ、爆豪くんもお見舞いありがとうな。感染性じゃないから近づいても大丈夫だぜ」

「見舞いじゃねぇ!!」


否定しつつ、部屋に入っていった爆豪に九条は笑いをこらえながらそっとドアを閉めた。






「何寝込んでんだ」


カラカラになっていた冷えピタを張り替えてりんごジュースにストローをさし背中を支えて飲ませながら、乱暴に聞けば少女はキツそうにふう、と息をついた。


『からだが、慣れないみたい』

「は?」

『かっちゃん、りんごジュースありがと』

「おう」

『かっちゃん、前から思ってたけど、やっぱり兄ちゃんみたいだね』


彼女と自分との関係を表す言葉でいえば、それはよく言われる。
爆豪は不本意だが、周りからすれば言葉が乱暴な割に梓への触れ方が優しく面倒見が良く見える。

もちろん、言ったら全力否定されるのだが。


「誰がテメェの兄貴なんかになるかクソが。こんなおてんばな妹嫌だわ」

『あははー』

「で、なんで熱出しとんだ。体が慣れてねーって、なんだ」

『んと、あんまり人には言わない方がいいってお父さんには言われたんだけど、いずっくんとかっちゃんには言うって決めてたんだ』


体調悪そうに状態を起こし、寝てろと静止しても聞かずベットの上で正座をした少女。
熱が高いのだろう、とろんとした目で爆豪を見つめると、


『個性、継承した』


意味のわからないその言葉に爆豪はぽかんと口をあけた。
そりゃそうだよな、と梓はぽつりぽつりと事情を説明し始める。


『かくかくしかじかで、お父さんに継承させてもらったら、それからずっと熱がひかないんだ、まだ慣れないからかな』


ファンタジーのようなあらすじを伝えても、爆豪は口を開けたまま微動だにしない。


『嵐の個性なんだって。まだ使ってないからよくわかんないけど』

「…マジで言ってんのか」

『うん、マジだよ。かっちゃん、わたし、』


改めて、ヒーロー目指す。


額に冷えピタを貼って熱に浮かされながらそう言った梓に爆豪は言葉を失った。


(……、なんでこうなるんだ)


幼い頃からこの目の前の幼馴染がヒーローになるのが嫌だった。
無個性だと知った時、良かったと思った。

だって、傷ついてしまうから。
自分が梓を守ればいいと思ってた。


いつからだろうか。


きっと、彼女を説得することはできないと心の中で気付き始めていたのは。
彼女は止まらない。

たとえ無個性だろうが、ヒーロー科に不合格になろうが、家の教えに縛られ誰かを守ることに執着するだろう。

だったら、自分のそばに置いて、この子が身を滅ぼさないように守るほうがいいのではないだろうか。
個性を継承したのであれば、もうこの子を止めるすべはない。
そろそろ、自分も腹をくくるときなのではないだろうか。


「俺も、」


絞り出した声は掠れていた。
いつも吊り上がっている目尻は下がり、ぎゅっと、梓の手に手を重ねる。
温度が高い。自分よりも一回り小さな手。


『?』

「俺も決めた。最強のヒーローになる」

『?うん、知ってるよ』

「隣に並びたきゃ勝手に並べ。もう、止めねーよ」


無個性のくせに、いつのまにか隣を歩く能天気な存在だった。
後ろにいろと言っても彼女は気づいたら隣にいる。
これからも隣に並ぶのだろう。

ようやく爆豪は、梓がヒーローを諦めることを、強くなることを諦めることを、諦めた。
根負けした。

初めて爆豪に肯定されたことがよほど嬉しいのか、パァっと顔が明るくなる梓の頭にポンと手を置く。


「お前、本当に思い通りにならねェな」

『え、なんかごめん』


こんなはずじゃなかったのだが。
もう彼女が諦めることを諦めた爆豪としては、ずっと隣で守るしかないと思っていた。


『かっちゃんは、怒るかと思ってたよ。いつも、私がヒーローの話をすると怒るから』

「もう継承しちまったんならキレてもしょうがねェだろ…。それに、お前はもう、多分何言っても聞かねェから…」

『さすが幼馴染だねぇ』

「梓、しょうがねェからお前がヒーローになんのは認めてやる。が、その代わり、」

『その代わり?』

「ヒーロー科は俺と一緒んとこ受けろ、いいな?」

『一緒って、雄英?私、ヒーロー科があるところなら別にどこでもいいんだけど』

「いいから!いいな!?」


がしっと頭を強く掴めば、梓は慌てたように『わかったわかった』と繰り返し爆豪は満足したように手を離した。

彼女に諦めてもらうのが一番良かった爆豪にとって、梓が個性を継承したのはまさかだったし、何してんだあのクソ親父という感情だった。
が、それでも、本当のことを包み隠さず自分に話したことが少し嬉しくて爆豪は少しだけ笑みを浮かべた。

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