75

数日後、朝早くに目が覚めてしまい、1階の共同スペースでお茶を飲んでいた梓は人の気配を感じてふと振り返った。


『お。』

「お。」


同じ反応で動きを止めたのは轟焦凍。
Tシャツに短パンというラフな格好。


『おはよ』

「はよ。…早いな、いつもか?」

『いや、たまたま。そっちは?』

「たまたまだ」


一度止めた足を再び動かしてソファに腰掛けた彼に、ついでにお茶を出して2人で座る。


「ありがとな」

『いーえ』

「それ、良いな。似合ってる」


視線が自分が着ている服に向いている。
いつもの着流しだ。


『そう?みんなTシャツだから、ちょっと浮くよね…あんまりTシャツとが持ってなくてさ、お気に入りのやつ破れちゃったし』

「漢気のやつか」

『うん、また買いに行こうかな』

「他のにしろよ。あれはもう見たくねえ」


先程まで穏やかだったのに、余裕のなさそうな声音で言われ、梓はエッと戸惑いの声を上げた。
彼の表情は暗い、なにかを耐えるように俯いて、


「あの背は、トラウマだ。もう嫌だ」


彼の脳裏には今も夢に見てしまう光景が焼き付いていた。

黒い靄が広がり、荼毘が爆豪を掴み、
倒れこむ自分の横から靄に突っ込んだ梓の背中。
漢気の文字が靄で見えなくなり、全てが無くなったあの時。


『……轟くん、』

「浮かれてたんだ、俺は。お前に相棒って呼ばれて、共闘して、合うなって思って」

『……』

「でも、このままじゃ駄目だと思った。東堂の隣に立つ為に、もっと先に進まなきゃなんねえ」

『轟くん、ごめん。私が中途半端だったから、傷つけた』

「中途半端だったのはお前だけじゃないだろ、俺も、緑谷も、爆豪もだ」


そうかもしれない。
中途半端だから、頑張るのだ。切磋琢磨して強くなって仮免をとって。
もう二度とあんな思いはごめんだ。それは梓も一緒の考えだった。

命を盾にするのは弱い奴のすることだ。
自分も死なずに、人を助けるのが東堂のポリシーなのだから。


「東堂、一緒にがんばろうな」

『ん。ずっと言いそびれてたけど、あの時、助けに来てくれてありがとうね。大氷壁見えた瞬間、嘘だろってびっくりしたよ。あと、対Mr.コンプレスの時、ギリギリキャッチしてくれてありがと!あのままだったら地面に叩きつけられてた』

「俺こそ、対ムーンフィッシュ戦でお前が助太刀した時かっこよすぎて惚れた。それに、対Mr.コンプレス戦で目線で合図くれただろ。あれ、嬉しくて震えた」

『…轟くんって意外とストレートに表現するね』

「お前ほどじゃない。あと、無事に戻ってきてくれてありがとう。ずっと、それが伝えたかった」


見たことがないくらい優しく笑うものだから、梓は面食らった。
こんなキャラだっただろうか?もっとツンケンしていたような気もするし、もっと仏頂面だった気もする。
職場体験以来絡むことが増えたが、それがどんどん濃くなっている気がして、どういうことだろう?と一旦考えたものの面倒になって梓は考えるのを放棄した。


『とりあえず、私もかっちゃんも五体満足で帰ってこれて良かったよー』

「そうだな…あ、東堂」

『ん?』

「最近、夜遅いよな?女子が喋ってるところに居ないし、どこに行ってるんだ?」

『ああー、鍛錬!ずっと日課だから、校舎の稽古場借りてやってるの。そうか、だから轟くんと顔合わせる機会が少なかったんだ。なかなか2人になれなくて言いそびれてたの私のせいだったわ』

「…そうか、あんまり無理すんなよ」

『してないよ、日課こなしてるだけ』


なんてことないように笑う。
その笑顔が屈託なくて、轟もつられて笑った。

彼女と話すようになってから随分表情筋が動くようになったな、と頬を触るA組屈指の実力者だった。





その日の昼、梓は圧縮訓練を中断して、
お昼ご飯を食べに耳郎と食堂に来ていた。


『ほぉ、耳郎ちゃんの心音の破壊力ヤバイ』

「やめてよ恥ずかしい。ま、でも、爆音だから破壊力はあるよ。味方に向けないようにしなくちゃ」

『うーん、私もそこは課題だ。あと技名、これも課題』

「は?技名?そんなのテキトーに考えればいいじゃん」

『耳郎ちゃんのハートビートファズ!!みたいなのが思いつかん』

「ちょここで大声で言うのやめてくれない!?めっちゃ恥ずい!」

『ごめん悪気はない』


あまりにも大きな声でハートビートファズ!なんて言うものだから焦って頭を叩けば周りからくすくす笑いが漏れ、耳郎は顔を真っ赤にして飲み物を飲んだ。

元凶である当の本人は全く反省などしていないようで、自分の技名の心配をしている。


『なにがいいかなー思いつかないなー誰か決めてくれないかなー』

「自分で決めなよ…」

『えー、耳郎ちゃんだったら何にする?』

「ウチ!?…あー…梓は刀使うし、割と和っぽいから、和名がいいかもね」

『ほう。それで?』

「んー…今よく飛ばしてるのって雷と風ベースの斬撃だよね?だったら、」

「疾風迅雷、とかどうだ!?」

「『うお!?』」


技名を言いながら突然現れたのはB組の鉄哲だった。
隣には泡瀬と円場もいて、梓は顔を輝かせる。


『鉄哲くん!泡瀬くん!つぶらまくん!』

「円場ね!東堂ちゃん、あの時以来だな」

『わーほんとだね』


あの時以来。
円場の言葉が鉄哲達にも響いた。

それぞれが、それぞれの場所で目の前の小柄な少女の背を見送った。
泡瀬は毒ガスの前で、鉄哲は次の戦場に向かう姿を、そして円場は霞む視界の中で。

守ると、もう一度生きて会おう、と。
力強くいった少女が敵連合に連れ去られてしまって、彼らもまた生きた心地がしなかった。

無事にまた会えてよかった。
鉄哲は笑う梓の肩にぽん、と手を置くと、


「マジで、帰って来れてよかったな!」

「怖くなかったか?あと、緑谷たちが助けに行ったってマジ?」

『ありがと鉄哲くん。泡瀬くん、怖くなかったよ。うん、轟くんの大氷壁ジャンプ台にしていずっくんと飯田くんと切島くんが飛んできた』

「「「どう言う状況!?」」」

「梓、端折りすぎ」

「なんか、ピンチってか危機の時のA組やべーわ」

『あはは、でも、私も含めて助けに来てくれた組も相澤先生にめっちゃ怒られたから、もうルール破るようなことはしないよ』

「そっか、そうだよな…。でも、東堂ありがとな。そりゃ、爆豪追いかけて敵連合に飛び込んだのは怒られるかもしんねえけどさ、俺は本当に救われたんだよ。お前が、みんなを守るって言ってくれて、ほんとに、」


本当に光だったのだ。
霞む視界と微睡む意識の中で聞こえてきた言葉と、かろうじて見えた笑顔。


《必ず君を守るし、君が守りたいと思う人たちも守るから、安心して休んでて。こっちは任せて》


ヒーローだった。正直言って惚れた。
その強い光に依存しそうになった。
あの時のことを思い出してぐっと唇を噛む。

が、当の本人は首を傾げていて。


『言ったっけ?思ってはいたけど、言ったっけ?覚えてないや』

「バカだ」

『じろちゃんひど!』

「それよりほら、鉄哲が良いの言ってたじゃん。必殺技名」

『あ、なんて言ってたっけ?』


あの時の格好良さが嘘のようにすっとぼけている。
そのギャップに鉄哲も泡瀬も円場も笑ってしまった。


「っぶはは、疾風迅雷な!耳郎が、風と雷がベースの斬撃飛ばすやつって言ってたからよ」

「疾風迅雷ってのは、速い風と激しい雷のことを言うんだよ。鉄哲にしては良いの思いついたんじゃね?」

『おお、かっこいー!それにする!』

「あはは、梓っぽくていいかも」

『ロッキンガールの耳郎ちゃんが言うなら間違いないね』

「いやロッキンガール関係ないから」


耳郎のツッコミにまたひと笑い起きる。
あの合宿以来の戻ってきた平穏に自然と頬が緩んでいると、


「あの!」


突然横から声をかけられ梓達は揃って、ん?と横を向いた。
そこにいたのはヒーロー科ではない男子生徒だった。


『?』

「東堂さん、あの、」

『えっ、私に用?』

「うん、東堂さんに伝えたいことがあって…その、心操と、友達だよね?」

『ああ、うん』

「俺、あいつと同じクラスなんだ。心操が昼休みになってすぐ知らない先輩達に呼び出されたんだけど…雰囲気悪かったから気になって…ごめん、こんな話君にするのもアレだけど、」

『……』


普通科の男子生徒にそう伝えられ、静かになった梓に耳郎は目をパチクリさせた。
隣では鉄哲が心操って誰だっけ?と泡瀬に聞いている。


「心操って…緑谷と戦った子?」

「東堂ちゃん、仲良かったのか」

『……ん、教えてくれてありがと』


なぜ呼び出された?なんのために?というか何故梓に報告?とハテナを浮かべる耳郎達を残して、梓は席を立った。


「梓?ご飯まだ残ってるよ」

『…ん、でも、ちょっと行ってくる』

「え、ちょ、梓!?」


驚く耳郎や鉄哲を置いて、梓は足早に食堂を出るのだった。


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