屋上の扉横の壁にドンッと叩きつけられ、痛みに顔をしかめながら心操は自分を囲む5人の男達を睨んだ。
東堂梓の事で話があると言われて、いつかこういうことが起きるかもしれないと思っちゃいたがこうも早いか、あいつの人気やばいなと思いつつついてくれば案の定コレだ。
「テメェみたいな雑魚個性の普通科野郎が梓チャンと気軽にお喋りしてんじゃねェぞ」
「何なんの取り柄もないお前があの子から話しかけてもらえんだよ。なんか気に入られるような卑怯な手使っただろ!」
「…別に、使ってませんよ」
掴まれた胸ぐらをパッと払いながら先輩であろう男を見上げて言えば、顔を真っ赤にして怒りに震えた。
「俺たちだけの梓チャンなのに、抜け駆けすんじゃねえよ…」
「……」
抜け駆けってなんだ。
過激な親衛隊がいるとは話に聞いていたが、ここまでか。あいつの人気やばいな、と二度同じことを思いながらハァ、とため息をつけばまたドンッと壁に押さえつけられた。
「痛っ」
「何余裕ぶっこいちゃってんの?お前自分の立場わかってんのか?あの子はお前や、俺らみてーな普通科の奴が声かけちゃいけねぇんだよ。轟や爆豪が話すんはまだ我慢できるが、お前、…なんら魅力もねえお前が話していい相手じゃねぇ!」
「はぁ…」
「聞いたぜ心操、お前、洗脳なんて敵向きの個性のくせにヒーロー科の編入目指してんだって?それもあの子に近づく方便だろ?いいよなァ、それで接点つくろうなんざこすいよなァ」
「別にそんなんじゃ」
「なれねえよ、お前じゃ」
畳み掛けるように言われる。
「お前は何やっても隣に並べねえよ。梓ちゃんは雲の上の存在で触れていい存在じゃねえんだよ、お前みたいな虫けらは、普通科で黙って影から見守るべきなんだよ。身の程知らずが」
ふつふつと怒りが湧き上がってくるが、心操は表情を変えることなくただ黙って話が終わるのを待っていた。
が、
「それとも何、その敵向きの洗脳って個性であわよくば梓チャンを従わせようとしてる感じ?」
「ひゃー、怖っ。従わせてどうするつもりだよ?いいなァ、ヤりたい放題か」
その発言は、聞き流せなかった。
ギッと相手を睨み、胸ぐらを掴んでいた腕をグッと捻りあげる。
「痛タタタ!!」
「、この!」
脅しで持っていたであろう金属バットを振り上げるのが横目で見え、パッと男の腕を離すと頭をずらすだけでバットを避け、掴みかかってきた2人の合間を縫うようにタンッとステップで避け、
「「なんだァ!?」」
流れるようなその動き。
東堂家での地獄の鬼ごっこの成果だ。
(息づかいと動きの流れで先が見える)
いつもあの野蛮集団を相手に鍛錬しているのだ。
同じ普通科の男の攻撃なんて、随分ゆっくりに見える。
「別にさ、俺のことどう言おうが構わないけど、あいつのこと…言葉で辱めんのやめてくれない?」
周りを睨めば、彼らは逆上した。
一斉に掴みかかってきて、どうしようかと心操は頭を働かせた。
(反撃したら俺まで処分食らうかも…ヒーロー科に編入する為には余計な問題起こしたくねーし。それに、)
東堂一族は他を守る為に力を振るうのだ、と言われていた。他が為の力で、それを自分の私利私欲に使ってはいけない。
守りたいものを守る時、その時に力を発揮する、と。
(今やり返すのは、邪念があるもんな。とりあえず避けつつ屋上から逃げて先生らに助けを求めりゃ)
次から次へとくる5人の攻撃を身を翻しながら軽やかに避ける。
「なんだこいつ!?」
「当たんねェ!」
「避けまくりやがって、卑怯者が!!」
(卑怯者で結構)
サッサッと金属バットを避けながら頭を後ろにずらした時、胸ぐらを掴まれた時に緩んだネクタイの所為で制服の中にしまっていた、眷属の証である契りのリングがシャラン、と服の外に出た。
ずっと首にかけていたそれが外に出て、あ、仕舞わないと、と思った一瞬でギリギリ避けた男の手が偶然そのリングを掴む。
(やべ)
ぐいっと引っ張られ、首がガクンと揺れる。
「なんだ、こんなチャラチャラしたもんつけやがって」
「触るな!」
やっと心操の表情から余裕が消えた。
周りは少し驚いたもののすぐに嫌な笑みを浮かべてリングを勢いよく引っ張った。
ブチッと、チェーンが外れる。
リングは男の手に渡り、心操は取り返そうと男に手を伸ばすが、もう1人に腹を蹴られ腕を掴まれ、羽交い締めにされ身動きが取れなくなった。
「っ…クソ、」
「へえ、そんなに大事なものなのか。さっきまでの余裕はどこにいった?心操クン」
「洗脳使うか?使えよ?敵みたいな個性で奪い返せよ、ホラ」
リングが男の手の中で転がる。
一気に余裕のなくなった彼に男達は笑みを深めると、
「そんなにコレが大事ならなァ…」
「オイ…やめ、」
「屋上ダイブして取って来いやァ!!」
「やめろ!!」
静止虚しく、ポン、とリングを屋上からフェンスの向こうに投げた。
きらりとリングが太陽を反射しながら弧を描き、落下体制に入る。
心操は手のひらの汗まで分かるような焦りを覚えた。
先ほどまで冷静に考えられていたのに何も考えられなくなって、自分を掴む手を乱暴に振り払うと、弾けるようにフェンスに向かって走る。
「お、おい!?」
「やべぇ…!」
「やり過ぎなんじゃ」
そのまま周りが止める間もなくフェンスをジャンプして超えると屋上の淵を踏み台にして大きく飛んだ。
後ろで男達の悲鳴が聞こえる。
自分でも頭がおかしい行動をしたとわかってる。
が、
《それね、私のお母さんのものだったの。お母さんは、私の父の、1番の側近だったの》
《!》
《身につけてもいいし、自分の机に仕舞っといてもいいけど、大事に持ってて。そして、別の道を歩みたいと思った時は、それを返しに来て》
あの時、死ぬまでコレを持っていようと決めたのだ。
大事に、胸を張って身につけられるようになる日まで服の中にしまっておこうと。
そのリングを、
「絶対に…、無くさない…!」
パシッと、心操の手がリングを掴む。
手の中に存在するそれに安心するもつかの間、重力に従い突然の落下感が彼を襲う。
何も考えずに飛び出してしまった彼はどうしよう、と心臓をばくばくさせて焦るが、
自分が落下することで見えなくなりかけている屋上の扉が開き、現れた少女と目が合って、
(あ。)
その目が大きく見開いたのち、鋭くギラつくと一気にフェンスまで跳び同じく屋上ダイブした。
「はぁ!?」
驚く心操をよそに、梓は心操の腕を掴むとぐいっと自分の方へ引き寄せ抱きつく。
そして、
『ピリッと、するよ!』
風を巻き起こした。
ぶわり、と大きく渦巻き、ピリピリと静電気と水が走る。
巻き起された風で自然と体が浮き、梓は行きたい方向に追い風を吹かせ、無事ふわりと屋上に着地する。
地面に降ろされた心操は未だ心臓バクバクの中リングだけは大事にぎゅっと握りしめていた。
「お前…なんでここに」
『守るため。学校中探し回ったから遅くなった、ごめん』
ちらりとこちらを向いた目は優しかったが、その目はすぐに呆然としている男達に向かう。
横顔は、凛として殺気混じりで、起こっているのがうかがえた。
『なんで、心操がここからジャンプすることになったの』
「梓チャン…違うんだよ、違う。こいつが勝手に」
「そうそう、ちょっと話してただけで、たまたま指輪があっちに飛んでっちゃってさ」
「それより梓チャン、俺のこと知ってる?よくファンサイトにコメント書き込んだり、君の親衛隊の初期メンバーなんだけど」
『知らんわ。誰だお前』
ぶった切った梓に思わず心操は笑ってしまった。
梓ワールドが展開されていく。
『リングが勝手に飛んで心操も飛んでった?なに、そのファンタジー。心操、教えてよ、本当は何があったのか』
「…アンタに、梓に近づくなとか色々難癖つけられて取っ組み合いになって避けたけどリング取られてぶん投げられたから、リング追いかけた」
『簡潔!心操わかりやすい!ありがとう!とゆーわけで、お兄さん方』
カツカツと梓が男達に向かって歩く。
そしてボスらしき男が持っていた金属バットを勢いよく奪うと、いつもは緩んでいる大きな目の瞳孔が開き、鋭く男達を見上げ、
『私が仲良くする人間は、私が決める。次、私の心操に何かしてみろ、何度でも止めてやる』
ふわふわアイドルヒーローにでもなりそうな出で立ちなのに、畏怖するほどのそれに周りは息が詰まりそうになった。
割と彼女の殺気になれはじめた心操は(私の心操!?)と別のところで息が詰まっていた。
『心操、行こ。怪我ない?』
「…ない。ほとんど避けた」
『そ。』
くるりと振り返った梓はいつも通りで、手招きされ一緒に屋上を出て行こうとするが、梓の手を男が掴んだ事によってその歩みは止まった。
「何でだよ、梓チャン…!君は孤高の存在で、轟や爆豪だから連むのを許してたのに、なんでこんな出来損ないの敵みたいな個性のやつと…」
ーガァンッ!!
男を黙らせるかのように響いた音は、梓が金属バットとコンクリートの壁に叩きつけた事によって起こったものだった。
壁は抉れ、バットは曲がっていて、心操は自分のことを貶されたのを忘れて引き気味に梓をうかがう。
彼女の目は随分と冷たかった。
『なんで心操のこと馬鹿にするの』
「……」
『お前なにも知らないじゃん。心操がどんな思いで私のところに来たのかも、どんな思いで強くなろうとしてるのかも…洗脳って個性で、人を救えるヒーローになりたいって思ってることも』
「……」
『何も知らない人間が偉そうに心操を貶すなよ。あとさ、私にとっての敵は、私の守りたいものを傷つけようとするものなんだよ。つまり、』
今の君たちは、私にとって敵も同然だから。
ひしゃげたバットを彼らに向けて脅すよう突き出した梓は最高にヒーローだった。
その殺気に気圧され、男たちはドッと尻餅をついている。
『行こ』
もう一度促され、屋上を出て行く梓について、心操も屋上から出ようとする。
が、最後に一回だけ振り返ると、
「俺も同じ、守りたいと思ったものを守る。だから、次あいつのことを辱めるような言い方したら、俺も容赦しない」
『…心操ー?』
「すぐ行く」
屋上に取り残された男たちは少しの間放心状態だった。
一方、梓は心操とともに屋上から降りる階段を進みながら浮かない顔をしていた。
気になりつつも、とりあえず御礼の方が先だと彼女の隣に並ぶ。
「梓、ごめん。俺のミスで、手間かけた」
『え?ミス?』
「リング取られたから」
『自分で取り返してたじゃん。屋上ダイブは心臓止まるかと思ったけど。…それより、よくわかんないけど今回心操が絡まれたのって、私のせい、だよね』
「は?」
梓は、申し訳なさそうな悲しそうな、あと戸惑いも入った、とにかく混乱した表情をしていた。
『なんでかよくわかんないけど、あの人たちは私と心操が仲が良いことにムカついてたから。学校であんまり仲良く話しちゃダメって、心操によく言われてたし、こうなる事を予期してたんでしょ?』
「…まァ、ね。嫉妬とかさ、脳内お花畑の梓にはわかんないだろうが」
『エッひど』
「でも、いいよ。たしかに呼び出されるのとか色々嫌味言われるのが嫌で、アンタと距離おきたいなと思ってた時期もあるけど、今はどうでもよくなったんだ」
『え?』
「上手いこと言えないけど、知らない誰かに忖度して今この時間をアンタと過ごさない選択する方が勿体無いと思った。自分のやりたいようにやるよ」
『じゃ、じゃあ』
「今まで通り、俺に気なんて使わずに、アンタはアンタのやりたいようにしろよ」
『…心操ぉー!』
ありがとう!駆けつけるのが遅くなってごめんよぉ!!
と抱きついてきた梓に、心操は面倒だなと思いつつも吹っ切れたように笑うのだった。
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