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次の日から、
仮免取得を目標に合宿の延長線上にある個性圧縮訓練が始まった。
トレーニングの台所ランド、通称TDLで行われるそれで1人2つ以上の必殺技を身につける事。

ヒーローっぽいの来たぁ!と湧き立つクラスメート達を横目に梓は必殺技なんて考えもした事ないよと未知の世界に震えていた。


「どした、プルプルして」

『耳郎ちゃん、私、必殺技とか考えたこともないよ…どうしよ、その思考がないよ…』

「めずらし。戦闘脳の梓だったら何個も思いつきそうなもんだけど。個性も派手だし」

『だって個性に頼った鍛錬してなかったんだもん〜!』

「ああ、なるほど。それでか、納得」


ある意味イかれてるせいだわ。
と同情したのか貶したのかわからない耳郎に隣で聞いていた尾白がひどいな、と顔を引きつらせる中、セメントスが地形を作り始める。


「ここは俺考案の施設、生徒一人一人に合わせた地形や物を用意できる。台所ってのはそういう意味だよ」

「なーる」

「質問をお許しください!何故仮免の取得に必殺技が必要なのか、意図をお聞かせ願います!」

「順を追って話すよ。落ち着け。ヒーローとは、事件・事故・天災・人災…あらゆるトラブルから人々を救い出すのが仕事だ。取得試験では当然その適性を見られることになる」

「情報力・判断力・機動力・戦闘力、他にもコミュニケーション能力・魅力・統率力など。多くの適性を毎年違う試験内容で試される」

「その中でも戦闘力はこれからのヒーローにとって極めて重視される項目となります。備えあれば憂いなし!技の有無は合否に大きく影響する」

「状況に左右される事なく安定行動を取れれば、それは高い戦闘力を有していることになるんだよ」

「技ハ必ズシモ攻撃デアル必要ハナイ。…例エバ、飯田クンノ"レシプロバースト"。一時的ナ超速移動、ソレ自体が脅威デアル為、必殺技ト呼ブニ値スル」

「あれ必殺技でいいのか…!」

「あと、東堂の刀に嵐を圧縮させて斬撃を飛ばすアレ。アレも必殺技だろ」

『エッ…あれ必殺技でいいのか…!エッジショットさんありがとう〜…!』


相澤から当然のように指摘され梓は空に向かって手をすり合わせる。
エッジショットさん死んでないぞ、と冷静に轟に突っ込まれ、そんなつもりじゃないよと笑った。


「先日大活躍したシンリンカムイのウルシ鎖牢なんか模範的な必殺技よ、わかりやすいよね」

「中断されてしまった合宿での個性伸ばしは…この必殺技を作り上げるためのプロセスだった。つまりこれから、後期始業までの残り10日余りの夏休みは個性を伸ばしつつ必殺技を編み出す、圧縮訓練となる!尚、個性の伸びや技の性質に合わせてコスチュームの改良も並行して考えていくように。プルスウルトラの精神で乗り越えろ、準備はいいか?」

「「「ワクワクしてきたぁ!」」」

(わくわくはしないけど、1個必殺技できてたぁ!あと1個…)

(あまり無理はできないし、どうしよう)


顔を綻ばせるクラスメート達の中で梓と緑谷だけが少し不安げな表情をしていた。

それぞれが自分の持ち場につく中、
一番高いところに自分専用の地形を作ってもらったはいいが、あまりの高さに梓はポカーン、とそれを見上げた。


「ひゃー!梓ちゃん、あそこでやんの!?怖くねェ!?」

「クソ高いな、つーかあそこまでどうやっていくんだよ」

『上鳴くん、切島くん』


両隣に立った2人は同じように首が痛くなるほど高いところにあるそれを見上げていて。


『たっかいねぇ…あんな高いところに立ったことないや』

「梓ちゃん高所恐怖症?」

『いや、そんなことはないけど』

「つーかどうやってあそこまでいくんだよ」

『切島くんそればっかり!』


あはは、と笑う梓に切島は首を傾げた。
あんな高いところにどうやっていくのか、困っている素ぶりは見えなかった。

そこで、彼女のコスチュームが少し変わっていることに気づく。


「あれ?東堂、そんな膝上のブーツ履いてたか?」

「確かに!わ、ブーツにしては硬い!すげェ華奢なフォルムで全然違和感ねえわ。梓ちゃんの身軽さを全く邪魔しないしなやかさだなァ」

『そうでしょ?しかも軽くて頑丈!相澤先生が作ってくれてね、あ、作ったのはパワーローダー先生か』

「へェー!どんな性能があるんだ?」

『エッ?軽くて頑丈なだけ』

「「エッ、それだけ?」」


思わず言葉が合わさった。
わざわざ相澤が専用に作るなんて、それ相応の何かがあるんじゃないかと思ったのだ。
なのに性能はないと、ふつうに軽くて頑丈で自分にぴったりで華奢なフォルムで、って。

と、そこで切島はふと合宿を思い出した。


「あれ?そういや東堂、合宿中何してたんだ?」

「あ、そういえば梓ちゃん、めっちゃ離れたところでなんかやってたよな?」


2人の問いに、梓の口角が上がる。
爆豪と似た上がり方をするそれに2人がドキッとする中、地面を蹴った。

ぶわりと風が全体に吹き渡り、梓の体が浮く。


「「はぁ!?」」

『このアーマーブーツを武器と考え風を纏い、エアライドを可能とさせる!合宿で提案してもらって、ずっと練習してるから体に馴染んできたよ』


くるんと華麗に空中で身を翻し、高さ数メートルでふわりと浮く。
まだコントロールが安定しないのか、時折走る稲光と風に紛れる雨のような水滴。
それもあいまって、彼女はまるで嵐を纏う天の使いのようだった。


『もっと、静かに目立たなく飛べるようにならなきゃいけないんだけど、ねっ!』


ぶわりと風が吹く。
何もない空中を蹴るような仕草で一気に空中を駆け上がっていったクラスメートに切島と上鳴は、


((また頭のおかしいファンが増えるんじゃ))


と、別の方向で危惧するのだった。





夕方、心操は急いで鞄に筆記用具などを詰め込んでいた。
まだ後期の授業は始まっておらず、夏季休暇中の課題を教室にて終わらせるという自由参加型の自習である。
このまま稽古場に直行だ、と気合を入れたところで自分の席の周りにクラスメート達があつまってきた。


「心操ォー、今から駅前まで行くんだけど、お前も行かね?」

「最近ずーっと付き合い悪かったじゃん!どこに寄ってたのか知らねェけど寮生活も始まったことだし、お前も暇だろ?」

「行こうよ、心操くん!」


誘われるのは嬉しい。
だが、一緒に駅前に行って遊んで学生生活を謳歌する気にはなれなくて。
それよりも契りを結んだ友人のような主人と一緒に切磋琢磨する時間の方が自分にとっては重要で。


「ごめん、皆で行ってきて」


申し訳なさそうに眉を下げれば周りの顔が曇った。


「えー!心操くん行こうよぉ!」

「昨日も寮に帰ってくんの遅かったし、何してんだよ?彼女!?彼女か!?」

「そんなんじゃねーよ」

「明日は?明日なら行けんの?」

「ずっと行けない。やらなきゃいけないことがあるんだ」

「「なに?」」

「それは…」


言いたくない。ただでさえ普通科はヒーロー科に対する嫉妬や劣等感を感じる。
その場に身を置いている心操がそれは一番よくわかる。
だからこそ、相澤や東堂家が自分に協力してくれていることを彼らに言うのは気が引けた。

どうはぐらかそうか、と悩んでいれば教室が騒ついた。


「あれ…あの子、」

「えっ、A組の子」

「東堂梓…!うわ、すげえ可愛い…」

「生で見んの体育祭以来だわ。ネットでも専用のサイトあるくらい人気だよなァ」

(えっ)


まさかの主人登場に顔を引きつらせて廊下を見ればたしかにキョロキョロしている梓がいた。


(何探してんだ?まさか、俺?いやいや、何か他に別の用事があるのかも…)


その目がこちらを向く。
目が合った瞬間、見つけたとばかりに顔が輝いて、やっぱり目的は俺か!と心操は焦った。


「キョロキョロしてる。クソ可愛い。…敵連合に攫われたって聞いてマジで敵連合羨ましかったもん」

「おい不謹慎。でも、たしかに…」


攫いたくなる危うさがあるよなァ、
と、とんでもないことを言う後ろの席のクラスメートを持っていたタオルでバシィッと殴ると、鞄を慌てて持って彼女の元へ向かおうとする、が、
それよりも早く彼女は教室に入ってきた。


『しーんそぉー』

「!」


教室が一際ざわつく。バッと嫉妬やら何やらの視線が集まる中、彼女はなんて事ないような顔で心操の元まで歩いてくると、


『なにびっくりしてんの。心操あのね、心操が普通科って事は覚えてたけど、クラス忘れちゃったから彷徨っちゃったよー』


終わった。
クラス全員にこいつとの親密さがバレた。
薄々感づかれてはいたけど言い訳できないくらいにバレた。

平穏な普通科ライフ終わった。


心操の心情などいざ知らず、梓は続ける。


『心操のクラスどこ?って聞こうにも皆距離おくしさぁ。なんで?私かっちゃんみたいに人相悪くないよね?』

「…」

『心操?聞いてる?』

「…馬鹿」

『なんで!?』

「わざわざ来なくても…」

『ついでだよ。体育館γからの帰り道。そのままみんな残って自主練中』

「へぇ、戦闘訓練?夏休み中に?」

『ん、強制参加の圧縮訓練。合宿中断されちゃったからね。必殺技を習得するために』

「だから指定ジャージ着てんのか。必殺技ねェ…、斬撃飛ばすのは必殺技になりそうだけど。とりあえずライドが安定しないとな」

『そうなんだよ。よくお分かりで、流石心操』


圧縮訓練なんて興味深い話をするものだがら普通に話をしてしまった。
クラスがぽかんと自分を見ていることに気づき心操はやばいとしまったを顔に出すと、梓の腕を掴んで足早に教室の出口へ向かった。


『わ、ちょちょ、心操いきなりどうしたの』

「いいから!視線が痛い!」

『わぁ、ほんと。みんなこっち見てる。心操有名人』

「お前だよ」


バタバタと廊下を走って人気のない道まで出ると、歩きながら稽古場へ向かう。
やっと視線から逃れた心操は大きなため息をついた。


「ハァー…」

『心操なんか怒ってる?いつもに増して目つきが悪い』

「別に怒っちゃいないよ、けど…明日の質問責めがだるいなァと思ってサ」

『質問責め?』

「あんな、皆梓みたいにノーテンキじゃないの」


突然の悪口!と梓は悲鳴をあげた。
ずっと彼女のことは名字で呼んでいたが、主従関係を結び眷属となったあの日から、名前を呼び捨てるようになった。
慣れない名前呼びで心操は続ける。


「悪い意味じゃないって。そうじゃなくて、梓目立つから。普通科からしたら1年トップ3に入る超有名人って感じなんだよ」


親衛隊もあるしな。とため息をつく。
ちらりと梓を見れば、少しだけ申し訳なさそうな顔をしていて。


『もしかして、迷惑かけた?』


初めて見た窺うような目に心操はドキッとした。
嬉しそうだったり、楽しそうだったり、辛そうだったり、かっこよかったり。
色々表情を見てきたが、この顔は初めてだ。

すぐにブンブンッと首を横に振れば、梓は少し気にしつつも良かった、とホッとしていて。


『心操が嫌だったら、喋りかけちゃ駄目かなって思ったけど、でも…それはやだなぁと思ってさ』

「別に、アンタは気にしなくて良いよ」

『うーん…わかった』

「時間は有限だし、鍛錬しよう」

『そーだね、今日相澤先生来てくれるんだよね?』

「ああ、捕縛布の使い方教えてくれるって」

『じゃあ、私あっちでライドの練習してくる!嵐巻き起こすから気ぃつけてね!』


一日中圧縮訓練していたはずなのに体力底なしかよ。
心操はストレッチをしながら、今更ながら東堂一族やべえなと震えるのだった。

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