8月中旬。全寮制が始まった。
「とりあえず一年A組、無事にまた集まれて何よりだ」
相澤の言葉に梓は周りのクラスメートたちを見渡して喜びを噛みしめる。
ここに帰って来るために頑張ったのだ。
「みんな許可降りたんだな」
「私は苦戦したよ…」
「フツーそうだよね…」
「2人はガスで直接被害あったもんね」
「無事集まれたのは先生もよ。会見を見たときはいなくなってしまうのかと思って悲しかったの」
「うん。」
「…俺もびっくりさ。まァ、色々あんだろうよ。さて…!これから寮について軽く説明するが、その前に一つ」
パン、と相澤が手を叩き、私語を話していた者たちも彼に注目する。
少し緊張感が走った。
「当面は合宿で取る予定だった仮免取得に向けて動いていく」
「そういやあったなそんな話!」
「色々起きすぎて頭から抜けてたわ…」
「大事な話だ。いいか、轟、切島、緑谷、八百万、飯田…この5人は、あの晩あの場所へ、爆豪と東堂救出に赴いた」
場が凍った。
どういう経緯で5人が助けに来てくれたのかはわからないが、周りの反応を見て、みんな把握はしていたのかと梓は申し訳なさそうに眉を下げる。
「え…」
「その様子だと行く素振りはみんなも把握していたわけだ。東堂にはもう言ったが、色々棚上げした上でみんなにも言わせてもらうよ。オールマイトの引退が無けりゃ俺は、爆豪・耳郎・葉隠以外全員除籍処分にしてる」
「!?」
「彼の引退によって暫くは混乱が続く。敵連合の出方が読めない以上、今雄英から人を追い出すわけにはいかないんだ。行った5人はもちろん、把握しながら止められなかった12人も、そして、あの晩、爆豪を追って黒霧のワープゲートに飛び込んだ東堂も、俺たちの信頼を裏切ったことには変わりない」
たしかに言われた。
目を覚ました次の日も彼は来て、前日の優しさが嘘のようなお説教1時間だった。
(怖かった…)
思い出したくなくて首を振るとまた眉をへにょりと下げて相澤を見上げる。
「正規の手続きを踏み、正規の活躍をして、信頼を取り戻してくれるとありがたい。以上!さっ!中に入るぞ、元気に行こう」
(((いや、待って。行けないです)))
ずーん、と落ち込んでしまったクラスメート達。
梓と爆豪はどうしよ、と目を合わせた。
自分たちのせいである自覚はあるが、なんと声をかければいいかわからなかった。
爆豪が何故か上鳴を捕まえて草むらに行く中、とりあえず当たって砕けよう、と梓はクラスメートたちに向き直る。
『みんな、ごめん…!かっちゃんが捕まって、後先考えず飛び込んだ。守るため、とか思ってたけど、やつらのテリトリーじゃなんもできなくて、自分の判断が間違ってたって思い知った…』
「梓…」
「東堂さん、そんな、東堂さんはたくさん頑張ってくれたよ」
『いや、あの夜、かっちゃんを取り戻していれば、こんなことには…。ごめん、私弱かった』
「梓ちゃん、謝らないで。あの時、梓ちゃんはたしかにヒーローだったわ。…これから、一緒に強くなって判断力をつけていきましょう」
『梅雨ちゃん…、うん。』
その時だった。バリバリィッと電気が走り、そういえば上鳴が何故か爆豪に連れていかれたんだった、と全員振り返れば、そこにはアホになった上鳴がいた。
「うェ〜〜い…」
「『バフォッ』」
同じタイミングで吹き出した耳郎と梓の隣で瀬呂もつられたように笑う。
少しだけ、空気が和んだ。
「何?爆豪何を…」
「切島」
「んあ?…え怖っ、何、カツアゲ!?」
「ちげえ!俺が下ろした金だ!」
爆豪が切島にお金を渡す姿は異様だが、
いつまでもシミったれられっとこっちも気分悪ィんだ、と凄く分かりにくすぎる爆豪の気遣いだとわかり周りはハッとした。
「いつもみてーにバカ晒せや」
「…わりィな」
彼なりの仮の返し方なのだろう。
不器用だなと思いつつも
ショートした上鳴がウェいウェい言う中、切島は切り替えるように拳をあげると、
「皆!すまねェ…!詫びにもなんねえけど、今夜はこの金で焼肉だ!」
「ウェーい!!」
「マジか!」
『エッ、かっちゃん私も半分出すよ!』
「ざけんな、引っ込め」
『わあ、いつもに増してひどい』
慌てて財布を出すが暴言を吐かれ梓は笑った。
が、ぎろりとこちらを向く目が本気で怒っていて、
梓を含め周りもシン、と黙る。
「梓、あのときはああするしかなかったが、」
『……。』
「今度、自分の命を盾にしてみろ、ぶん殴るからな」
『……え。かっちゃんに言われたくない。同じことしたじゃん』
「はァ?」
『確かに、私を盾にかっちゃんを従わせようとするなら舌噛み切って死んでやるって言ったけど、かっちゃんも同じようなこと言ってたじゃん』
「それは、お前が!」
『考え無しに追いかけたのは謝るよ。でも、かっちゃんも命を盾にすんのやめて。今度は一緒に、正規の活躍をしよう』
爆豪の言葉を遮って拳を前に出せば、彼は少しだけ悔しそうに眉間にしわを寄せると、こつん、と拳を合わせた。
そんな2人を見て、
「は!?何その状況!?お前らカッコよすぎだろ!?愛し合ってんの!?」
「ひゃー…極限の状態で、すげェな2人とも」
「たしかに東堂さんの行動は必ずしも正しいとは言い難いけどさ、東堂さんだから爆豪は正気でいられたし、爆豪だから東堂さんも強くいられたのかもな」
「尾白くんいいこと言うねぇ!」
「なんか嫌だ」
「僕も」
「轟くんと緑谷くんが不機嫌だ…!」
一旦相澤に怒られたことを忘れてざわつくクラスメートたちだった。
ー
寮の内部の説明の後、それぞれ引越し作業が夕方までかかった。
そして、あっという間に夜。
「やーっと、終わったぁ」
自分の部屋を出てストレッチをしていれば、おつかれと耳郎が声をかけてきて梓は顔を上げた。
『じろちゃん、おつかれ』
「怪我はもう大丈夫なの?」
『うん、よゆー。耳郎ちゃんは?ガスで意識不明だったでしょ』
「ウチは大丈夫」
「梓ちゃん、いたいた!」
耳郎と話しているところに葉隠が駆けてきて、自分に用があるらしく目の前でキキーッと止まった。
「もう怪我大丈夫なの?」
『うん!透ちゃんも体調回復した?』
「もちろん!あ、そのガスのことなんだけどね、」
「ヤオモモに聞いた。私たちがガスにやられたって聞いて、梓が1人で毒ガス敵やっつけるためにガスの中に入ったって」
「倒してくれたんでしょ?B組の鉄哲くんや拳藤さんと一緒に!」
『……う、うん。でも、遅かった』
「「遅くなんかない!」」
『!?』
「爆豪追いかけちゃった件は、たくさん怒られただろうけどね、梓ちゃんが私たちを守るためにしてくれた行動は、絶対忘れないよ!」
「うん、今度はウチらが梓のこと守るから、任せてよ」
ぱん、と背中を叩かれ、
あの日の自分の行動で少しでも救われた人がいるなら、無駄じゃなかったんだなぁ、と感慨深く小さくコクリと頷く。
『…ありがと』
「なにお礼言ってんの。こっちの台詞だよ」
「そうだよー!あ、梓ちゃん、今から部屋王決めるんだって!来るよね?」
『部屋王?なにそれ』
一番お部屋のセンスが良かった人が勝ちなんだよ!と葉隠に教わりながら共同スペースに行けば、全員揃っていた。
「お、来た来た。始めるぞー!」
切島の声に周りが楽しそうな声をあげる。
が、ガチャリと玄関が開き、相澤がひょっこり顔をのぞかせたことで皆、一斉に私語をやめた。
「先生?」
「飯田、全員片付け終わったか」
「ええ、まあ」
「そうか、東堂…行くぞ」
謎のご指名に全員梓に視線を向けた。
当の本人はぽかんと口を開けている。
『…え?どこに』
「察せ」
『?…ああ!』
察せとは?
しばらくフリーズしたあと思い出したように手を叩いた少女はパァっと顔を明るくさせると相澤に駆け寄った。
『よし、いきましょう!』
「なにお前が先導してんだ」
軽口を言い合いながら出て行った2人を見送ったクラスメート達は何事だろう?と首を傾げつつも部屋王決定戦を開始するのだった。
ー
どうやら専用の稽古場を当てがってくれるらしい。
しかもそこに刀や備品も運び込んで良いというVIP待遇。
梓はすぐさま心操を呼びに普通科の宿泊棟へ走った。
心操を呼び出すためとはいえ他のクラスの宿泊棟へ訪問するのは気がひけるなぁ、と少し緊張していたが、心操は外に出ていて、梓はナイスタイミングだと頬を緩めた。
『心操ぉー』
玄関先で靴紐を結んでいたところに現れた少女に心操は少し驚いたように目をパチクリとさせた。
「?、なんでここに」
『稽古場いくよー』
「先生、もう準備してくれたのか…。つーか、わざわざ呼びに来なくたって携帯で連絡してくれればいくよ」
『それもそっか。心操、なんで外にいたの?好都合だけどさ』
「…俺、体力ないから。走りに行こうと思ってたんだよ。今日稽古できるって思ってなかったしな」
『おお、熱心』
えらい、と笑う彼女の隣に並んで校舎に向かう。
今までは隣を歩くことに抵抗があり斜め後ろを歩いていたが、あの日、誓いを立てた日から隣に並ぶのが嬉しくなった。
横を見れば梓のつむじが覗ける。
その距離が、嬉しかった。
「片付け終わったか?」
『うん。他のみんなも終わってたよ。今、誰が一番部屋のセンスがあるか、部屋王決定戦してる』
「なんだそれ、ヒーロー科暇人かよ」
『平和で何よりだよ。それより心操、相澤先生から聞いた?個別指導の件』
「ああ、うん」
体育祭から3ヶ月。
つまりほぼ毎日顔を合わせて3ヶ月。
随分息が合うようになったと思う。
一緒に校舎に入り、相澤が待っている稽古場についた2人は、その稽古場を見て、おおーと歓声を上げた。
『すご、広ーい。天井たかーい』
「これだったら、飛行の練習もできんじゃん」
『そうだね、あと、向こうには構造物がたくさんあるから、建物密集地での実践練習も出来る!』
「一応刀も揃えた、東堂リクエストの心操用の捕縛布も用意した。俺が空いているときは心操に声をかける。それ以外の時は自由に使え」
『「ありがとうございます!」』
新しい生活が始まった。
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