「いただきまーす!」
「店とかで出たら微妙かもしれねーけど、この状況も相まってうめー!!」
「言うな言うな!ヤボだな!」
「ヤオモモがっつくねー!」
「ええ、私の個性は脂質をさまざまな原子に変換して想像するので、たくさん蓄えるほどたくさん出せるのです」
「うんこみてえ」
『ぶふっ』
ひどいと思う。ひどいと思うが、思わず吹き出してしまった梓は顔を隠すように俯いた。
八百万が落ち込んでるのに笑うわけにはいかないし、言った本人である瀬呂が耳郎に殴られているのを見て自分にも制裁がくると思った。
案の定、耳郎に笑うな〜!と頬を引っ張られる。
『い、いひゃい』
「耳郎、八百万、東堂も悪気があったわけじゃないんだ。許してやってくれ」
『お前私の親か』
「「ぷっ」」
庇うように割り込んできた轟につっこむ梓が面白くて、今度は耳郎と八百万が吹き出した。
瀬呂も殴られた頬を抑えながら笑っていて、昼間の地獄が嘘のような和やかな夕飯時だった。
ー
風呂に入った後、梓は水島からもらったすこし大きめのTシャツと短パンといったラフな格好で外にいた。
スリッパから、相澤にもらった膝上のブーツに履き替える。アーマーのように硬いが、足にフィットし華奢で軽い。
試しにとんとん!と飛んだりくるりとバク転バク宙をするが随分やりやすくて梓はやっぱりこれいいなぁと笑みを深めた。
(よし、鍛錬始めるか!)
昼間もやったようにタンッと跳躍すると両足にブワッと竜巻を発生させる。
雷をチリチリと帯びたそれはだんだん吹き荒れるようになり、地上5メートル程まで浮上した。
今日一日何度も水に落ちたおかげで随分コントロールが良くなった。
くるり途中で一回転してみたり、纏う風をぐねらせて方向転換をしたりする。
(通常移動は随分モノにできたけど、やっぱ自在に動かせなきゃダメだよなぁ。こりゃ、練習あるのみだ!)
気合いを入れてバランスに気をつけつつ鍛錬に集中する梓を見上げる1人の陰。
壁に寄りかかって見守る彼は、担任である相澤だった。
なにかと目をかける教え子が自由時間に鍛錬に勤しんでいることに心の中でやっぱりか、とボヤきつつ、止めるでもなく見守っている。
(ったく…、止めてもきかねえだろうから30分だけさせてやるか)
彼女のコントロールはまだ未熟である。
だから、いつ落下してもいいように水上でさせていたのだが、あろうことか今は地上でしている。
もちろん高度はあまりあげていないが、やはり自分の体を守るという意識が薄れている。
ただ、彼女自身も後で周りに迷惑をかけるような無謀なことはしない。自分の身を守る意識は希薄だが、自分が動けないと周りを守れないという危機感はしっかりあるのだ。
相澤はため息混じりに梓を見上げた。
(たった1日であそこまで持っていくか)
今、梓は空中でアクロバットな殺陣をしている。不安定ではあるが、形になっている。
午前中は空中でぷるぷるしていたのに。
それは彼女自身の努力と、やはり一族の血。
戦闘一族と揶揄されるほどの身体能力を持ち、幼い頃からそれを磨き上げた故の産物だろう。
センスと努力が混じる其れは驚異的だ。
見惚れてしまうほどの身のこなし。
思わず綺麗と呟くほどの洗練された太刀筋。
体術を極めた相澤だからこそ其れがひしひしと伝わるのだ。
「イレイザー、ここに居たのか」
背後から現れたブラドキングは補習始まるぞ、と声をかけながら隣に並んだ。
相澤がじっと何を見つめているかが気になって空を見上げれば月に照らされる紺色が見えて、色素の薄い髪ふわりと揺れる。
(東堂梓か)
入学当初からなにかと話題だ。
そして、職員室でも教師陣は、相澤が世話を焼いていると珍しい目で見ていたりする。
彼女の家のことは噂では知っているが、相澤ほどは知らない。無関心だったマイクもある日から梓を気にかけるようになって、不思議に思っていた。
宙で真剣に鍛錬する梓を見て思う。
ひたむきだ。こちらが切なくなるほどに。
心臓が締め付けられる。これを常日頃見れば、そりゃあ過保護にもなるか、と相澤の方を向く。
「やめさせないのか、明日もあるんだぞ」
「…後少ししたらやめさせる」
「あのアーマーブーツ、お前が発注したのか」
「まあ、な」
本当に珍しいと思う。
ただ、あの小柄で華奢な彼女が身を削るほど頑張るなら、その身が削れないようにサポートしたくなる教師心は理解できた。
「東堂梓のこと、随分と気にかけているんだな」
「親いねえからな」
「そうか」
「ああ」
「東堂のことはうちのクラスでも話題に出る。爆豪や轟と違っていい意味でな。屈託無い笑顔が可愛いんだと」
「まあ、そうだな」
「普通科じゃ過激な親衛隊もできてるって噂だ」
「は?」
やっと梓から視線を外してこちらを見た相澤にブラドは思わず笑ってしまった。
やはり心配らしく、しかめっ面をしている。
「親衛隊だと?過激?んだ、そりゃ」
「噂だ、噂。気ィつけてやれよ」
「…ハァ、あいつ、問題ばっかり持ってきやがって」
「ある意味、問題児だなァ」
「ま、最近は爆豪や緑谷だけじゃなく轟も東堂の金魚のフンだ。護衛にはなるだろ」
教え子を金魚のフンだなんて、ひどい言い回しをするもんだ。思わず苦笑していれば、相澤は梓に「コラ、降りてこい」と声をかけていた。
『あ、せんせ、なぜここに』
「明日もある。自主練はやめておけ」
『でも、早くまともに扱えるようになりたいんです。数をこなせば馴染みますよ』
「わかってる。ただ、休むのも大事な鍛錬だろうが」
『でもぅ』
「除籍にすんぞ」
『ひい』
慌てて降りてきてスリッパに履き替えた彼女に相澤は満足げに頷くと、
「部屋に戻ったら、芦戸を呼んでこい。補習の時間だ」
『はぁーい』
渋々、と言った感じだが大人しくいうことを聞いた梓は合宿所内の階段を軽々と駆け上がっていった。
(三奈ちゃん、先生が呼んでた)
(ウソだろ、やっぱ忘れてなかったか、補習のこと)
(しょうがないわ。三奈ちゃん頑張って。梓ちゃん、こっちでお話ししましょ)
ー
合宿三日目。
ドッパーン!と人工池に落ちた梓に物間はアハハハハ!!と派手な笑い声をあげた。
「あれれェ!?あの優秀なA組に、ろくに自分の個性も使いこなせない奴がいるのかい!?いるわけないよねぇ!?」
周りを巻き込まないために一番端の周りに人がいないところでやっているのにも関わらず、現れた彼に水面に浮かんできた梓はぷはぁ!と息継ぎをしつつ首を傾げた。
『君はー、物間くんだっけ』
「そうだよ、A組のナンバー3、東堂梓サン。随分人気があるみたいだけど、A組は調子に乗る奴が多いからね。釘を刺しにきたよ。個性の扱いが下手くそだとは聞いていたけど、本当だったんだね!A組は情けないなァ!」
『あはは、めっちゃ言う!物間くんひどい!』
すこし驚いた顔をしていたが、すぐに笑い出しすぃーっとこちらに泳いできた梓に物間は面食らった。
『そうなんだよー私個性の調整へったくそでさ!』
「……」
『物間くんの個性ってなんだっけ?コントロールが得意なら教えてよ!』
そう言っていたずらっ子のようにニヤリと笑った梓は物間の足首を掴むと、一気に水の中に引きずりこんだ。
「うわ!?」
ーバッシャーン!
『あはは!』
「プハッ、ちょ、何するんだよ!」
派手に水しぶきを上げた物間は慌てて水面に顔を出すと、大笑いしている梓がいる。
手足を動かしてプカプカと浮きながら、バシャンと水に拳を叩きつけて怒るが、
『ご、ごめん!あんまりにも隙があるからさぁ』
「ハァ!?」
いまだ笑いがおさまらない少女に、いきなり水に引きずり込むとか頭おかしいんじゃないの!?と怒鳴り声をあげる。
こいつ頭おかしい。A組の中ではまともだと思っていたが一番やばいやつなのかもしれない。キッと睨みつければ、梓はニッと挑戦的に笑っていた。
『思い出した。君の個性、たしかコピーだったよね?』
「は、?」
『私の個性、コピーしてみて、コントロールしてよ』
肩をつかまれ、びしょ濡れの少女に詰め寄られ、物間は顔を赤くしながらも面食らった。
(何こいつ!?)
『ねぇ、物間くん!コピー!して!』
「わ、わかったから離せ」
もやもやとした感情を抱きつつも彼女の個性である嵐を発動しようとするが、
(なんだこれッ)
気を抜けば体ごと大きなねじれの中に巻き込まれてしまいそうな錯覚になるほどの強大な力。
慎重に、出力を抑えつつ力を込めれば、ズオッと渦潮が出来て風が吹き荒れビリっと雷が水を走り、物間は慌てて個性を引っ込めた。
「……ナニコレ、すごく使いづらいんだけど」
『でしょ?気を抜いたら自分の個性に殺されちゃいそう』
肩をすくめてなんて事ないように言う台詞に思わず絶句する。
自分の個性に殺されるなんて、恐ろしくて使えたもんじゃない。
そりゃ人それぞれ個性にリスクは付き物だろうが、色んな人の個性をコピーしてきたからこそわかる。
(彼女の個性は暴れ馬だ)
そうやすやすと使いこなせないに決まっている。
いまだビリビリとしている手をぎゅっと握り締める。
「限界値超えたら体バラバラになるんじゃないの」
『そうならないようにするための鍛錬だよ』
「あっそ、僕にコツを聞くつもりだったのかもしれないけど無理だよ。これは扱いづらすぎる。残念だけどね」
よいしょ、と水から上がった物間はウワァびしょびしょだとジャージを絞った。
『残念?なんで?』
「だって、僕の個性はコピーだ。強力な君の個性をうまく使いこなせないんじゃ、コピーしがいがない」
『あ、そっかぁ』
「君と違って僕の個性は強力じゃないからね」
嫌味だな、と自分でも思った。
ぽかん、と見上げる梓に物間はチッと舌を鳴らす。
「精々頑張って使いこなす事だね。僕と違って派手で強い個性、流石A組だよなァ。わざわざコピーさせるなんて、僕に対する当てつけかい?」
『なんで物間くんに対する当てつけ?』
「気づいてるんだろ、僕の個性の弱点。僕はコピーする仲間がいなけりゃ無個性同然だ」
吐き捨てる。
いつも言われてきた。無個性も同然だと。
オリジナルには敵わないと。ヒーローになれるはずもないと。
こんな強個性の子に気持ちなどわかるはずもないが。
『災害の時にまわりに仲間がいなかったらってこと?』
「は?だから、災害に限らず、仲間がいないときは無個性なんだってば」
『え、なんで災害に限らないの?会敵した時は、べつに仲間がいなくても戦えるじゃんか』
「バカなの?無個性なのに戦えるわけないじゃん」
『いや、敵の個性コピーすればいいじゃん』
当たり前のようにいうものだから物間は顔をしかめた。
この子は馬鹿なのか。コピーをするためには敵に触れないといけない。
「個性もないのにどうやって敵に触れろっていうわけ?君、自分がおかしなこと言ってるってわかってる?無個性同然で敵に対抗できるわけも、隙をつくこともできないに決まってる!」
『私は、去年まで無個性だったけど、ヒーローになるつもりだったよ』
思わず物間は眉間にしわを寄せた。
は?と聞き返せば、梓はよっと水から上がって腰をかけている。
『中三の頃、突然個性が発現したんだ。それまでは、無個性だった』
「……」
『無個性でも鍛錬したら、強くなれるんだ。今でこそ、個性はあるけど、このじゃじゃ馬個性をなんとか使えるのも、それまでの鍛錬あってこそ』
「……」
『物間くんの個性は確かに周りに誰もいなかったら無個性同然だけど、だからってそれで望みがないわけじゃないだろ。それに、私のことを強個性だと言ってたけど、』
立ち上がった少女の手が自分に触れる。
透き通る目が射抜く。その目に宿るぎらりとした強さに思わず物間は魅入る。
『君は強い。轟くんの氷と炎が使えて、かっちゃんの爆破や耳郎ちゃんのスニーク、相澤先生の抹消も使えるなんて、君の個性で戦闘方法を考えるとワクワクするよ!』
こんなにどストレートに感情をぶつけられることがなくて、思わず心臓が高鳴った。
かすれ気味に、「どうせオリジナルには敵わないさ」と吐き捨てるが、梓の太陽のような笑みは消えなくて。
『コピーした個性を君独自の方法で使えばいいじゃんか』
「……言ってくれるね」
ほんと、君頭おかしいよ。と
眩しい光から目を背けるように苦し紛れに言えば、ひどいなぁと笑いつつもよくイカれてるって言われるよ!と肯定するものだから物間は笑っていた。
憑き物が取れたようなスッキリとした笑い方だった。
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