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物間とびしょ濡れで話している梓に途中から現れた相澤は首を傾げた。
はて、2人は仲が良かっただろうか?というか、なぜ物間まで濡れているんだ。不審に思って近づけば、パッと2人は振り返って


『先生!ごはんの時間?』

「ああ、もうそんな時間か。君、結構食い意地はってるんだね」

『お腹空いたんだもん』


喧嘩や揉め事ではないらしい。
早く着替えて飯作りに行け、と言えば2人ではーいと声を揃えて合宿所に向かう。


「あれ、物間、梓と仲良くなったのか」

『一佳ちゃん、おつかれ!』

「べつに仲良くなったわけではないよ。少し話して調子に乗らないよう釘を刺しただけさ」

『あはは!刺さってないよ!』

「刺されよ」


ぎろりと睨まれ笑ってかわしていれば、A組が固まっているところから名前を呼ばれ、梓はやべっと顔を引きつらせた。


『サボってるって怒られちゃう!』


じゃあ、2人ともまたね、と手を振ると
包丁で人参を切りながらキレている爆豪の加勢に行った。


『かっちゃん手伝うよ!』

「おー…そこのジャガイモ、って…お前、」

『何?』

「服」


不穏な空気。
爆豪は梓が着ている漢気Tシャツを凝視したあと、ゆっくりと切島に視線を移した。
その視線を辿った周りも、爆豪がフリーズした理由に気づく。


「切島くんと梓ちゃん、お揃いのTシャツ着とる!」

「漢気って、梓マジか!センスないな!」

『えっ、耳郎ちゃんひどい!このTシャツ、この前みんなと買い物行った時に切島くんと意気投合して買ったんだ!ね?』

「おう!色違いでな!やっぱり紺地に金色文字は東堂に合うぞ」

『切島くんも、赤似合ってる!』


お互い褒め合う脳内お花畑2人に周りは顔を引きつらせた。
爆豪の機嫌が急降下し、轟は無表情でこちらをガン見、緑谷は眉間にしわを寄せてブツブツずるいと呟いている。


「切島、お前勇者だな」

「いや、俺も爆豪に殺されるかもって思ったぜ。でも、東堂が同じやつ着たいって言ってたし、俺もお揃いいいなぁって思ったからよ」

「切島ァ…、脱げ!!」

「げっ」


包丁を持ったまま追いかけてきた爆豪に切島は顔を青ざめさせると慌てて逃げるのだった。


(東堂、俺もお揃い欲しい)

(どうした轟くん。君も漢気Tシャツ気に入った?)



夕食後、肝試しをするべく合宿所の前に集合した。
残念ながら連行されていく補習組に手を振っていれば、隣に轟が並ぶ。


「東堂、何番だった?」

『ん。8番!』

「俺、2番だ。違うな」

「梓ちゃん8番?僕と一緒だー!」

『わあ、いずっくんとなら心強い!轟くんはかっちゃんとだね!』

「おいデク!代われ!!」

「や、やだよ」

『かっちゃん2番目いやなの?私代わろうか?』

「……馬鹿が!!」


精一杯のツッコミに周りは少し爆豪に同情した。
結局くじ通りでペアは変わることなく、1組、また1組、と森の中に入っていく。


『いずっくん、悲鳴が上がってるよ』

「う、うん、梓ちゃん怖い?」

『うーん…ちょっとだけ!』

「手ぇ繋いどこ!」

『おう!』


ぐっと手を繋ぐほんわか幼馴染2人に、本当に仲がいいんだなぁと和む尾白の隣では、峰田が血走った目でそれを見ている。
と、その時だった。


「なに、この焦げ臭いの…」

「黒煙?」


遠くから登る黒い煙。

ほんわかしていた梓がバッと振り返ると、鋭い目で辺りを見渡し、何かを捉えた。


「尾白くん、峰田くん」


ぐいっと彼女の後ろに引っ張られ、何かと慌てれば、
刹那、ドゴォッと鈍い音が聞こえプロヒーローであるピクシーボブが倒れた。

眼前に広がる光景に峰田は愕然とする。


「何で…!万全を期したはずじゃあ…!!何で…敵がいるんだよォ!!」


2人の敵、上がる黒煙。
止まった悲鳴。


「ご機嫌よろしゅう雄英高校!我等、敵連合開闢行動隊!」

「敵連合…!?何でここに…!」

「この子の頭、潰しちゃおうかしら、どうかしら?ねぇ、どう思う?」

「させぬわ、このっ…」

「待て待て早まるなマグ姉!虎もだ、落ち着け。生殺与奪はすべて、ステインの仰る主張に沿うか否か」

『何言ってんだこいつ』

「ステイン…!あてられた連中か…!」

「そしてアァそう!俺は、そうお前、君だよメガネくん!保須市にてステインの終焉を招いた人物。申し遅れた、俺はスピナー。彼の夢を紡ぐ者だ」

『何言ってんだこいつ』

「東堂さん、煽っちゃダメだ!」


ギラリと大量の刃物を合わせた大きな刀を構えるスピナー相手に普通に首をかしげる梓に、尾白はヒヤヒヤしていた。


(頼もしいけど危ない…!)

「何でもいいがなぁ貴様ら!その倒れてる女、ピクシーボブは、最近婚期を気にし始めてなぁ、女の幸せをつかもうって、いい歳して頑張ってたんだよ。そんな女の顔キズモノにして、男がヘラヘラ語ってんじゃないよ」

「ヒーローが人並みの幸せを夢見るか!」

「虎、指示は出した!他の生徒の安否はラグドールに任せよう。私らは2人でここを押さえる!みんな行って!良い!?決して戦闘はしないこと!委員長引率!」

「承知致しました!行こう!!」


梓と緑谷は繋いでいた手を離すと、ぱちっと目を合わせた。


「梓ちゃん…!」

『絶対この2人だけじゃない、森の中にも潜んでる!』

「僕、洸汰くんを、」

「緑谷くん、東堂くん、何をやってるんだ!早く!」

「……飯田くん、先に行ってて」

「緑谷くん、何を言ってる!?」

「マンダレイ!僕知ってます!」


それだけ言って、どこかにいるであろう洸汰の保護に走り出した緑谷を見送った梓は、自分を呼んで早く来いと言ってくれているクラスメートたちを振り返った。


『奴らは、開闢行動隊と言った。この2人だけじゃなく、黒煙が上がってるのもその隊員の仕業だよ。森の中にいるみんなをラグドールに任せるなんて、無理に決まってる』

「東堂、まさか、」

『私なら夜目も利く、森の中は得意だし、そして何よりここで動かなきゃあ、生きる価値ないわ』


ギラリとした目でそれだけ言うと、
峰田や尾白、飯田の制止を無視して梓は森の中に駆け込んでいった。





森の中に入ってすぐに、黒煙とは違う煙が遠くで渦巻いていることに気づいた。
正規の道を無視し、道無き道をぐんぐんと進んでいけばいくほどその白い煙が深い場所に近づいていく。


(時間的に、1番の人たちは折り返してるはず、耳郎ちゃんたちが一番森の奥にいる。この煙の中に!)


その時だった。


「梓さん!?」


呼ばれた方向にはガスマスクをつけている八百万とB組の泡瀬がいた。


『百ちゃん、泡瀬くん!』

「えっ、東堂?どうしてここに」

「梓さん、まさか、救助に来てくれたんですの!?」

『うん、ふたりとも大丈夫?やっぱりこの煙、毒!?耳郎ちゃんと透ちゃん、青山くんは?』


茂みを軽々飛び越えて駆け寄ってきた少女。
八百万がほっと息をついたのを見て、目の前の小柄なこの子は随分頼りにされているのだな、と泡瀬は思った。


「私達は大丈夫ですが、B組の皆さんや耳郎さん達はこの毒ガスで意識がありませんわ!おそらくこの煙が濃くなっていく方向に、発生源が」

「ここはまだガスが弱えけど、東堂もマスクしたほうがいい!ほら!」

『あ、ありがとう。それより百ちゃん、耳郎ちゃんたちはどこ!?助けなきゃ!』

「ガスマスクを着けさせて、青山さんに託しましたの!私達はB組の方を泡瀬さんの案内の元お救いしてるところですわ!それより、梓さんの順番は8番だったはず。まさか、私達のためだけに森に?」


八百万の言葉に泡瀬はそんな訳ないだろ、と心の中で否定するが、梓が平然と頷くものだから絶句した。


(森の中にはおそらく敵もいる、毒ガスもある、黒煙もあがってる、そんな中で来るなんて…怖くないのかよ!?)

『百ちゃん、創造で刀出せる?』

「出せますが、一体何を?」

『この先に行く』


梓が指差す先は、毒ガスが濃くなる方向。


『元凶を倒してくる』


瞳孔が開ききった目で今にも飛び出して行きそうな少女に泡瀬は息をのんだ。

A組のナンバー3、東堂梓という少女はいつも笑顔が弾けていて人懐っこくて、華奢で小柄な割には武闘派で、体育祭の時には涙を見せるような弱さもあって。
噂や遠巻きに見て色々知っていたが、こんな状況で頼りになる程、漢気溢れる子だったなんて。

泡瀬だって思ったのだ。この元凶が倒せれば被害者は減らせる、と。

ただ、この深い闇とどこまで続くかわからない致死量の毒ガスに、一歩が出なかった。
出来る訳がないのだ、自分たちはまだ未熟で、ヒーローじゃなくて、一年生で、
それなのに平然と一歩を踏み出そうとする少女に愕然とした。

この子は、自分の身に対して無頓着すぎやしないか。
守ることに重きをおくあまり、自分のことが疎かになっていやしないか。


「東堂、待てって。この先は何がいるかわからない。視界も悪いし、マスクだっていつまで持つか…」


泡瀬は細い彼女の腕を掴んだ。


「ここは残りのB組のみんなを助けた後すぐに施設に戻った方がいい」

『このガスの向こうに敵がいるかもしれないのに?しかもガスを発生させているやつだけじゃなくて、色んなところで色んな敵が猛威を振るってるかもしれない』

「そんな、」

『常に最悪の事態の中で、最善を推し量れば、私がこの先に行かなきゃあいけない』


八百万に刀を二本受け取り、腰のベルトに乱暴に刺した梓の背に書いてある漢気の文字。


「梓さん、ご武運を」

「八百万、行かせるのか!?無謀だし危険すぎる!それに、東堂の個性は、この状況では不利だぞ。雷は木に燃え移ったら火事になるし、風で毒ガスを吹き飛ばすにも今安全なところにいる人たちに被害が及んでしまうかもしれねえし、」

「ですが、梓さんなら、この状況を打開することができるかもしれませんわ」

『百ちゃん信じてくれてありがとう、泡瀬くんも心配してくれてありがとう』


一歩、踏み出した梓に泡瀬はおずおずと手を離した。
この子は止まらない、それを悟ったのだ。


振り返り、すこしだけ優しげに口角があがる。


『じゃあ、行ってくる』


目が合ったと思ったら次の瞬間には毒ガスの中に消えていた。

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