「お早う、諸君」
早朝5時半、一同眠気をこらえて相澤の話を聞いていた。
「本日から本格的に強化合宿を始める。今合宿の目的は全員の強化およびそれによる仮免の取得。具体的になりつつある敵意に立ち向かうための準備だ。心して臨むように。というわけで爆豪、こいつを投げてみろ」
相澤から渡されたそれは体力テストのボール投げの際に使用したものだった。
「これ、体力テストの…」
「前回の…入学直後の記録は705.2メートル…どんだけ伸びてるかな」
「おお!成長具合か!」
「この三ヶ月色々濃かったからな!1キロとか行くんじゃねえの!?」
「いったれバクゴー!」
「んじゃ、よっこら…くだばれ!!」
ドォンッと激しい音をたてて飛んでいったはいいが相変わらずの掛け声に一同微妙な表情になった。
『くたばれ、て』
「709.6メートル」
「あれ?思ったより…」
「約3ヶ月、さまざまな経験を経て確かに君らは成長している。だがそれはあくまでも精神面や技術面、あとは多少の体力的な成長がメインで個性そのものは今見たとおりでそこまで成長していない。だから、今日から君らの個性を伸ばす」
相澤を口角が怪しく上がる。
「死ぬほどキツイがくれぐれも死なないように」
その後、プッシーキャッツの4人によって地形の形成やそれぞれの個性に合わせた備品が搬入された後、地獄の特訓が始まった。
上鳴は高いところで電気の充電と放出、緑谷はプロヒーロー虎とともに身体能力の向上、切島や尾白、耳郎達は耐久訓練、
とそれぞれが自分の特訓スペースにつく中、何も指示のなかった梓はぽつん、と突っ立っていた。
『??』
「お前は個性を伸ばす前に使いこなすところからだから俺が見る」
『え、つまり人より遅れているということですか!?』
ショックを顔に出した梓に相澤は非情にもコクリと頷いた。
確かに彼女は強い。実質的な戦闘能力でいえば他の追随を許さない。
が、それは元々培っている彼女の身体能力と戦闘能力ゆえの強さだ。
個性単体で見た時はまだ不安定。
「水上での嵐個性の使用は一度見たが、うまく操れていたな。地上での使用も、まぁ及第点だ」
『はい…』
「お前が今習得するべきものは攻撃ではないよ。わかるか?」
『エッ、攻撃以外出来ないですもん』
「お前の個性の中で救助活動に役立つのは風だろ」
『でも、渦巻いてますし、雷帯びちゃいますし、風で人を運ぶなんてそれはちょっと』
「人じゃない。自分を運ぶんだよ。つまり、空を飛べるようになれ」
呆れ顔で言った相澤に梓はハッとした。
職場体験の時もエッジショットに言われたのだ。
ただ、練習するにしてもなかなかうまくいかなくて伸び悩んでいた。
「期末テストの最後にちょろっと風で浮いてたみたいだが、ありゃプラ板の上に乗ったからだな」
『はい、でもつねにプラ板背負ってるわけにはいかないですし』
「そりゃそうだ。じゃあお前自身で飛ばなきゃならない、ってことになるが、そこでコレだ」
持っていたケースから取り出したのは膝上までのブーツだった。
群青のそれはフォルムこそ華奢だが硬く頑丈そうで、梓は重そうだな、と顔を顰めるが、
「硬い素材で出来ているが、軽量だ。膝上まで覆うからガードとしても役に立つし、蹴りの威力も上がる」
『わ、ほんとだ!軽っ』
「お前の良さであるスピードやステップを邪魔しないようにシンプルかつ細身に作ってもらったからゴツさもない。そして何より、」
『?』
「東堂は何かを媒体にすると個性のコントロールが安定するだろうが。これを身につける靴としてではなく、武器の一つととらえ、これに風を纏わせ超スピードで操作すればエアライドによる空中戦も可能だと考えたが、どうだ?」
『!!』
パァっとわかりやすく顔を輝かせた梓に相澤は頬が緩みそうになるのを堪えた。
梓が職場体験以来、宙に浮くことに思考錯誤しているのを陰ながら見ていたのだが、
いかんせんサポートアイテムに頼るという意識が希薄である。
元々体一つで武器を握ってきた一族だ。
今更個性を助けるサポートアイテムやコスチュームを考えろと言われても、そもそもその発想が思い浮かばないのだろう。
(ったく、世話のやける教え子だな)
内心そんなことを呟いてみるが、相澤の頬は少しだけ緩んでいた。
暇な時にパワーローダーに相談し一緒に考えた甲斐があった。
『うわ、ピッタリ!軽!え、ちょ、マジか!』
いつも普通の靴を履いていた梓は感動していた。
生身の足で蹴るよりもこのブーツを履いた方が良いに決まってる。
きっと痛くないし何より、
(雷の出力上げられる!)
咄嗟にステップを踏むとピョンっと飛んで脚に嵐を纏わせる。
そして、斧を斜め上から叩き込むように近くの大岩をドガァンッ!!と蹴り下ろした。
大岩は木っ端微塵。
破片を避けながら、得意げに口角をあげる梓に相澤は頑張った甲斐があったな、と少し満足した。
『相澤先生これすごいですよ!』
「そりゃそうだろ、パワーローダー先生の力作だ。そして東堂、はしゃいでいるところ悪いが本題はそこじゃない」
『あ、そうでした!エアライドですね』
「ああ、お前専用に地形を用意しているからついてこい」
硬い素材なのに全くガチャガチャ言わないブーツに感動しながらついていけば、そこには直径50メートル程の池があった。
『わあ』
「まずは水上でやれ。地上だと落ちたら地面に叩きつけられるからな」
『水上だったら、嵐の個性も爆発させられるので一石二鳥ですね!』
「程々にな。お前に必要なのはコントロールだ」
背中をトンッと押され、梓は相澤に『色々とありがとうございます!』と言いながら修行に入ったのだった。
ー
午後4時。
梓は空中から真っ逆さまに落ちて水中にいた。
(バランスとるの難しい…)
自在に動くにはまだまだ鍛錬が必要だろうが、前よりも格段に先が見えていた。
水の底からすぃーっと泳いで水上に現れると、ぷはぁ!と息をする。
『ハァー…、しんど』
「東堂、夕飯だってよ」
『轟くん』
池の淵で手招きする彼にすぃーっと泳ぎながら寄っていく。どうやら呼びに来てくれたらしい。
「しんどそうだな。なんで潜ってたんだ?」
『潜ってたというか落ちたというか。轟くんもずいぶん疲労困憊だね』
「まァ、左はまだ慣れねえからコントロールが難しくてな。神経使う」
『わかるわ、よっと、うわ』
手をついて池から上がろうとするが、思った以上に体が疲れているらしく力が入らなくてバランスを崩した。
ばしゃん、とまた水の中に入ってしまい、轟は慌てた。咄嗟に手を伸ばして梓を水から引っ張り上げる。
『ご、ごめん』
「大丈夫か」
『うん、いやーーお互いフラフラだね』
「お前ほどじゃねえ」
轟は肩を貸すと同時に熱を発生させ梓の服を乾かした。集合場所である宿舎前まで行けば、すでにA組B組共に集まっていた。
「お、おい、大丈夫なのか?」
『てつてつくん、うん、ちょっと夢中になりすぎたけど大丈夫。轟くん、ありがとう。もう立てるよ』
「おう」
「無理すんなよ」
『てつてつくんもありがとう』
「梓ー着替えて動けそうならこっち手伝ってくんない?ウチ、切るの苦手でさ!」
遠くから耳郎に呼ばれ、梓と轟は一緒に首を傾げた。
『へ?なに?夕飯作るの?』
「あれ、そうか、今来たから聞いてなかったのか!今日は生徒たちでカレー作るんだってさ。ウチは切る担当。梓も一緒でいいでしょ?」
『おおー、斬るのは得意だ』
「じゃあ俺は、火を起こすのを手伝いに行く」
お互いがんばろ、と目を合わせると轟は竃へ、梓は耳郎の元へ向かった。
(ねぇ上鳴、梓の包丁捌きがヤバいんだけど)
(え?…ワォ、空中ににんじんをポーンと投げてシュパパパッて切って…ってコミックかよ!!)
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