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電話をしている泉の顔は少し険しかった。
何度か相槌を打った後、電話を切る。


「…何かあったんですか」

「ショッピングモールに敵が出たんだって。九条君の話によると、雄英襲撃事件の犯人らしいよ」


いそいそと着流しの上に羽織を合わせる泉に心操は「はっ?」と目を見開いた。


「東堂は!?」

「今から迎えに行くんだ。警察に保護されてるらしい。遭遇はしたけど怪我はないって」

「遭遇したって…なんの為に」

「さぁね。まったく、直属部下の2人が勤務中だから、僕が行くしかないなぁ」


まぁ、ハヤテさんの子供だから、しょうがないか。
肩をすくめた泉はカバンを持つと立ち尽くしている心操を振り返った。


「一緒に来るかい?」


心操は一瞬考えた後、ゆっくりと頷き泉とともに車に乗り込んだのだった。


車内は沈黙だった。
先に口を開いたのは泉。


「心操はさ、僕や九条さんのことをどこまで知ってる?」


運転をしながら世間話のように聞いてきたそれに心操は意図が掴めなくて首を傾げた。


「どこまでも何も、三人とも前当主の部下で、九条さんと水島さんはそのまま東堂の部下になったとだけ」

「そうなんだ。お嬢の部下にならない僕を薄情だと思う?」

「え?何か理由があるんだろうと思っていたので別に」

「そうか」


しばらくまた沈黙が続く。
泉がなぜそう聞いてきたのか心操には分からなかった。
信号で車が止まり、また泉が口を開く。


「九条君と水島君はね、代々東堂家に仕えるお家柄なんだよ。だから彼らがハヤテさんに仕えるきっかけは、親が仕えてたからなんだ。ま、それはただのきっかけであの生き様に惚れたっていうのはあるだろうけど」

「…泉さんは、何きっかけなんですか?」

「僕はね、ハヤテさんに命を救われたのがきっかけだよ。昔の話だけどね」


さらっと言った言葉は衝撃だった。


「君と同じようにいきなりあの家に来た。頭下げて門下生になってさ、頭下げて部下にならせてもらった。ハヤテさんの部下には僕みたいな人間もいるんだよ」

「…そうなんですか」

「そういう人間からしたらさ、ハヤテさんが全てなんだ。お嬢が可愛くないわけではないけど、僕にとっての主人はハヤテさんだけ」


ま、そんなこと言わなくたってお嬢はわかってるんだけどね。と肩をすくめた泉に心操はえ?と彼を見た。
泉は苦笑していた。


「お嬢は僕も九条君も水島君も信頼してくれてると思うけど、問答無用で頼ったり弱みを見せられる相手じゃないんだ。九条君と水島君はお世話係だったから部下になってと頼まれたらしいけど、きっとお嬢は他の部下にはこれからも頼まないと思う」

「東堂にとって、泉さん達はあくまでも父親の部下だから。それを東堂自身が一番よく分かってるってことですか」

「そうだと思うよ」


初めて聞く話だった。
心操にとって梓はある意味恵まれた立場の人間だった。
強さを望む彼からすれば、梓が育った環境は羨ましい部分もあった。そんなこと、本人の前では口が裂けても言えないが。

だが、梓にとって無条件に頼れる大人というのが少ないことに気づき、少し戸惑っていた。


「だからさ、心操…お嬢のこと、宜しくね」

「えっ」

「別にお嬢の部下になれって言ってるわけじゃないよ。ただ、お嬢が俯いてる時に逃げ道になってあげてほしい。きっとお嬢は家の外では気張るからさ」

「…いや、俺には無理ですよ。だいたい、そんなに仲良いわけじゃ」

「お嬢にとって君は、2人の幼馴染やヒーロー科の子とはまた違う存在なんだ。同じ東堂の家の中にいる、唯一無二の存在」


心操は黙る。
初めて会った体育祭から今までの1ヶ月ちょっとの記憶が蘇る。

初めて言葉を交わしてすぐ騎馬戦で共闘し、なぜ協力したのか聞けば「洗脳って個性は強いと思ったから」だなんて、敵向きヒーロー向き以前の意見は初めて言われた。
彼女の言葉と相澤の勧めに導かれるようにここに来て暫く経った。

その間、東堂家での梓の生き方を少しだけ垣間見た。

そうか、あいつ

(俺と同じで、必死なのか)

それが笑顔の下に隠れているだけ。


「俺、昨日あいつに、門下生になったのは東堂家を利用して強くなる為だから、馴れ合うつもりはないって言ったんです」

「それ、あの子は気づいてたよ。だから君の指導をするのが九条君や僕らなんだ。本当は東堂の門下生は当主がメインで見るものなんだけど、お嬢がね、心操君にとって私はヒーロー科の追いつくべき人間だから、って自分はふさわしくないって身を引いたんだよ」

「え、」

「お嬢はさ、君が部下になってくれるなんて最初から期待していない。門下生にしたのも、見返りなんか求めちゃいない。ただ、誰かを守りたいって気持ちで強くなろうとする君の道を開きたかっただけだと思うよ」


そういうところはハヤテさんとすごく似ているよね。と笑う泉は嬉しそうだった。きっと彼も彼なりに梓を可愛がっているのだろう。
いつもあまり話さない彼が梓のことを大事そうに話すのが一番の証拠。


「だからさ、心操、お嬢の逃げ道になってあげてね。きっと爆豪君や緑谷君と違う、君は別の逃げ道になってあげられると思う」


自分にそれができるかはわからない。
泉の願いに頷けるほど心操は自分に自信を持てていなかった。

ただ、


(馴れ合わないっつったけど…、)


昨日、自分の気持ちを律するためにそう言ったが、
東堂家を利用させてもらうのではなくて、梓と共に東堂家の中で強くなる、それでいいのかもしれない。

心操は車窓を眺めながらボーッと考えていた。




警察署に着けば相澤がいた。


「心操か」

「相澤先生…どうしてここに」

「東堂の顔を見に、な。緑谷はオールマイトさんに頼んだよ。そして、こちらは」

「お初にお目にかかります。東堂家先代当主の部下、泉といいます。あなたがお嬢の担任の先生ですか、いつもお世話になっております」


2人が頭を下げたところで警察官が梓を連れてきた。
ショップバックを持って割と元気そうな様子に一同ホッとする。


『あれ?先生と、心操?泉さんがきてくれるとは聞いてたけど2人ともどうしてここに?』

「受け持ちの生徒が被害にあってんのに家で飯食ってる訳にも行かねえだろ」

「別に、気になったから泉さんについてきただけだよ」

『ああ、そういうことか。ご心配をおかけしました!死柄木とは少し話しただけだから、大丈夫です!』


けろりとしている梓に相澤と泉が揃って大きなため息をつく。


「「ハァ…」」

『えっ』

「あんまり騒ぎを起こさないでくださいよ、お嬢。大体、なんで敵連合に目をつけられているんですか」

『えっ』

「というかどこでどういう会話をしたんです?」

『トイレの場所教えてくれって言われて案内したところを身障者用トイレに連れ込まれてタイルに背中をダーン!』

「「マジか」」

「どうしましょうハヤテさん、あなたの娘は僕が想像しているより馬鹿でした」


額に手を当てて驚いている相澤と心操の隣で、泉が空に向かって語りかけていて、あの世のお父さんに語りかけないで!と梓は顔を引きつらせた。
振り返った泉は目を吊り上げて怒っていた。


「お嬢、今回の接触は防げたはずです。理由その1、声をかけられた時点で気づくべき。その2、トイレの場所は店員に聞くはずなので警戒すべき。その3、案内しろと言われた時点で疑うべき」

『はい…』

「今回は犠牲者が出なかったのが不幸中の幸いですが、大勢を人質にとられてみすみす犯人を取り逃がすとは…愚策!情けない!」

『ご、ごめんって…』

「少し待っていただけますか」


立て続けに責め立てる泉にこの人もイカれてんなと心操が顔を引きつらせていれば、黙って聞いていた相澤が泉の肩を掴んだ。
ぐいっ、と後ろに追いやると、彼は梓と泉の間に立ち、


「そりゃあないでしょう。東堂は大勢の命を握られた状態で冷静に対処しました。充分褒めるに値しますし、そもそも我々ヒーローが直ぐにでも助けてやらねばならなかった」


そうだ、相澤の言う通りだ。
東堂家に入り浸りすぎて一瞬忘れていたが、梓だって自分と同じ未資格者の子供だ。
守られるべき立場だ。


(泉さんの主張の方が狂ってる。先生の言う通りだ)


「悪かった、東堂。助けてやれなくて」

『相澤先生めちゃ優しい』


目を輝かせる梓に甘ったれるなと泉が怒り、それに相澤が割って入り、
心操はそれを見ながらイカれた家だなぁと何度めかわからない気持ちになるのだった。

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