次の日も心操は朝から東堂家に入り浸っていた。
鬼ごっこを終えた後、刀を振りながら汗を流していれば、珍しい人が稽古場に入ってきて心操は手を止めた。
「やぁ、心操。励んでるね」
「泉さん」
着流しで眼鏡をかけた優しげな男。
泉は、九条や水島と同じく、梓の父であるハヤテの部下だった。
ハヤテが死んでからも時々顔を出しているが、九条や水島と違って梓の部下にはなっていない。
心操にとってもよくわからない不思議な人だった。
「今日は九条君も水島君も仕事だから、僕の出番だよ」
「はぁ…」
「あれ、お嬢は?」
「あー、確か合宿の買い物に木椰区ショッピングモールに」
「そう」
着ていた上着を掛けながら壁にかかっている刀を手に取る。
そして、今日は泉の指導のもと鍛錬が始まった。
ー
その頃、梓はショッピングモールに着いていた。
「とりあえずウチ大きめのキャリーバッグ買わなきゃ」
「あら、では一緒にまわりましょうか」
「梓はどうする?」
『私、Tシャツとか買わなきゃ』
「お、俺も!東堂、一緒に回ろうぜ」
切島に手招きされ梓は元気よく頷くと駆け寄った。
緑谷と上鳴がずるいと喚くが、「目的バラけてっし時間決めて自由行動すっか!」という切島の正論には為すすべもなく。
結局、梓と切島は2人で店を回ることになった。
「東堂はどんなTシャツ探してんの?」
『んーと、夜着るやつ。私、家ではお風呂はいったら基本和装だから、Tシャツとかあんまり持ってなくて』
「そうなのか!あの日本建築だったら和装が合いそうだなァ」
『でもどんなのを選んでいいのかわかんないんだ。切島くんが選ぶのを参考にしたいから、先に切島くんが行きたい店に行こう』
おう!と返事をしたはいいものの、冷静に考えればこれはデートである。
厳密にいうとデートじゃないが同じようなものである。
切島は一気に浮き足立ったと同時に爆豪にバレたら爆破されるかもしれないと少し背筋が寒くなった。
こういうショッピングモールにあまり来慣れないのか、そわそわキョロキョロする梓と逸れないように出来るだけ隣を歩く。
「あ、雄英生だ…」
「うわっ、あの子3位の雷ぶっ放してた子じゃん…超可愛い…」
「東堂梓ちゃんだ…!隣の男の子も雄英?」
「あ、アタシ隣の子知ってる。本戦出てたよ、爆破の子に負けてた。付き合ってんのかな?」
コソコソと聞こえてくる声に切島は落ち着かなさそうにそわそわした。
梓の人気にもビビるが、それ以上に、
(やべぇ、この状況付き合ってるように見えんのか!なんだこれ、嬉しいけどバレたら色んな奴に恨まれる気がする!)
す
ポンポンポン!と浮かんできたのは爆豪緑谷轟だ。
上鳴にも峰田にも嫌味を言われるだろうし、何気に耳郎も睨んでくる。
どうしよう、でも嬉しい、と百面相していれば『切島くん』と声をかけられ慌てて背筋を伸ばして返事をした。
「なんだ!?」
『どこまで行くの?』
「え?あ、えーと俺が好きな店は、あ!目の前についてる!」
考え事をしているうちに目的地に着いていたらしい。
『やっぱりここかぁ!切島くんぽいって思ったんだよね!』と笑う梓につられて笑う。
早速Tシャツ選びに取り掛かるが、興味深げにちょこちょこついてくるものだから妹みたいで可愛かった。
「東堂、これどうよ」
『良い!すごいねこれ!漢気って書いてある!私もこれにする!』
「だよな!いいよな!って、え!?同じ!?」
『エッ、だめ?』
「これ、男用だぞ」
『えーー!でも、一番小さいサイズだったら』
「いや、サイズだけの問題じゃなくてよ、デザインが」
『んー…』
まさかの同じもの。
梓の内面を知っているからこそ、漢気と言われれば確かに彼女にも当てはまるなぁと思うのだが、Tシャツとして着るとなると話は別である。
慌てて止めれば、不満そうに頬を膨らませジーっとTシャツを見つめて、
ゆっくり手に取ると、
『漢気って背に書いてあるんだよ?カッコいいよ。それに私は女だけど、漢気って別に性別を表してるんじゃなくて、魂の話でしょ?弱きを助け強きを挫くような漢気溢れる人になりたいんだもん』
「…東堂、すまねェ!!俺、すげえ心が狭いこと言っちまった!そうだよな、漢気に男も女も関係ねえよな!よし、一緒にこれ買おう!!」
梓の答えに感動した切島は先ほどまでの葛藤が嘘のように勢い強めに同意した。
そして、霧島は赤地に黒の文字、梓は紺地に金色の文字の漢気Tシャツを購入したのだった。
「東堂、いい買い物できたな!」
『うん!』
「俺、あと一枚欲しいんだけど、もう一軒付き合ってもらってもいいか?」
『勿論!』
2人でお揃いのショップバックを持ちながら隣の店でまたTシャツを吟味する。
先ほどまでの照れ臭さはどこに行ったのか、意気揚々と切島は2人での買い物を楽しんでいた。
「東堂、どっちがいいと思う?」
『えー、難しいな。一回試着してみて』
「それもそうだな」
試着室に入り、早速候補1のTシャツを着始める。
このカーテンを開けたら、どちらが似合うかを見極める為に自分の試着を待っている梓がいるのだ。
(マジでデートみたいだなコレ!)
さっきは勢い余ってお揃いを買ってしまったし。
切島が待たせるわけにはいかないと、いそいそと着替えを進めていた時、カーテン越しに梓の声が聞こえてきた。
誰かに話しかけられているようだった。
「ねえ、アンタ、トイレどこか知ってる?」
『え?確かこの店の隣の通路に看板が出てましたよ』
「えーわかんないな。案内してよ」
試着室の中でその会話を聞いていた切島は眉間にしわを寄せた。
(なんだ?普通店員に聞くだろ…つーか案内って、隣だし看板出てっし)
嫌な予感がしてすぐに元の服に着替えてシャッ!とカーテンを上げれば、すでに梓はおらず、
「っ、やべぇかもしんねェ」
慌てて店を出て、トイレのある通路を覗き込むと、
瞬間、梓らしき女の子が身障者用トイレに引き摺り込まれるのが見えて背筋が凍った。
「オイッ!!!」
弾かれたように駆け出し扉を叩くが、すぐに鍵がかけられたようで開かない。
(やべえやべえ!!東堂がなんかされる!!強いったってあいつ女の子だぞ!?マジでやばい!個性使うか!?いや、でも公共の場じゃ禁止だし、でもそんなこと言ってる暇、)
とにかく開けてもらうしかない。
「東堂!オイ!大丈夫か!?くそっ、開けろ!」
梓の名前を叫びながらドンドン!と叩けば、
『切島くん、大丈夫!だから、静かにして』
緊迫した声だった。
有無を言わさない声音に切島は戸惑いつつもゆっくりと手を下ろしつつ、通報のために携帯を取り出すのだった。
ー
フードの男にトイレを案内したはいいものの身障者用トイレに一気に引きずり込まれ、タイルの壁に背中を叩きつけられた。そして首元に手が添えられる。
(いきなり何…)
一体誰だとフードの中を覗き込んで梓はハッと息を飲んだ。
見たことのある顔、忘れもしない襲撃事件の犯人、死柄木弔だ。
「大人しくしろよ、ここから逃げてもヒーローに捕まるまでに30人は殺せるぞ」
後ろ手でいつも忍ばせている短刀を取ろうとするがその手も抑えられ、脅しに梓は顔をしかめた。
〈東堂!オイ!大丈夫か!?くそっ、開けろ!〉
すぐに気づいてくれたらしい切島がドンドンと焦り気味に戸を叩く。
死柄木を触発するのはまずいかもしれない。咄嗟に大丈夫だから静かにするように伝えれば、察したのか切島は黙った。
「東堂梓、襲撃事件以来だなァ…。お前の顔はずっと覚えてたよ。俺の顔ぶん殴った女だからなァ」
『エッなんでここに?』
「さっき緑谷に会ってきたよ。このショッピングモールも時期に閉鎖されるだろうからお前に会いに来たんだ」
『いずっくんに…!?』
「少し話しただけさ。教えてくれたよ、なんで緑谷や雄英やヒーロー殺しがムカつくのか。全部オールマイトがきっかけなんだ」
『は?』
なんでオールマイト?とでも言いたげな梓に死柄木は笑みを深める。
「お前や、他がヘラヘラ笑ってるのは、オールマイトがヘラヘラ笑ってるからだろ。救えなかった人間などいなかったかのようになァ」
『だから、なんの話だよ』
首にかかった、締め付けの強くなっていく手をガッと掴めば死柄木は目を瞬いた。
梓は緑谷とは違う、心底意味のわからないという顔だった。
『オールマイトが何、関係ないでしょうよ…!確かにあのヒーローは凄い、けど、少なくとも、私の意志にオールマイトは影響してないね』
「……」
『そもそも戦闘スタイルが違うもんで、ま、守護精神は似通ってるのかもしれないけど』
「……へェ、じゃあお前がへらへらして俺の顔ぶん殴った理由はァ!?オールマイトが助けてくれるって思ってたからじゃねえのかよ!」
『先生傷つけて、友達に手ぇ出そうとしたからぶん殴ったんだよ!!バカかお前!』
「は、意味わかんねェ…」
『わかんないのかよ、なんでだ。お前もいるでしょ、守りたい人』
「……」
『傷つけられそうになったら、守るでしょ。それだけ。へらへらしてたのは、私の友達に手ぇ出すなパンチがクリーンヒットして嬉しかったから』
お分かり?と呆れたようにため息をつくものだから死柄木は押し黙った。
何故自分がこの女を殺したいほどムカついていたのかわからなくなるほどの衝撃だった。
最初はオールマイトが理由だと思ったのに、こいつに限って少し違うようで、むしろムカつきが半減していて。
黙って首から手を離せば、梓は一瞬のうちにトイレから飛び出して、
「切島くん!行くよ!」
『あっ東堂大丈夫か!?警察には通報、ってあいつ!死柄木!?』
「そう!」
トイレから出てきた死柄木が、切島を連れて避難しようとした梓の腕を掴む。
「次会う時は、覚えてろよ」
「『!』」
「ついてきたら、一般人を殺す」
パッと梓の手を離し、死柄木は人ごみに消えていった。
緊迫した空気の中それを見届けた切島は呆然としている梓の手を掴むと、弾かれたように走り出す。
「逃げるぞ!あいつが大人しく去ったとも限らねえし、なんでか知らねーけど避難指示が出てる!」
『おわっ』
「…怪我か!?何かされたか!?」
『いや、ちょっと躓いただけっ』
転けかけた少女は困ったように苦笑していた。
本当に躓いただけだろうか?
咄嗟に目線を合わせるように屈めば、『逃げないようにずっと足踏まれててさ』と眉間にしわを寄せるものだから切島は思い切って屈んだまま梓に背を向けた。
「乗れ!背負う!」
『エッ、いやいいよ!怪我してるわけじゃ』
「いいから!東堂頼む」
懇願するように言われれば断ることもできない。
足も痛かったので大人しく背に乗れば、抱えられ浮遊感が襲う。
そのまま切島は軽々と走り出した。
『わ、重くない!?』
「大丈夫、全然軽いぜ!とりあえず避難指示が出てる方に進めばいいのか…」
『さっき死柄木が、いずっくんに会ったって言ってた。時期にここも閉鎖されるって言ってたから、いずっくんが通報したんだと思う!』
「よっしゃ!とりあえずみんなと別れた場所に向かうぞ!」
駆ける切島の背の上でがくがくと揺れながら周りを見渡す。
ショッピングモールは混乱状態だったが、アナウンスを聞く限り犠牲者は出ていないようだった。
(死柄木は本当に会いに来ただけ?誰も傷つけてない!?)
「いた!緑谷達だ!」
「あ、切島ぁ!ん、梓ちゃん!?どうしたんだ?」
こっちだと手を振る上鳴が見えて切島は全速力で駆け寄った。
「そっちは!?大丈夫なのか!?」
「あ、緑谷が死柄木に絡まれたらしいんだけど、麗日が通報して無事だ!ただ、死柄木はまだ捕まってねぇらしい!」
「それより切島くん、東堂くんは一体、」
「死柄木に襲われた!」
「「はぁ!?」」
上鳴と耳郎、そして飯田の驚愕の声が辺りに響いた。
事情を聞いていたらしい警察官が駆け寄ってくる。
「彼女も襲われたのかい?」
「あ、はい、突然身障者用トイレに連れ込まれて、」
眉を寄せながら話した切島に聞いていた耳郎や上鳴、飯田達は絶句した。
連れ込まれたって、何をされたんだ、と背筋を凍らせるが当の本人は平気そうで。
『脅されて少し話したけど怪我はありません!』
「え、足踏まれてたんだろ?」
『あ、うん、でも怪我ってわけじゃ』
「とりあえず事情を聞かせてくれるかな?」
切島の背から降り、緑谷と同じように警察に連れていかれた梓を見送った一同。
安全な場所で移動したと同時に、切島を質問攻めにするのだった。
(つまり、試着室の中で梓が危ないかもって勘付いて、追いかけたの?)
(おう、トイレに連れ込まれるのが一瞬見えて追いかけたけど鍵かけられてよ、すげえ焦った)
(いや、焦るよそりゃ!切島くんが駆けつけなかったら梓ちゃん今頃何されてたか…!)
(んー…、俺が駆けつけた意味ってあったのか微妙だけどな。あいつの方が冷静だったし)
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