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午前中の授業が終わり、梓は耳郎と八百万とともに食堂で昼食を食べていた。


『やっぱランチラッシュのご飯おいし〜!』

「梓さん、元どおりですわね」

「体育祭の前日まで死んだような顔でご飯食べてたもんね」

『え?私死んだ顔してご飯食べてたの?』

「まぁ、ご自分で気づいていなかったんですの?』


そんなに追い込まれてたのかと驚きつつ笑う2人に梓もつられて笑う。
確かに、無理やり食べ物を詰めているような気持ちだったなぁ、と少し前の自分を思い出しながら『とにかく吐きそうだったのは覚えてる』と笑えば、2人は少し不憫な目でなんだそれ、と苦笑した。


「まあなんにせよ、ふっきれたみたいでよかったよ」

「体育祭の前はどうなることかと思いましたわ」

『うーん…一族の立場的にはほんとやらかしちゃった感じなんだけど、でも、あそこでかっちゃんと喧嘩したおかげで少し楽にはなったな』

「一族の立場って、まだいまいちよくわかってないけどほんと面倒そうなのに巻き込まれてんね」

『まあ遅かれ早かれって感じだったし、覚悟もしてたけど、お父さん死ぬの早!?ってびっくりした』

「ちょっと軽いな」

「それにしても、梓さん、さすがですわ。指名数が私の十倍だなんて」


体育祭を振り返って話していれば、少しだけ悲しそうに眉をへにょりと下げた八百万に梓はぴたりと固まった。


『百ちゃん100件?耳郎ちゃんは?』

「ウチはゼロ。喧嘩売ってんのか」

『わお、そんなつもりでは。そっか、2人の魅力、あんまり伝わらなかったんだね。プロヒーローも惜しいことしたよ』


思っていた以上にさっぱりしていた。
慰めるでも励ますでもなく、魅力が伝わらなかったと。まるでヒーローとしての魅力を見出しているようなそれに少しだけ気が楽になった2人は顔を見合わせると、パッと梓の方を向いて


「ウチらのことはいいんだよ。梓の見せて!」

『いいよ』

「うわっ、何枚あんの!?30枚!?」

『うん、私ヒーローそんなに詳しく無いから、どこ行けばいいかわかんない』


「おーっす、隣いい?」


ずるずるとラーメンを食べていた隣に座ったのは芦戸と葉隠、蛙吹だった。


「お、いいよ!」

「何見てんのって、あ!指名の紙じゃん!めっちゃある!」

「えーっ、見たい見たい!梓ちゃん見せて!」

「奪い取ったらだめよ、透ちゃん」


蛙吹にたしなめられながらも紙を受け取った葉隠と芦戸はうわーいいなー!と声を揃えた。


「見て、忍者ヒーローエッジショットだ!わ、リューキュウもいるよ!」

「すごい!なんか東堂って、近接戦闘においては轟と爆豪と並んで頭一つ抜けてるもんね。コントロールはへぼだけど、近接戦闘の時だけは女子のエースって感じ!最初はそんな感じしなかったんだけどな〜」

「でも、戦うこと以外はパッとしないんだよね」


コントロールはへぼ、戦うこと以外パッとしない。と結構ズバズバと言う芦戸と葉隠に全員が頷くものだから梓はひどい!と悲鳴をあげた。


『そんなことないよ!救助とかも頑張るもんね!』

「ケロケロ、梓ちゃんその意気よ。…あ、そういえば、今朝は大丈夫だったの?」


ふと思い出したように問う蛙吹に、指名一覧リストを見ていた周りもハッと今朝の出来事を思い出すと慌てだす。


「そうだよ!そういえば大変だったんじゃん!」

「ヒーロー名考えるのと指名のことで忘れてたね!写真撮られたり囲まれたんでしょ!?」

『あぁ、うん』

「危なっ!怖い!駅員さんに突き出さなかったの!?」

『えー電車内だったし、満員だったし』

「いやほんと危ないって!爆豪が居合わせたから良かったけどさぁ」


ため息をつく耳郎に、芦戸がぴくっと反応した。


「え?爆豪が居合わせたのって偶然なの?」

『ん?いいや、なぜか朝、家でたら待っててくれてた』


いつもはそんなことないんだけどね。と気にする様子もなくラーメンを食べる梓に周りは固まった。


(爆豪のやつ…梓が囲まれることを予知して、)

(守る為に一緒に登校したんだ!)

(ファインプレー!つーか爆豪、そんな優しかったっけ!?)

(梓にだけは過保護だよなあ)


爆豪が梓を守るために一緒に登校したのだろう。
それを一瞬で察知した彼女たちはそわそわと目を合わせるのだった。





帰りのホームルーム。


「東堂、今日は俺が送るから後で職員室に来い。お前の後見人に渡す資料もあるしな。あと、体育祭の熱りが冷めるまでは爆豪、もしくは緑谷と登下校しろ。嫌なら家に送迎頼め」

『えー!!』

「こっちがえー!だわ!なにテメーが不服そうな声あげてんだ!」

「梓ちゃんっ、僕は全然いいよ!」

『ほう、じゃあ久しぶりに3人で一緒に登下校しよ!』


突然の梓の提案に爆豪と緑谷だけでなくクラス全員が固まった。
爆豪と緑谷が梓を挟んで一緒に登下校していた過去があったのかもしれないが、高校からの付き合いである彼らにはそれは全く想像できない。
むしろ、争いの火種を生みかねない。

爆豪はものすごく不機嫌そうな顔で緑谷を睨んでいるし、対して緑谷はガクブルと怯えている。

相澤は面倒そうに「どうでもいいが、1週間は1人にさせんな。東堂、お前も自衛しろ」と告げると、帰りのホームルームは終了した。


『かっちゃんいずっくん、私は不満だよ!なぜ1人で行動しちゃいけない!強いから負けないのにっ』

「テメーのそういうところが原因だよバァカ!!」

「あはは…否定できない」


「俺、ずっと梓ちゃんが爆豪に振り回されて大変な思いしてたんだと思ってたわ。逆だ」

「確かに。今回ばかりは爆豪の苦労が伝わるぜ」

「でもよ、あいつ満更でもなさそうだよなァ」


可笑しそうに笑う切島に違いない、と瀬呂と上鳴はそろって頷いた。
まさか彼らがそんなことを影で言っているとは知らず、爆豪が怒鳴り散らす中なんてことないような顔で職員室に向かう梓だった。




車の助手席に乗った少女がシートベルトを締めたのを確認すると、相澤は車を発進させた。
2週間ほど前には憔悴しきった顔で自分の前に現れた少女は、おとといの体育祭で良くも悪くも吹っ切れたようで少し安心した。

あまり助手席に乗ることがなかったのか、興味深そうに外を見る梓を横目に、相澤は少しだけ口角を上げる。


『ねぇ、せんせ!』

「…なんだ」

『昨日、心操くん来ましたよ』

「はや」


思わず驚きの声を漏らせば、先生が言ったんじゃないですか、と梓は笑った。

確かに言った。
相澤自身、心操は自分と通ずるところもあり気にしている生徒の1人だった。
その生徒に、体術を向上するためにはどうすれば良いかと、出来れば指導をしてほしいと言われ、
パッと思いついたのが彼女、いや、彼女の家だったのだ。


“個性のみを過信し個性にすがるような者より強くあるために、死ぬ気で身体能力をあげろ”


それはこの子の家、東堂家でずっと言われている信念のようなものだった。
己の武術、剣術を向上させることに重きを置いている東堂家は、昔、道場を開講していたという。
今でこそヒーロー社会になり、需要がなくなり畳んだというが、体術を向上させたいならば、東堂一族を頼るのが手っ取り早いと思った。


「どうするんだ?」

『先生のご想像通り、何十年ぶりかの門下生誕生です。私の代での初門下生ですよ!』


どうなるかと少し心配していたが、意外とうまくいっていたらしい。梓は少し頬を緩ませている。
そういえば、心操は梓の体術に一目置いていた。
元々知り合いだったようだし、意外と相性が良かったのかもしれない、と結果的に良い方向に進んだことに安心した。


「そうか。あの後見人が面倒を見るのか?」

『うーん、九条さんや、ほかの人たちで交代でするんだと思います。ま、九条さんと水島さん以外は私の側近ではなく、お父さんの側近や部下なんですけど』

「へぇ。どういう修行をするんだ?」

『んん、うちは流派があるわけじゃなくて、叩き上げの実戦拳法なんです。ひたすら、九条さんにボコボコにされます』


歩き始めたくらいから、父の方針でそういう鍛錬の仕方だったので、九条さんは結構辛かったらしいです。
笑いながら振り返る梓に相澤は何度目かわからない、イカれてんな、という感情を持った。


「ま、俺に相談してくるあたり、あいつも本気なんだろ。耐えれなけりゃそこまでだ」

『そうですね』

「そういえば、ハヤテさんの部下だった人達はどうしたんだ。さっき、交代で面倒見るっつってたが」

『お父さんに世話になったから、とまだ色々と助けてくれてるんです。九条さんと水島さんは、ずっと私を面倒見てくれていた兄のような存在なので、お願いして側近になってもらいました』

「そうか、」


つまり、彼女にとっての家族は誰もいないわけで。
兄のような2人も、正式に側近になってしまえば弱みなど見せられない。それが父のお下がりなら尚のこと。
きっと情けで側近になってくれただけで、当主としての自分を慕ってくれているわけではないと梓自身もわかっているのだろう。

この子が弱みをさらけ出すような存在が身近にいればいいのだが、あの幼馴染2人も自分のことで精一杯な時期もあるだろう。
相澤は迷うようにちらりと隣を見る。

信号が赤になる。
ゆっくりと止まると、


「東堂、」

『?』

「お前は特例で、俺の携帯番号を教えておく」

『んえ!?』

「何かあったら、何時でもいいから連絡しろ」

『えっ、相澤先生、業務外の時間は話しかけても無視されそうなのに』

「業務外に病院に押しかけてきて何を今更」


図星を突かれ、ぐっと黙った彼女に予め番号を書いた紙を腹に押し付けた。


「お前、頼れる大人いねえだろうが」

『えっ、いる、あれ?いない!』

「だから、俺がそれになる。担任の先生だからな」

『せ、せんせい…先生の鑑だ』


くしゃくしゃの紙を大事そうにしまった梓に相澤は少しだけ面倒そうに、だけど愉快そうに口角を上げると、


「これ以上面倒ごとが増えると困るんでな」



ほら着いたぞ、
家の前に車を止め、モタモタしている梓を急かしながら相澤は初めて東堂家の敷地内に足を踏み入れた。

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