32体育祭の余波
朝、いつも通り部下に行ってきまーす!と玄関を出たら、家の前で珍しい人間が待ち伏せしており梓はこてんと首を傾げた。


『かっちゃん、おはよ!』


雨なのに、うちの門に寄りかかってどうしたの?とこてんと首を傾げれば、彼は寄りかかっている壁からゆっくり背を離すと、いくぞ、とそれだけ言って前を歩き始めた。


『え?一緒に行くの?』

「たまたま、時間が一緒だったからな」

『え、待ってたじゃん』

「るせえ」


ずんずん歩く彼に追いつくと、隣に並んで駅まで歩く。

爆豪や緑谷とは家が近所だが、小学校を卒業してからはあまり登下校を一緒にすることはない。
偶然会うこともあるが、今日のように待つことはほとんどないのだ。ましてやあの爆豪が。

よくわからないが、とりあえず機嫌が悪いわけでもなさそうだったので、梓は切り替えて楽しくおしゃべりをすることにした。


『かっちゃん、今日ね、九条さんが朝ごはんの当番だったの!』

「おー」

『九条さんね、朝弱いからめっちゃ手抜きなんだよ。卵とご飯とインスタントスープ!』

「卵?」

『卵焼きとかじゃないよ、卵かけご飯!』


美味しいからいいんだけどさぁ、とへらへらしている幼馴染につられるように爆豪も少しだけ口元を緩めた。


「いいんか」

『食べられればそれでいいんだよ。あ、かっちゃん電車くる!乗ろ!』


先日の体育祭まで何度も喧嘩し、当日にはテレビ中継の中派手な喧嘩をしたが、その甲斐あって少しふっきれたらしい。
相変わらず能天気に笑う少女に爆豪は内心ホッとしていた。
が、彼が早起きして待ち伏せしていた目的は、もちろん、元気な彼女を見る為ではない。


(やっぱりな…)


電車に乗った瞬間集まった視線に爆豪は眉間を寄せた。
雄英の体育祭は全国放送、自分は勿論、この幼馴染も数時間テレビに映り続けたのだ。
一般市民に認識されないはずがない。
案の定、近くにいたスーツを着たサラリーマンが数名目を輝かせてかけよっめくる。

「あ、ねぇ君!雄英高校1年A組の東堂梓ちゃん!」

『ん?』

「体育祭見たよ〜。とっても可愛かったね!」

「俺も見たよ。強いんだけど、泣いちゃってたね。必死なところがすごく可愛くて俺ファンになっちゃったよォ」

「うお、本物の東堂梓ちゃん!この路線使ってんだ…!ねぇ、握手!」

「制服姿も女子高生って感じで可愛いねェ」

『えーっと』


混雑している電車内で早速囲まれ始めた梓に爆豪はチッと舌打ちを鳴らし割り込んだ。


「梓、こっち行くぞ!」


腕をぐいっと引っ張ると、壁と自分の体の間に梓を滑り込ませる。


『うわあ、かっちゃんありがとう』

「警戒しろよ、クソチビ」

『なんだそれ悪口』


「あれ、あのツンツン頭、この前体育祭の、」

「あ、一位の子!?爆破の!」

「ホントだ、イケメンなのに目つき悪っ」


「爆豪で見えねーが、後ろの子、3位の女の子じゃね!?」

「ああ、ネットで話題だよな!準決勝で泣かされた子!超武闘派だけど庇護欲湧くって」

「うわ〜俺あの子タイプなんだよね、制服姿可愛い〜。写真撮っとこ」


こそこそと電車内で囁かれる噂話と、時折聞こえるシャッター音。


(撮りやがった…!誰だ!?)


ぐるん、と威嚇するように周りを見るが、全員に目をそらされ爆豪のイライラは募っていった。
対して梓は、気づいていないのか、興味がないのか、狭い空間で携帯をいじっている。


「オイ梓…!もう少し角に寄れッ」

『え、無理だよ。ここポールあるもん。かっちゃん狭いの?変わろうか?』

「るせえ馬鹿!ちげーわ!」

『突然のバカ!ひどい!』


「かわいい、言い争いしてる!また泣いちゃわねえかな?」

「ちょ、俺の位置から写真撮れねぇからお前撮って!」


後ろから聞こえるそれに、爆豪の堪忍袋の尾が切れた。
駅に到着し、扉が開いた瞬間に梓の腕を乱暴に掴み、ホームにひきづり下ろす。


『わぁ、かっちゃん!?まだあと3駅あるよ!?寝ぼけてんの!?』

「寝ぼけてんのはテメーだ!!クソ、人の危機より自分の危機に目ェ向けろ馬鹿!」


ぱしーん、と良い音をさせて頭を叩くと、梓は未だ混乱したように『なんで突然!?』と目を白黒させて爆豪を見上げている。


「チッ、お前のせいで降りる羽目になったんだよクソが」

『私なんにもしてないよぉ!』

「こんな事で遅刻なんざ馬鹿らしい。3駅走るぞ!」

『は!?ここから学校まで何キロあると思って…!しかも雨!!』

「できねェんなら、置いてくぜ」

『出来るわバカ!行くよ!』


挑発するようにふふんと笑えば案の定彼女はノってきたものだから、単純め、と爆豪は口角をあげると、靴紐を結び直す。

梓もリュックの紐を少しきつめに締めると、2人は制服のまま、雨の中、線路沿いを走り出した。





「超声かけられたよ来る途中!」


はしゃぐ芦戸に葉隠も「私もじろじろ見られてなんか恥ずかしかった!」と同意する。


「俺も!」

「俺なんか小学生にいきなりドンマイコールされたぜ」

「ドンマイ」


教室のあちこちで体育祭の効果を実感する声が上がっていた。


「たった1日で一気に注目の的になっちまったよ」

「やっぱ雄英すげえな…」

「緑谷ぁー、梓来てないんだけどなんかしらない?」

「え、耳郎さん、知らないけど」

「あれ?連絡するけど返信もないんだよね」


風邪かな?と首をかしげる耳郎に緑谷も心配そうに首をかしげる。
そこで切島も気づいた。


「そういや爆豪も来てねぇ」

「なんだよ、体育祭1位と3位がそろって風邪ひいたかァ?」


珍しい2人の遅い登校に教室がざわつき始めた時、キーンコーンカーン、と予鈴がなり、一瞬で全員おしゃべりをやめて席に着いた。

ガラッと担任である相澤が教室に入ってくる。


「おはよう」

「「「おはようございます!」」」

「相澤先生、包帯取れたのね。良かったわ」

「婆さんの処置が大げさなんだよ。それより、東堂と爆豪はどうした?」

「「「え?」」」


てっきり休みの連絡が入っているものかと思ったがどうやら相澤も把握していないらしい。
怪訝な顔で教室を見渡して首を傾げる彼に「あの2人が無断遅刻!?」と教室はざわめく。


「おいおい2人してどうしたんだ!?まさか登校中に喧嘩!?」

「あり得る!あいつらならやりかねん!」

「いや、仲直りしてたはずよ。爆豪ちゃんも梓ちゃんも遅刻するほど喧嘩する馬鹿じゃないわ」

「梅雨ちゃんの言う通りやわ」


どうしたものか、と相澤はこっそり携帯を見るが職員室からはなんの連絡も入っていない。
その時、ざわついた教室にバタバタと二つの足音が聞こえてきた。
それはどんどん近づいてくると、教室の後ろをドアをバーンッと開け放つ。


『ハァッ…ハァ…、着いたぁ…!!』

「ハァ…ッ、ゲホッ…」


頭から足先までびしょ濡れで息も絶え絶えな梓と爆豪の登場に全員、シーンと静まり返った。


『ハァ…ゲホッ、走り、すぎて、血の味する…』

「テメーの、せいだからな…!」


フラフラとそれぞれの席に向かう2人に相澤は少しだけ安心したように、呆れたようにため息をついた。


「走ってきたようだが、2人とも遅刻だ」

『す、すみま…ゲホッ…せん、』

「息整えろ。何があった」

「こいつが…盗撮、されっから、電車降りて、走ってきた…ゴホッ」

『「「「盗撮ゥ!?!?」」」』

「えっなんで梓も一緒に驚いてんの」


なぜか被害者である梓まで驚いてる状況に耳郎は呆れた目を向けた。
席に座るにも全身びしょ濡れなので立ったまま爆豪は少し目を見開いてる相澤に手短に状況を説明する。


「電車内で、詰め寄られて、盗撮され始めたから途中で降りて走ってきた…」

「そうか」

『えっ盗撮?かっちゃんが!?』

「お前だよバカ!!」

「嘘でしょ、あの子バカなの。被害者が気づいてないとかある?」

「つーか声掛けはともかく流石に盗撮はやばくない?」

「あー、梓ちゃん目立ってたもんな。かわいいし、ネットでも話題になってたみてーだし、」

「バクゴーが守ってあげたんだぁ、優しいー」

「守ってねぇ!黙れ黒目!」

「静かにしろ」


ざわついていた教室内が相澤の一言で静まる。
彼はため息混じりに爆豪と梓に近づくと、持っていた紙をくるっと丸めてパコッとそれぞれ叩いた。


「今日の経験は、ヒーローになったらずっと付き合わなきゃならん問題だ。東堂、お前は周りをもう少し警戒しろ。爆豪、幼馴染をフォローするのはいいが、お前が冷静なら遅刻しない別の対処も思いついたはずだ、反省しろ」

「チッ」

『えー…まわりを警戒って言ったって…、殺気があれば警戒するけど、ほかはみんな守るべき人だし…』

「東堂、一昨日言った事を忘れたか。まずは自分のことだ」

『それは、わかってますよう。でも、べつに写真撮られても私が怪我するわけじゃない、』

「……」


あまりにも自分を蔑ろにする梓に相澤は思わずフリーズし、静かに口元に手を当てた。
クラスメートたちも、やっぱりこいつイかれてる、と顔を引きつらせている。

このバカに、どう説明したら事態の深刻さをわかってもらえるだろうか。
しばらく考えた後、相澤は厳しい目で梓を見下ろし、静かに口を開く。


「お前は、今日の件はべつに危害を加えられたわけではないと思ってんのか」

『え?はい。どこも痛くないし、』

「東堂、あのな…あー、世の中じゃ色んな犯罪がある、それはわかるな?お前を物理的、いや戦闘的意味で傷つけようとする奴もいれば、精神的、あるいは性的趣向で傷つけようとする輩もいる。怪我をすることだけが被害じゃない」

『はぁ…』

「わかってんのか?何かやられた後じゃ取り返しつかねえぞ」

『はぁ…』

「自分の身は自分で守れ、いいな」


言われなくても、と少し不服そうに頷く梓に、本当にわかってるのかなぁとクラスメート達は不安そうに顔を見合わせるのだった。


(とりあえず2人とも保健室で着替えてこい。替えの制服を貸し出してたはずだ)

(はーい!いこ、かっちゃん!)

(授業は先に進めておくからな)

(あいつら仲良いとなんか和むわぁ。つーか爆豪の機嫌が良くなるから助かるよな)

_33/261
[ +Bookmark ]
PREV LIST NEXT
[ TOP ]
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -