「お嬢!早く起きろ!客が!きてる!」
体育祭は昨日終わった。
今日は休みだからゆっくり寝ていたのに九条に布団を剥がれ、梓はうなりながら寝返りを打った。
『留守です〜…』
「アホか!ほら、起きろ!」
無理やり腕を引っ張られ、着替えを投げられ、
「お嬢の友達だろ、洗脳の子!来てんぞ!」
『え?』
しばらく考え、昨日初めて知り合った少年がぽんっと浮かんだ瞬間やっと頭が覚醒した。
飛び起きると慌てて着替え始め、その後ろで九条が寝癖を直す。
ものの1分で身支度を終えるとバタバタと玄関に向かった。
そこには、しばらく待たされたのだろう、きょろきょろしている心操人使がいた。
『し、心操くん!?どうしたの…!?』
「あ、東堂、おはよう、あとごめん。まだ寝てたんだな」
来るの早すぎた。と時計を見る心操に梓は慌てて首を振った。
『え?ねてないよ?そんな、もう10時なのに寝てるわけ、』
「お嬢ごめん。寝てるから起こしてくるって言っちまった」
『九条さんのばかあ!』
悪い悪い、と梓を宥めながら、改めて九条は心操を見る。
「えーと、心操君だっけ?どうかしたのか?というか、何故お嬢の家を知ってんだ?」
「いきなり押しかけてすみません。…相澤先生に教えていただきました」
『相澤先生?』
「イレイザーが?またなんで?」
「昨日の体育祭がキッカケなんですけど…俺の個性は身体能力を向上させたり、攻撃力が上がるものではないので、ヒーローになるためには武術や剣術の習得が必要で、」
『「はぁ…」』
「相澤先生、イレイザーヘッドは、俺と似通った所があると思ったので、昨日帰り際に聞いてみたんです。どうすればいいのかを」
『「はぁ、」』
「そしたら、ここに行けって」
「イレイザーヘッド丸投げかよ!」
『あははは、そういうことかぁー』
心操の答えに思わず九条はつっこんでいた。
対して梓はけらけら笑っている。
心操はぽかんとしつつ様子を伺っていて、
『いいよ、とりあえず上がって!朝ごはん食べなきゃ!心操くん食べてきた?』
「まぁ、一応」
『もう一回食べよ!今日は水島さんのだし巻き卵が出る予定だから美味しいよ〜』
「今日はってなんだ!俺の時はどうなんだ!」
『九条さんは卵かけご飯がじょーず』
「お嬢ひどい!!」
いつもこんな感じなのだろうか。
厳かな日本家屋に想像のつかない明るい笑い声が響く。
まぁ、とりあえず来な、と九条にも促され、心操はおずおずと家に上がった。
ー
美味しそうな匂い。
ふわりと白い湯気の立つ味噌汁に、大根おろしの乗っただし巻き卵、色鮮やかなお漬物に炊きたてご飯。
自分の前にも並べられたそれに、心操はそんなに腹減ってねえよ、と苦笑いした。
『おいしい!水島さんが作ってくれた朝ごはん美味しい!』
ばくばく食べる梓の向かいで九条が俺の時はそんなにテンション高くないよな、と落ち込んでいる。
心操は味噌汁に口をつけながら、部屋を見渡した。
豪華な欄間、壁には骨董品のような肖像画から始まり、カラー写真の男の人の写真までずらりと並んでいる。
その上に初代から二十三代目と書かれている。
なんだこれはと見ていれば、九条が気づいた。
「ああ、これな。監視されてるみてーで、落ち着かねーよな」
「あ、いや、」
「あれ?そういや君、うちの事情知ってんだっけ?」
梓の茶碗に二杯目の白飯をよそいながら、朝食を作った水島がにゅっと横から出てきてびくりとした。
「いや、詳しくは知りません。準決勝での爆豪勝己とのやり取りで、何か複雑な事情があるんだろうなとは思ってましたけど、」
「お前、何も知らずにイレイザーヘッドに言われるがままここに来たのな!」
「なにも知らず、というか、相澤先生が東堂の家に行けっつって住所教えてくれて、東堂の武術が常人離れしてることと、子供の頃から鍛錬してるってのは聞いてたんで、」
「成る程な!」
「でも、まさかこんなに大きな家だとは思っていなかったんでびっくりしてます」
「ははっ、昔っからあるからただデカイだけで古くさくて結構ガタがきちまってるよ。心操君だっけ?君がずーっと見てるずらっと並んだ写真な、お嬢のご先祖様達だよ」
「一番新しいあの方が、23代目当主、東堂ハヤテさん。俺と水島の前の主人で、お嬢の父上だ。ついこの間、病気で亡くなったんだよ」
「……そうなんですか。ん、当主?」
『うちはね、昔から続く、守護一族なんだ』
この屋敷を目にした時から抱えていた心操の疑問に答えたのは、味噌汁を飲んでいる梓だった。
彼女は目だけで飾ってある写真を見ると、
『戦国時代の最中、東堂家の者はその身体能力の高さ故に、何人からも村を、町を守る自警団として活躍していたみたい。その守護精神の強さから、守る対象はどんどん広がっていった。そして、いつの日からか、国の要人を守る命を受けるほどにまでなったんだって』
「…勿論、その命令に従い守るが、先代達は弱き者を守ることを忘れはしなかった。常に守護を生きる道とし、人のために強くなり、人のために守り、人のために死ぬ、それが東堂の役目であり、誇りだと。な、お嬢?」
『うん、でも、超常社会になって、ヒーローという職が出来て、東堂はあまり必要なくなったんだ。なぜなら、東堂の家のものに戦闘向きの個性が現れなかったから』
「それでも、東堂家の人達の守護精神は廃れなかったんだよ。ほんと、褒め言葉だけど頭おかしいよな!ハヤテさんも無個性みたいなもんだが、ヒーローと連携して要人や一般市民を守ってたよ。東堂の家の者については、ヒーローとはまた別の枠で守護のために武器を握ることが許されてるからなぁ」
そこまで聞いて、なぜ昨日爆豪がああも必死になっていたのか、なぜ梓が一緒に守って、と泣いたのか、心操はやっと理解した。
思わず梓の方を見れば平気そうな顔で未だばくばくご飯を食べている。
「…」
「ま、ざっとこんな感じだ!どうする?お前強くなりたいんだっけ?」
「…あ、はい」
「昔は屋敷の道場に門下生がたくさんいたらしいが、時代とともに衰退していったんだ。お前が望むんなら、うちの門下に入るか?」
お嬢が許可すれば入れるぜ、とウインク九条に心操は迷うことなく頷いていた。
「東堂、いれてくれ。厳しい鍛錬にも耐える。俺は絶対にヒーローを諦めたくない」
『……心操くん、ここ通えるくらい家近いの?』
「そんなに遠くない」
『本気?剣術も体術も?』
「全部やりたい」
強い意志の篭る目で目の前の梓を見つめる。
彼女の目は、まるで深い海のように、群青で強さが宿った目だった。
吸い込まれそうなそれに息が止まる。
「……」
目が反らせない。
その目が、優しく緩んだ。
『私の代の門下生第1号〜!』
嬉しさを爆発させるように箸を持ったまま手をあげる梓に心操はビクッと肩を揺らした。
「ひゃ〜、新しい門下生なんて何年振りです?」
「少なくとも、15年はいないわな。心操君、歓迎するぜ」
「あ、ありがとうございます…」
「とりあえず、道着や袴はこちらで準備する。道場の名札掛けは水島、よろしくな」
「ハイっす!心操、お前は身一つで来ればいいよ!」
「週に何回来れそうだ?」
「基本毎日行きます」
「良い心意気だ。俺や水島がいない時は、他の部下が相手をするよ。まずは、実践の中で自分に合う型を探すぞ」
「っス。あ、月謝は」
『お金!?そんなのいらないよ〜』
トントン拍子に話が進む中遠慮がちにお金の話をすれば、喜びに浸っていた梓がぶんぶんと首を横に振るものだから心操は助けを求めるように周りを見た。
が、九条も水島も苦笑している。
「お嬢がいらねえんなら、払う必要ないさ」
「でも、!」
「ヒーローになっての出世払いってことで、いいんじゃないか?」
ここの門下になるのであれば生半可な体術は許さない。死ぬ気で鍛錬し、ヒーローとなれ。
そう言われているようで、心操は圧倒されるどころかニヤリと笑うと、
「望むところですよ」
そうして、雄英高校普通科、心操人使は
東堂家の道場の門下生になったのだった。
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