29
東堂梓対爆豪勝己の準決勝は、キャパオーバーになった梓のダウンにより爆豪の勝利となった。

準決勝が終わってボロボロになったフィールドをセメントスが直す間の小休止、緑谷は医務室まで走った。


「緑谷待てって!俺も行く!」

「ウチも!」


ついてくるA組の面々など御構い無しに緑谷は階段を駆け下りる。


「ッ…初めて見た、僕、梓ちゃんが泣いてるところを、初めて…!」


そう泣きそうに顔をしかめる彼に、先程フィールド上で起こったことは幼馴染である彼にとっても動揺するほどなのだと麗日は唇を噛む。
もちろん自分だって初めて梓が泣くところを見た。

それ以上に、必死な爆豪に度肝を抜かれた。

彼の、お前を助けたいという叫びと
梓の、押し潰されてしまいそうな叫びが嫌という程伝わってきた。

溢れ出した涙に、胸が締め付けられた。


「梓ちゃん!!」


医務室の扉をバンッと開ければ、早々に治癒は終わったらしく梓はソファに座っていた。
その隣には爆豪がいて、未だぐずぐず泣いている少女の手を握っている。


「……おい、そろそろ泣き止めや」


そう言いつつ心配そうに覗き込む彼は昔と変わっていなくて、緑谷は目をうるうるとさせながら爆豪が座る逆側の隣に座った。


「梓ちゃん、」

『う、ひっく、うぅ…いずっくん〜』

「梓ちゃん、大丈夫。僕も背負うから、ね?」

『ちがうもん…、べつに大丈夫、かっちゃんの頭突きが痛かっただけだああ…うわああん』

「嘘つけ、おま、泣いてんの俺のせいにすんな!」


ガウッと怒ればまたポロポロと涙が出始め、皆一様に避難するような目で爆豪を見る。
珍しく狼狽えて黙ってしまった爆豪の代わりに、緑谷が優しい声で背中を撫でた。


「梓ちゃん、しんどかったねー。かっちゃんが容赦なく壁ぶっ壊すからびっくりしちゃったんだね」

『う、ひっく、うん、』

「大丈夫大丈夫、僕たちの前では梓ちゃんは24代目じゃないから、梓ちゃんだから」

『うん、ずびっ』


てめーデク!俺のせいにしてんじゃねえ!!
と声を荒げる爆豪を切島が宥め、緑谷や耳郎が梓を慰める。
と、その時だった。


「お嬢」


入ってきた男に、彼を知る幼馴染2人と切島、耳郎はハッと顔を見合わせた。
梓の家に行った時に会った、九条という東堂家に仕える男だったのだ。

何も知らない麗日がこてん、と首をかしげる。


「梓ちゃんの知り合いなん?」

「九条さん…」

「緑谷君、まさか君にまでそんな警戒した目で見られるとはなぁ。悲しいね」


肩をすくめた九条は少し寂しそうな顔をしていた。
爆豪は切島を押しのけると、睨みを効かせながら梓の隣に座りなおす。
空気が張り詰めたことに困惑していた麗日の肩を耳郎はとんとん、と叩いた。


「あの人は、梓の今の後見人だよ。梓のお父さんの部下で、ずっと梓のこと面倒見てくれてたんだって」

「え、響香ちゃんなんで知ってるの?」

「この前、お葬式の後に家に行った時にさ、会ったんだよ」

「その節はどうも」


ぺこりとお辞儀をして、九条はすぐ梓に向き直る。
彼女は俯いていた。


「お嬢、携帯が鳴りっぱなしだ」


ため息混じりのそれは困り果てているようにも聞こえた。


「やってくれたな、ハヤテさんがいたら怒り狂ってたろうよ」

『…ごめん』

「九条さん、そんな、責めるような言い方…!」

「緑谷君は黙っていてくれ。お嬢、全国放送であんな泣かれちゃあ、東堂家の面目丸つぶれだ。ただでさえ、個性に恵まれない難しい立場で、代々当主が大いなる守護精神を柱にどっしり立ってくれていたから、守護一族としてのブランドを保って入られたんだが」



平然とそう言った彼に麗日はムッとした。
確かに歴代当主にも重圧はあっただろう。
ただ、個性がある当主としての重圧はそれの比ではない。
しかも心の準備をすることなく守るために追い込まれるように当主を襲名した彼女にそんな言い方をするなんて。
麗日だけでなく、その場にいた者たちは九条に対しての警戒心を膨らませていた。


「この鳴りまくってる電話も東堂家の事を知る要人から、東堂の未来を心配しての叱咤だ。一応、継承式は済んだから、分家の人間が継ぐことはないが、当主交代を唱える過激派もいる」


話す間も九条の携帯は振動を続けていた。
梓は俯いたままゆっくりと立ち上がる。


「…ごめん、」


自分で落とし前つける、と掠れた声で九条の持つ携帯に手を伸ばすが、


ーバキィッ

「「「え!?」」」


梓が手に取るよりも早く九条が携帯を叩き割った。
梓を含め、見守っていた一同が素っ頓狂な声をあげる。

九条は、先ほどの厳しい顔が嘘のようにニヤリと笑っていた。


「なーんてな。ここまではハヤテさんの側近としてのクソ真面目な意見だ」

「く、九条さん?」

「俺は今、お嬢の部下だかんな。部下だし、後見人だ。俺ァ昔っから、ハヤテさんの教育方針が苦手でねェ、ま、要は俺はどっちかっつーと、爆豪君と同じ考えだったってわけだ」


そう言ってにかりと笑う九条に梓は開いた口が塞がらなかった。


「ハヤテさんが死んでから、俺も重圧を感じて気負い過ぎてたよ。色んなしがらみからお嬢の事を守ろうとすればするほど、お嬢を苦しめていった」

『そんな、九条さんは悪くない』

「ごめんな、お嬢」

『九条さんは悪くない!私が弱かったから!』


目一杯に涙をためながら首を振る彼女に九条は笑みを浮かべながら頭を撫でた。


「弱くねえ。お嬢は強い。ただ、ハヤテさんが早く逝き過ぎちまったせいで、お嬢の出番が想定より早く回ってきちまったな」

『……うん。というか九条さん、携帯壊して大丈夫…?私継承式に来た人たちの連絡先なんて知らないよ?』

「だって電話うるせえんだもん」


肩をすくめる九条にそれでいいのか?と一同がポカンとしていたとき、またガチャっと扉が開いた。
入ってきたのは相澤だった。


「あなたが九条さんですか」

「すげえ包帯。お嬢の担任の先生か」

『うん、おとうさんのことを知ってる。イレイザーヘッド』

「あーー、え?こんな小汚かったっけ?」


結構失礼なことを言いながら顔を引きつらせる九条に相澤は目を鋭くさせながら近づいていた。
明らかに良い感情は持ってないようなその目に九条は困惑し一歩下がる。


「三者面談でお伝えしようと思っていましたが、いい機会ですので」


相澤は梓の腕を引っ張ると自分の後ろに隠した。


「私もハヤテさんの守護精神は直に聞き及んでいますし、いちヒーローとして東堂家の立場の難しさも理解しているつもりです。が、今の彼女にハヤテさんが担いでいたもの以上の荷をいきなり預けるのは感心しない」

「…えぇ、」

「彼女は私の教え子です。私には守る義務があります。当主として表舞台に出すのは、せめてヒーロー資格を取得した後でも良いのでは」


ぴしゃりと言い切った相澤に、思わず切島は先生かっけー、と呟いていた。
いつも気だるげで合理主義者、その人が一生徒の家庭事情に首を突っ込んでまで梓を守ろうとしていることに周りは少し驚いていた。

相澤自身も首を突っ込むつもりではなかった。
だが、あの日の、泣きついてきた彼女の涙が頭からチラついて離れないのだ。
彼女の重荷が、覚悟が、彼女自身の身を滅ぼしてしまうのではないかと。

そして先ほどの試合。
決勝までの少しの時間、プレゼントマイクの制止する声も無視してここまできたのだ。


「…」


九条も驚いている。
それと同時に、1人の生徒として梓を見てくれている彼にホッとした。九条の周りには、梓を当主として見る人間しかいないから、新鮮だった。
そう、彼のいうとおり、彼女はまだ大人に守られているべき子供なのだ。

コクリと頷く。


「そうですね…、携帯壊して連絡先も消しちゃいましたし、お嬢、しばらく表舞台から身を引くか!」


九条はあっけらかんと明るく笑った。
相澤に手を掴まれたまま、梓は困惑する。


『でも、そんなこと分家が許すか、』

「んー、たしかにうるさくはなるだろうが、でもお嬢、この前自分で言ってたろ?」

『え?』

「そんなに継ぎたきゃ私を殺せって。幸い継承式は終わってるからな、裏を返せばお嬢が生きているうちは分家は嫌味を言えど無理やり当主にはなれん。まぁ、権利譲渡論は進むだろうが、そこは俺たち部下の踏ん張りどころだ。色々根回しして黙らせるさ!」

『九条さん…』

「それに、身内に敵はいるが外部、雄英にこんなに味方がいるみたいだしな!どうにかなんだろ、ねっイレイザーヘッド!」

「…生徒を守るのは、私達の役目です。ただ、身内の揉め事は勘弁してくださいよ」

「善処します!」


ケラケラ笑った九条につられて梓もぎこちないがへらりと笑う。
その笑みに周りは少しだけホッとするのだった。

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