投票結果「爆豪、お前熱あんじゃねーの?」
切島の心配そうな声に梓はパッとソファの方を向いた。
そこには、不機嫌そうな顔でポケットに手を突っ込んで座る爆豪がいて、切島の問いかけを無視している。
「おーい、聞いてんのか?」
「…ねェよ」
「少し顔赤いぞ?元気もないし」
「言われてみりゃ、いつものお口悪い爆豪じゃなかったな、今日は」
おちゃらけて同調する上鳴の隣で瀬呂も確かに、と頷く。
3人がかりで言われ、爆豪はますます眉間に皺を寄せると逃げるように「部屋、戻る」と立ちあがろうとする、が、
「っ、」
「おっと」
一歩目が覚束ずフラついた彼を切島は間一髪で支えた。
「ほら!やっぱり!熱ィぞ!?」
『かっちゃん、体調悪いの!?』
フラついたことを隠すように触んな、と切島を押し退ける爆豪だったが、遠くにいた梓がびゅん!と自分の前に現れ、彼は思わず「うわっ」と後ろにふらついた。
すげえスピードだったな!と切島が目を丸くする中、彼女はへにょりと眉をハの字にし『かっちゃん大丈夫?』と続ける。
「だ、大丈夫だヨユーだクソ」
『顔赤いよ、余裕じゃないよ!かっちゃん死なないで!』
「死ぬかボケ!!」
叫べば頭痛が響き、爆豪はウッと顔を顰める。
実は朝から体調が悪かった。インターンもあるし授業もあるし、で、薬で誤魔化したのだが、
夜になって体調が悪化し始めた。
爆豪は前に立つ幼馴染の肩をガッと強めに掴むと、横に避けさせる。彼女にうつすのは本意でない。
「寝たら治る」
『かっちゃんなんで私のことどかしたの!大丈夫?きついんでしょ?かっちゃん』
「カッチャンカッチャンうるせェ!頭に響くんだよ…!」
腕を掴もうとする梓を避けながらエレベーターに向かえば、意図を汲んでくれた爆豪派閥と呼ばれる3人が梓を静止してくれた。
「東堂、風邪うつるからこっちな」
「ばくごーは切島に任せて俺らとトランプしよーぜ」
『いやだ!!』
「すげェ拒否るじゃん傷つくよ」
もっとオブラートの包まないとダメだぞ、と瀬呂と上鳴に注意されよくわからない顔をしている梓を横目に、爆豪はそそくさと自室に戻るのだった。
ー
ベッドに入って寝ていた爆豪の意識を浮上させたのは、窓のノック音だった。
「……?」
そう、扉ではなく、窓のノック音。
爆豪は、熱で気怠い体を起こし、暗い室内で目を凝らす。
そして、
「ッ……」
月明かりでカーテンに浮かび上がった影を見て、彼は思いっきり目が覚めた。
体調が悪いのにも関わらずベッドから飛び起きると、慌てて窓に駆け寄り、カーテンをシャッと開ける。
ベランダには、予想通り、
幼馴染の少女が寒そうに凍えそうに立っていて、爆豪は自分の体調の悪さを忘れて「何しとんだテメェは!」と怒鳴りながら窓を開けた。
ーびゅうっ
冬の夜風と共にそそくさと部屋に入ってきた着流しの少女は寒さで鼻を真っ赤にしながら『来ちゃった』と呑気に笑っていて。
「てめっ、バカ!バァカ!」
焦って罵倒の語彙力が落ちている爆豪をよそに、梓は『心配だから来たんだよ。早く寝て寝て』と彼の胸板をぐいぐい押してベッドに戻そうとする。
「100歩譲って来るとしても来方があんだろが…!」
『だってかっちゃんの部屋に行こうとしても切島くんたちに止められるんだもの。窓から行くしかないなって思って』
「色々無駄にしやがって…うつしちまったらどうすんだ」
『うつんないよ』
「なんで」
『なんとなく』
「くそが!」
悪態をつきつつも爆豪の身体は大人しくベッドに沈んだ。
言い争う体力もなくて、ただ大きなため息だけが部屋に響く。
そのため息の原因である張本人は、持ってきた風呂敷を解いていて、色々と出している。
『うぅん…』
「…何持ってきてやがんだ」
『なんか看病できそうなもの、なんだけど』
「暗くて見えねェんか」
『ううん、月明かりで見えるよ。電気つけなくて大丈夫』
ごそごそとしている少女の背中をベッドの中から覗きながら爆豪は不思議な感情に戸惑っていた。
幼い頃、自分が風邪をひいて学校を休んだ時、彼女は必ず見舞いに来てくれた。
が、看病をしてくれたことはない。機会がなかったし、そもそも身の回りの世話を九条たちにしてもらっている箱入りお嬢様が看病などできるわけがない。
なのに、
その梓が、看病をしようとしているらしい。
爆豪の為に、自分なりに考えて、わざわざこの冬空でベランダ伝いにここまで来て。
思わず頬が緩みそうになるのをグッと堪えていれば、ふと梓の動きが固まった。
『………』
「どした」
『……包丁、わすれた』
「は?」
へにょりと眉を下げた彼女の手に握られていたのは林檎。
彼女の中で、看病といえば林檎なのだろう。
包丁を忘れて切ることができず、どうしよう、と狼狽える梓に思わず爆豪はくく、と笑ってしまった。
『なっ何で笑うの』
「……期待裏切らねェなァと思って」
『うう、バカにしてるな。私だって看病できるんだよ』
林檎だけしか準備してないと思うなよ、と何故かドヤ顔で次に風呂敷から取り出したのは林檎ジュース(2Lペットボトル)である。
彼女の中での看病の定番商品ふたつ目が現れ、爆豪は今度は笑いが堪えきれずにブフッと吹き出した。
『また笑った!』
「くく、…梓、」
『?』
「それラッパ飲みしろってか?」
『え?いや、コップに……あ゛!コップ共同スペースか!』
しまった!と感情を顔に出した梓に爆豪は笑いが堪えきれずにヒィヒィなりながら布団を被った。
『笑わないでよう』と悔しそうにする彼女には悪いが、もう可愛くてしょうがないのだ。
幼い頃から、こういう類は何も自分でできない。
誰もできないような近接格闘や剣術を扱う武勇である彼女だが、こういうところは昔から変わらない。
戦闘面では本当に頼り甲斐のある子に育ってしまって、幼い頃からこの子に対する庇護欲が強かった爆豪としてはあまり面白くなかったのだが、
久しぶりにこういう面を見てなんだか気が抜けてしまって笑いが止まらない。
しばらくして笑いが落ち着いた爆豪。
息を整えながら布団から顔を出せば、しょぼんとしている梓がいて、彼は目を丸くした。
落ち込んでいる。流石に笑いすぎたか?と少しバツが悪くなるが、
彼女の落ち込みの原因はそれではなかった。
『……前に、かっちゃんが看病してくれたから』
「……」
『今度は私の番だって張り切ってたけど、』
へにょりとますます眉が下がる。
『ごめんね、かっちゃん』
「……」
『私、なにもできなくて。ごめん』
落ち込み、項垂れる梓に爆豪は心が痛むよりも先に何を言っているんだこいつは、と呆れた。
彼は、熱の篭った熱い手をベッドのそばに座り込みシュンとしている梓の頬に手を添える。
『?』
「何もできなくていんだよ、お前は」
『……』
「俺がするから」
『……でも、私だってできるようにならなきゃ』
「なんで」
『だってずっとかっちゃんに頼ってばかりじゃダメでしょう?』
「頼ればいいだろ、ずっと」
『……』
「一生」
最後の一言にやけに熱が篭ってしまうのが自分でもわかった。
が、梓は感じ取れなかったようで『でもなぁ』と思い悩んでいて。
『かっちゃんがしんどい時に、私にできることがなくて』
「本当にな」
『もうちょっとオブラートに包んで』
ぷくっと頬を膨らますが、すぐに元の気の抜けた顔に戻ると『一緒にいることしかできないな』と諦めていて、爆豪はピクリと反応した。
「は?」
『かっちゃんが体調悪い時は、良くなるまで一緒にいてあげる。私ができること、それだけだな』
「……」
『ずっとそばにいるよ。眠ったあとも。起きてからも』
そう言って、ベッドの側に座り込んだまま楽しそうに笑った彼女に、爆豪は思わず顔を赤くし苦し紛れに「役立たずが」と悪口を言うのだった。
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